プロローグ
これより、NEW STAGE! 〜死んで飛び入る異世界転生〜を綴っていきます。
ぜひよろしくお願いします。
人生とは不公平である。
人生とは不平等である。
俺…こと古井戸 皐月はそれを高校3年生の時に身にしみて感じていた。
俺は中学高校と、剣道に打ち込んだ。毎日毎日朝から晩まで剣道に打ち込んだ。その成果もあって、中学3年の時も高校の2年の時も俺は全国大会でも名の知れた選手になることができた。
そう。それまでは、俺の人生は華やかだった。
高校3年に上がると同時に、俺の父は俺の知らない誰かの連帯保証人となり、その誰かの事業が破綻し、莫大な借金を抱えたという。そう、ありがちな話だった。この後の展開も目に見えている。その事業に失敗した誰かが、姿をくらまし、俺の父に全ての借金がのしかかった。当然一般市民が払える金額ではない。
やがて、父も姿を消した。
それから約5ヶ月、俺の母は専業主婦を辞め、パートの掛け持ちで朝から深夜まで働きづめの日々を送っていた。もちろん俺の母もそんな借金、払えるわけがない。それにそんなに働いて、体も心も持つわけがない。
そんなある日のことだった。俺が目を覚ますと、そこは俺の部屋。デジタル時計を眠た眠た確認すると、時刻は3時20分。もちろんこれから朝練…ではなく、新聞配達のアルバイトを始めたからだ。全く気持ち良くもない起床とともに、まだ真っ暗な室内から出て、リビングに向かった。
その時だった。まだ真っ暗なリビングの真ん中に、何やら人影がある。しかも浮いているように見える。暗くてなんなのか全く見えない。俺は生唾を飲み込み、右側の電気のスイッチをつける。
すると、そこには予想だにしない光景が目に飛び込んできた。
そう。母が首吊り自殺を図っていた。
天井の敷居の部分に真新しい縄を垂らし、足元には、使用したであろう毎日使っていたリビングのイスが無造作に転がっていた。
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俺は、全てを一気に失った。
家族も部活も居場所も全て。
あの一件から、町中が大騒ぎ。そして警察からのしつこい事情聴取が続き、学校なんて行ったら、晒し者にされるだけだった。
そう。人生なんて、簡単に潰れる。
人生なんて、一瞬で葬り去れる。
もう、俺もいっそ死んでしまおうと決意した。死ぬよりも辛いことがあると、俺はこの時知った。死ねばいっそ楽になれる。こんな拷問みたいな時間を過ごさなくていい。
そして俺は、ある自殺サイトを見つける。
『死んで飛び入る異世界転生』
〈自殺したいと思ってるそこの貴方!その命と引き換えに、異世界へ転生してみませんか?〉
そう。このサイト…どこかで聴いた事はあった。社会現象にまで達したこのサイトは、この年の流行語大賞をぶっちぎりで勝ち取り、その年の自殺者は今までの年の6倍にまで跳ね上げた、自殺サイトだ。
俺にとって自殺なんてものは頭の中にはなかったし、それがどんなものなのか抽象的にしか捉えられてなかった。だから、俺はこのサイトが有名になっても見向きもしなかった…のだが…
胡散臭すぎる謳い文句。なのだろう。
今の俺にとっては、そんなことすら、ろくに判断なんてできなかった。
死ぬに変わりはない。試す価値はある。期待なんてしていない。転生できるの?なんて気持ちだった。
そして、おもむろにそのリンクをクリックする。
「なになに?まず用意するものは果物ナイフ、あとは?赤色のペンと、白い紙…それだけ?」それだけだった。母方の祖母の家のパソコンを夜な夜なカチカチと自殺サイトを探る俺。
『まずは、白い紙に赤のペンで自分の名前を記入します。(大きく描いてください)そして、その名前を中心に五芒星の星を描き、中心に右の手のひらを押し当てます。そして、その紙を右手で掴み、ナイフを持ってください。そして、その果物ナイフで自分の心臓を貫いてください。(必ず一撃で終わらせること)
これで君は晴れて異世界へ転生できる未来が訪れます。死を望む貴方!!今こそNEW STAGEを自らの手で切り開いてください。その先に、貴方の望む未来がきっと待っています。」
感情のない、傀儡と化した、死んだ魚の眼をしながらそのサイトを読む。意外と簡単だった。強いて言えば、一撃で死なないといけないことだった。
そして、そのサイトに書かれている用意するものをフラフラとした足取りで持ってくる。どれも一般家庭にあるようなもので助かった。
俺はこの人生に悔いはない。
あるとすれば憎悪や醜悪。
本当にどうでもよかった。
以前まで、自殺する人の心境が分からなかった。でも、今ならわかる。死ぬより辛いことがあることが分かったから。
人は自然と楽する方を選ぶ。
そう。それが今回は死ぬことが楽する方だった。
そして、右手に紙と一緒に掴んだナイフを自分の心臓に差しむける。自然と左手を添え、奥まで入るように支える。
思わず息を飲む。
異様な緊張感だ。
今から死ぬ…という感情が、これほどまで圧迫感があるものだとは思わなかった。
冷や汗が滲み、心臓の鼓動が早くなり、息が荒くなる。まるで体が拒絶するように、そのナイフの刃先に反応する。
一心不乱に自分に差し向けられたナイフの先端を直視する。鋭利な刃先が光って見える。
そして、俺はついに死を選んだ。
思いっきり勢いをつけて食い込ませたナイフが、俺の内部に歓迎されるのを確認する。
それ以降の俺の記憶は無い。