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どうやら、本当に本当に異世界に転生してしまったらしい。俺が転生する前に死んでいたであろうダレカの葬儀が、ここまで大きく大々的に行われるものは、まず日本にはない。それに、祭壇の1番上から見る眺めは、何万もの人々と、そして茶褐色の屋根の色の家々。これらも日本にはほとんどないはずだ。まず持ってここは異世界と見て間違いないだろう。そして、この2人の女性だ。銀髪の子は、清楚で可愛らしい雰囲気。そして右側の真紅の髪の女の子は、凛々しくも幼さの残った可愛らしい感じの子だ。歳も俺と同じくらいの17歳くらいだろうか…それにしてもここまで顔立ちの整った女性を見たのは初めてなのかもしれない。
そう言って俺がブリーフ一丁で鼻の下を伸ばしていると…
「フリード…何故…あなたが生きてるの?あり得ない…」
赤髪の女性が話す。まるで信じられない光景を見ているかのようだ。もちろん、状況からすると、死人が生き返ったように見えるので、そんな言い方になるのもおかしくないだろう。
「背中の…魔女の刻印がこんなにも色濃く写っているものが…生きてるわけがない…」
声が震えだしている。
「それに…黒蝶の刻印…」
「アリア様、たとえフリードであっても、死後に生き返るわけがないでしょう!!それに…私が…この目で死ぬところを見てしまったのですから…」
どうやら左側で小さく佇む銀髪の女性がアリアという女性らしい。
「そうね…でも、今現実でフリードは生きています。そうでしょう?フリード。」
「え?あっ、あぁ。もちろん生きてるよ。」
唐突に振られた話に、びっくりして曖昧な返事になる。
「フリード…貴方は私を助けてくれた…それは凄く、その…感謝してる。でも、本当に貴方は貴方なの!?このヴェローナ王国の東の森に住む強欲の魔女の2つ名…千姿万態の魔女…私は悉く痛感した…今の現状を、私は簡単には鵜呑みにできない!!ねぇ、覚えてる?私をあの時かばってくれた事…」
感情的になって話す赤髪の女の子。
きっと、俺の元の体の者が、この女性を庇って死んでしまったのだろう。しかし、ここで「そうだ」と返事をしてもいいのか?その嘘で、どこまで通用する?全くこの世界のことも、自分のことも知らないまま、曖昧な嘘をついてこの先生きていけるのか?俺は心の中で葛藤する。
俺には、できなかった。自信がなかった。だから俺はもう1つの方法をとった。
「ごめん…思い出せない…君との記憶も、みんなの記憶も……思い…出せない。」
「そう…そんなに都合よく記憶喪失になんてなるかしら。貴方はフリードの体を乗っ取った強欲の魔女だと言うことなのね。魔女の習性は学院で習ったでしょう?魔女お気に入りの死体に刻印を焼き付け、より相応しい体を見つけては乗り移る…よりにもよって、フリードに乗り移るなんて…許せない。許せない。」
「待って、リイナ!!まだそうとは断定できないじゃない!!決めつけは良くないわ!!」
「でも!!本当に魔女なら!!またあの悲劇が起きる!!!そうなる前に、私たちは魔女を全滅させる必要がある!!」
大きく怒鳴るリイナという女性。
俺には言っていることが全く理解できない。
もしかして俺は、魔女とやらに間違えられているのではないだろうか…
そんな2人の言い合いを、不安そうに見守っている人々。
「しかし、流石に断定は出来ないわ。魔女ならともかく、フリードが、本当にフリードだったらどうするの!?あなたの一番慕っていた人を殺すことになるのよ!?」
「それは…」
「早とちりし過ぎよ。リイナ。」
そう言って、一旦リイナの落ち着きが取り戻された。
「アリア様…いったいこれは…どういうことなのですかな?国民も不安がっております。正確な情報開示をしなければ、国民も黙ってはいません。ヴェローナの悲劇のこともあります。ここは是非、白黒させて頂かないと…」いかにも重鎮そうな面影をもつ白髪のおじさんが、タキシードのような姿でアリアに耳打ちしている。ボディーガードだろうか、それとも秘書的な感じだろうか…
「分かったわ。確かに国民には示しがつかない。死人として扱われたフリードが今こうして生きている。これは、かなり国民にとって不安材料ね。フリードが生きてるだけなら、英雄であるだけなのだけれど、それが生き返ったという肩書きがつけば、それは魔女の烙印を押されたも同然…リイナ…頼みごとがあるわ。
「何なりと…お申し付けください。」
「これより、第一訓練場にて、フリードがフリードであることを国民に知らせる為、一対一のバトルをしてもらいたいと思います。もし、そこで魔女と分かれば、外野で待機してもらう近衛隊にも増援をしてもらい、その場で倒します。もし、フリードが本人であれば、それは国民の安心にもつながる。どうですか?」
「分かりました。では、準備します。」
そうリイナは答えた。
「ニャルミ出てきなさい。」
そういってリイナという女性の体の周りからユラユラと青い光が1つ舞い降りて地面に接触すると同時に弾けて人型の姿になる。びっくりだ。目の前でマジックのような魔法のようなものが間近で見られたことに…
「にゃい!お呼びですかにゃ?」
綺麗な長い青色の髪に、猫耳。口元も猫口で、手足の指先は白い猫の足のようなものを履いている。
「私とフリードを学習院訓練場へ。」
「にゃいっ!!」
そのニャルミという女の子は、「はいニャ!」とは言わず独自の返事で俺の肩に唐突に触れた。
「行くにゃっ!」
その掛け声とともに、俺は意識を失ったように、視覚も聴覚も全てが遮断されたような感覚に陥った。目を開けると…そこは誰もいない…ドーム状の空間。
「何だ?ここは。」
俺は周りを見渡す。先ほどまであの高い祭壇の1番上で眺めていた景色とは打って変わって、地面は茶色い砂、天井はドーム状で、観客席が360度から座れる…野球場見たいな感じの場所だ。
「ここすらも、知らないのだな。フリード、君の本名は?」
ほ、本名!?言っていいのか?古井戸皐月って言っていいのか!?誰だよっ!て突っ込まれるだけだぞ。さすがに言ったら、記憶喪失キャラが崩れる。さすがにダメだ。
「えっ…えっと…覚えて…ない。」
「そう。フリードに乗っ取った魔女…私が彼の仇を討つ。ニャルミ、あの魔女に服を持ってきて着せなさい。」
「にゃいっ!」
そういって、隣にいた猫耳の女の子が、瞬時にその場から消え、10秒も経たないうちに戻ってくる。瞬間移動というやつだろうか。先程から科学で説明できないほどの怪物級の超常現象が目の前で起こってんだけど!?
「にゃい。これを着にゃ。そんな格好じゃリイナも集中できにゃい。」
「うわぁ!そうだった。俺は今ブリーフ一丁だったんだ!!」と今更のように思い出して、ニャルミちゃんから服を頂いた。
白が基調の分厚い騎士のような服。胸元には、馬に乗った騎士のエンブレム。「これどっかで見たような…」もちろん、日本で見たことあるラル◯ローレンではない。リイナちゃんが着ている服と、全く同じだ。それを俺は素早く着た。
「それを着ても、何も分からないのよね。」
「俺は、何も分からない。君のことも、思い出せない。でも、これだけはいえる。俺は魔女じゃない。」
「フリードの顔をして言うんじゃない。貴様は私が葬ってやる。フリードは死んだ。確かに私の腕の中で死んだのだ。生き返るはずがない。」
そう力強く言い張るリイナ。この世界において魔女とは、恐ろしく畏れられていると痛感した。そして、忌み嫌われていると実感した。
「フリード…というか魔女。貴方が今魔女としての姿を現わすなら、私たち国民全員が許さない。逃げ場は無いわ。フリードに乗り移った罪は、重いわ。」
拳を力強く握りしめる姿が、魔女への憎悪を表しているように感じた。
そして、先ほどの斎場の場だった場所からどれ程ここと離れているかはわからないが、観客席となっている席には、続々と人が押し寄せていた。いつの間にか、それぞれのこの建物の出入り口には、俺と同じような服を着る騎士?のような人たちが塞いでいた。
「ピナっ!!私に力を貸して!!」
ニャルミちゃんが淡く消えると同時に、リイナの体に赤いオーラのようなものが現れる。
「ちょっ!!ちょっと待ってよ!!何しようとしてんだ!!」
完全に殺意が漏れている。やる気満々のようだ。
「待てない。魔女は必ず私が葬る。フリードと約束した事。ピナ、行くよ。」
「おうよっ!!」
突如、リイナは地面を強く蹴り、俺との距離を縮める。まるで一瞬だ。一瞬で10メートルほどの間隔を縮める。赤いオーラを纏った拳が俺の左耳数ミリ先を掠める。衝撃で耳がえぐれるような痛みを感じる。反射的に左手で左耳の存在を確認する。確かにあった。
「はぁぁあっ!!」
大きく力強い声とともに、体制を立て直したリイナが眩しい光を右腕に纏う。眩しくて見えない。まずい。相手は本気だ。本気で俺を殺そうとしている。
もうごめんだ。せっかく俺が異世界へ来たばっかりだというのに。さすがにチュートリアルもなしに死ぬなんてゴメンだ。
「妖精魔法 紅き炎の晩餐」
その眩しい光は、光線のごとく俺の脇腹を貫通した。まるで見えなかった。気がついたら痛みを感じていた。
俺は、また死ぬのか?
死なないと、いけないのか?
そう激しい痛みの中、脳を駆け巡る。
と、その時だった。
俺が抑えていた左脇腹の痛みが瞬時に消えて行く。抑えていた『穴』の感触が、肌の感触へと戻って行く。
なんだ?
血だらけの左手で抑えていた脇腹を、恐る恐る確認する。なぜか、すでに痛みはない。
ゆっくりと、抑えていた左手を退けると…綺麗さっぱり俺の体が治っている!?なんで!!?この体の能力!?どーなってんの!?
「何よ、それ…何なのよ。」
リイナの凍った声が聞こえる。
俺も分からない。
「フリードが、そんな回復に長けた能力なんて持ってなかった…彼が持っているのは剣技。それなのに、なぜ貴方はそれ程までの再生能力を持っているのよ。やっぱり、フリードじゃなかった。死人が生き返ってくれるなんて、そんなうまい話、あるわけないのよ。フリードの体を操る魔女。私は貴様を許さない。」
暗く復讐心に満ちた声が、より一層俺の死を駆り立てる。
俺は死ぬのが、怖いと思ったのは、これが初めてだった。