ヒロインの親友は悪役令嬢の唯一の友達。サポート役は本気出す
駄文ですが、最後まで見ていただけると嬉しいです。
「リーゼ! 今ここで貴様との婚約は破棄する!」
学園に入学してから、私、林道 楓はとても運がないと思う。
入学式の最中に激しい頭痛に襲われたと思えば、前世といえる世界のことを思い出した。それだけならまだいいが、問題は今世。ここは乙女ゲームの世界そのものだったのだ。
しかし、幸いにも私はヒロインとなってごたごたに巻き込まれる訳でもなく、悪役令嬢になって滅亡の未来の回避に勤しむこともなかった。
かと言って、モブという訳でもない。主人公、堂崎 レナと親友となり、攻略のヒントをくれる商人の娘。いわゆるサポート役である。
「貴様の処分は追って伝える。ただで済むと思うな」
「お待ち下さい」
入学式から半年。物語は佳境を迎えていた。
パーティー会場を思わせるような講堂に重要な役職を持つ大人と、関係者が集められた。この国の第一王子から、悪役令嬢のリーゼ・マキュヴェルの断罪が行われた。
第一王子は今回のルートで、王道でもある。レナもその隣でおろおろしていて可愛い。ちなみに私は、レナの関係者として参加している。
壇上にいる第一王子とレナ、その二人からその場へ力なくへたりこむリーゼを守るように前に立つ。
「貴様は……商人の小娘か。何故貴様が口を挟む。庇い立てするならお前も同罪とするぞ」
リーゼは、婚約者である王子がレナに執心のため、嫉妬に狂い暗殺者を雇った罪に問われている。
レナは特待生でこの学園唯一の普通の平民といえる。しかし、貴族であろうと殺人未遂には変わりない。この国では闇との関わりは禁忌に等しい。その為、彼の判決は間違いではない。もし、リーゼが本当に犯人ならばだが。
「第一王子、あなたは間違えました」
「……なに」
怒りに震えたような声が、今度は冷たく冷静な声へと変わった。レナは展開に追い付けず、私と王子を交互に見ている。可愛い。
「リーゼ様が指示したという、アーシャマリア様達と接触した日、というのはリーゼ様にアリバイがしっかりあるのです」
学園の寮で見掛けたとか、買い物にいらっしゃったという証言を読み上げていく。
「そんなもの、リーゼが脅せばいくらでも証言するだろう。それに、それが真実だとしても、方法はいくらでもある」
王子の言い分に分かりやすくため息を吐く。王子は少しムッとしたが私の言葉を待っていた。
「リーゼ様の婚約者でありながら、本当にリーゼ様のことをご存知ないのですね」
後ろを振り替えるとリーゼが潤んだ目で私を見ていた。目が会うと、首を振る。もう止めてと。
私も巻き込まれるからと考えているのだろう。体は震えている癖に、生意気だ。こういう時こそ抱き付いて来ればいいのに。
「王子、私はここへ親友達を助けに来たのです」
リーゼに微笑み掛けて見せれば、リーゼはブァッと涙が溢れだした。
「リーゼ様は、見た目はきつくて言葉も辛辣です。しかし、その中身はポンコツと言っていいでしょう。一人おいていってしまう素振りを見せると『あっ』とか言いますし、すぐ抱き付いてこようとしますし、可愛い物が好きなのに何故か隠して、バレバレなのに隠しきれていると思い込んでますし、一般常識も欠如してます。さらにツンデレで面倒臭いです」
リーゼは、喜んだり、恥ずかしがったり、悲しそうだったりところころと顔が変わって面白い。ただ、喜ぶ要素は何処にあった?
「そのようなポンコツが混んだ工作を思い付けるとでも? むしろ暗殺自体思い付かないでしょう。それでなくとも、リーゼ様はレナが側室になることは間違いないだろうと諦めておりました。その上で王子に一欠片でも愛情を向けさせてやるとも聞いております」
リーゼはさっきとは違う意味で涙目である。言い過ぎたかな?
「そんなリーゼ様を私は大好きですよ」
取り繕うように言うとリーゼは涙を流しながら鼻水も垂れており、その状態で私に飛びかかって来た。ちょろい。
話の途中ですし、汚れたくないのでリーゼの頭を片手で抑える。身長は私の方が高いので、リーゼの手は届かない。
「おすわり」
私が言い聞かせるように言うと、リーゼは素直に従ってサッと正座で座った。
「リーゼ嬢……」
誰かが悲しそうにリーゼの名前を呼びますが気にしません。続けます。
「王子、あなたの最初の間違いはリーゼ様のポンコツ加減を知らなかったことです」
ここ半年のリーゼの行動を一つ一つあげていく。そのほとんどが寮の庭園に一人でいるという。ぼっち過ぎて泣けてきた。人の目がある学園内以外で取り巻きの人とすら一緒に居なかった。
奇怪な行動もあったが本人に説明させると、いわく『ちょうちょがひらひらしていましたわ』いわく『蜂に追いかけられたのですわ』いわく『一人ぼっちのありさんがいたのですわ』だそうだ。
ありにだけ『さん』をつけるのは、自分と重ねて親しみを覚えたからだと思われる。可愛い。
「……確かに、リーゼ自身が指示を出したとは考えにくいかもしれん……。しかし、それならばそこの取り巻き三人の独断ということだ。処罰は彼女達に下すが、リーゼの監督不行き届きでもあろう」
動揺したのか、リーゼが主犯ではないとあっさり認め、私は内心笑った。
「王子、これはなんでしょう」
この世界は、ファンタジー要素が存在する。科学と魔法科学とに別れて研究されていたりする。
「……契約文か」
これは、魔法科学最高峰のうちの一つ。契約文。魔力の乗せた紙に契約を書き、その内容を反故出来ないようにする絶対の契約書。内容の上限と拘束力は紙の質に依存するが証拠の品としては充分な価値を持つ。
これは最上級の紙。内容は私の質問に嘘をつけなくなること。むろん、答えられないものは答えなくていい。さらに、用が済めばこの紙は燃えてなくなる。そういった条件で出来た契約文である。
「まず、最初の質問です。あなた方はリーゼ様の不利益になることをしましたか?」
「答えられません」
「レナに仕掛けた数々は、あなた方の意思ですか?」
「答えられません」
エルダー様、キューテン様、アーシャマリア様の内、アーシャマリア様が代表で答えた。しかし、これだけでは彼女達がしたと証明するようなもの。
「やはりーー」
「次の質問です」
王子の言葉を遮って続ける。
王子は顔をしかめたが言葉を発することはなかった。
「あなた方はリーゼ様の不利益になることを進んで行いますか?」
「「「いいえ」」」
今度は三人の声が重なった。
「さっきの質問がさだかであるならば、この状況も不本意でしょう。レナへの暗殺が成功したところでリーゼ様の利益とはならないはず。しかし、リーゼ様ではない。誰の命令ですか? 弱みでも握られてますか?」
「答えられません」
周りの重鎮達が不穏な流れを感じて静かに騒ぎ出す。
いまさらですか。考えなしのぼんくらどもめ。
「この位でよろしいでしょうか?」
契約文を放すと燃えて灰となっていった。
「さて、真犯人がいる可能性を出したところで、現状一番利益を出している方がいらっしゃいますよね?」
王子が驚いたように横を振り向き、全員の視線がレナへと集まった。
「え? な、なに?」
困惑する彼女。そこに私はもう一枚の紙を取り出す。
「ボンネス様からレナとエルダー様。ビルス様からレナとキューテン様。エクセン様からレナとアーシャマリア様が、何度か密談しているという情報がありました」
「嘘!?」
「……レナ、君は本当に……」
「待って! 違うわ!」
私が軽く手を振ると、控えていた護衛二人がレナを抑える。
「楓……なんで……」
「あとは、別室でゆっくり聞く。連れていけ」
王子は、片手で額を抑えるとこちらを向き痛々し気な顔をしている。
「すまなかった。しかし、一度公の場で宣言したことを撤回もできん。浅はかな者と婚姻を結ばないで済んだと諦めてくれリーゼ。私も相応の罰を受けるだろうからな」
言葉を受けて動き出そうとしたリーゼを手で制して止める。実にあっさりと、それでいて簡単に認めるものだ。ここまできっと計算ずくだったのだろう。大したお人である。
しかし、私はそんな王子を鼻で笑う。王子も私の態度は仕方がないと思っているのだろう。何も言わずに退出しようとする。
「私は親友”達”と言ったのです」
私の言葉を理解できなかったのか、王子は立ち止まって振り向くと首を傾げた。
「それは、リーゼとアーシャマリア達のことだろう?」
「いいえ、アーシャマリア様達は確かに大切な人たちですが、どちらかというと仲間や同志という表現でしょう」
事実私がそう発言したことはない。それは彼女たちも同じで、それを知っている者たちはここにたくさんいる。
「しかし、ならば他に誰が……!?」
どうやら、気がついたらしく、驚きと焦りが目に見えた。彼だけではない、複数の視線が一人の少女へ注がれる。そう、壇上で両腕を取られつつも蹲り、泣き続ける少女へと。
ここは、乙女ゲームでの私のセリフを引用させてもらうことにしよう。
「私が親友と呼ぶのはただ二人。リーゼと…………………………………………………
レナ。あなただけです」
名前を呼ばれた本人が一番唖然としている。思わず顔を上げてふぇ? っと声が出ている。涙目な彼女も可愛いが笑った顔が一番かわいいと思うよ。私は。涙の原因の一端は私だけれども。
すこし意地悪が過ぎたか。だが、王子の筋書きに乗ると必然的にこうなるのだ。仕方ない。
「だがな、全てレナが仕込んだことだろう? それは国家転覆罪を掛けられても文句を言えぬもの。ついの軽減すら……」
「何を勘違いしているのですか? 私がその程度だとでも?」
言葉を遮ったのは初めてで王子は声が詰まる。
周りの人達にも疑問が浮かんでいることだろう。私がレナと仲が良いことは周知の事実だったし、罪の軽減でも願うと考えたのだろう。私がその程度で満足するとでも? 笑わせてくれる。こちとら生まれた時からこの日のために準備してきたのだから。
本来の目的は私が生き残ることだった。ルートによれば私は暗殺されサポートで出来なくなる。生き残っても最後に死ぬ。どう死ぬかまでは描かれていないが死んでしまう。そうならないために人脈を広げた。
鍛える? か弱い女の子が多少鍛えたところで何になるの?
私を守ってくれる人、私が安全に立ち回れる情報、それらを手に入れるためには人脈が一番手っ取り早かった。有益な人間だと思われれば、私が危なくなる情報を教えてもらったり、止めてくれる人もいる。そうして私は生き残った。
だが、商人の血か、私は強欲だった。情報の違和感を見つけると徹底的に調べた。リーゼがポンコツだと知ったのは偶然だったが、おかげでおかしな点が芋蔓式に出てくる出てくる。おかげで死にかけて本末転倒ではあったが、リーゼを救う手立てが出来た。
しかし、それだけでは足りなかったのだ。リーゼの問題はとっくにリーゼの手を離れていて彼女が何をしけも関係がない。そして、私が得たリーゼを救う手立てはリゼの死につながっていた。
それが彼女の自業自得ならば納得しただろう。それが、彼女と出会う前ならば。
レナのことを知った私はどうしても納得できなかった。好きになった訳ではない。ただ嫌いではないだけ。だが、彼女がそうするとどうしても納得できなかった。
そして、見つけたのだ。手掛かりを。知ったのだ。真実を。
その際に、また死にかけたことは言うまでもないが、どうにか証明しようと奮闘するはめになるとは。
「勘違い、だと?」
「あぁ、あなたはとぼけていらっしゃるだけですよね」
王子が苛立つのを感じる。それは焦っていることと変わりない。
「貴様いい加減に……!」
「ボンネス様、ビルス様、エクセン様の実家へ伺いましたわ」
私が言い放つと、周囲の息を飲む音が聞こえる。王子には焦りが見えるが、まだ余裕があるようだ。
「あらゆる手を使ってお話し頂きましたが、それぞれどこからか圧力が掛っておりました」
「そんなもの口では何とでも言えるではないか」
そう、確かにその通りだ。だが、それで終わりではない。
「エルダー様の家は録音技術により発展した家。ゆえに、これをご覧ください」
私が取り出した機器を操作すると、王子とエルダー家当主の声が聞こえる。会話の内容は、脅し。リーゼを陥れ、万が一はレナに罪を擦り付けるための口止め。
「そんなもの、エルダー家であればいくらでも捏造できるではないか!!」
すこしずつ、余裕もなくなっていく。失言でもしてくれればいいのだが、それはみこめないだろう。
「キューテン様の家はマジックミラーというものを開発しています。王妃様」
スタンバイしてもらっていた王妃様を呼ぶと証言が始まる。王子がエルダー家と同じくキューテン家を脅して指示していくさまを。
「は、母君まで誑かして!? 貴様、ただで済むと思うなよ!!」
すでに、王子を味方する人間はいない。しかし、まだ認めないか。勢いでどうにかしようとしているのかもしれない。たしかに、証言だけしかなく、まだ物的証拠は一つもないからだ。しかしだ。それで許すとお思いか。
「これを」
「また、契約書か。今度はなんの……!?」
そう、驚くだろう。ここにあるはずがないもの。だが、ここにある。こればかりは私の力ではない。本当に感服するよ。
「アーシャマリア家当主様とあなたとの契約書です!」
「馬鹿な!? ありえない!! それこそ捏造だ!!」
「それは、調べればわかることですが、間違いないですよ。先にお教えしてしまいましょう。ここに何故これがあるのか。簡単なことですよ。作成にあたって当主様は生涯誰にも教えないと誓いました。そう、”生涯”ですよ。そこに死後は含まれません。老い先短いことを理解しておられた先代のアーシャマリア家当主はあなたの脅しに対して保険を掛けておられたのです。本当に感服しますよ」
実際、現当主はこの契約書を外に出すつもりは毛頭なかった。先代が亡くなってから一か月も経っていないので、説得もかねて本当にギリギリだったが、これこそ決定的証拠となる。
馬鹿なと崩れ落ちる王子。すべては彼が仕組んだ大掛かりな仕掛けだった。私の親友に手を出したのが運の尽きだ。
「……何故こんなことを?」
「……なんでもよかったのだ。私が王位継承権を剥奪されるなら」
レナと結ばれれば、確かに王の資格を問われることになるだろう。どのみち、問題を起こし、婚約を解消させた王子が王を継ぐことはないだろう。だが、
「そんなことのために!!」
私が声を荒げたことに驚いたのだろう。リーゼとレナは同時にビクッと体を震わせた。
「そんなこと、私にとってそれが人生を縛る全てだったのだ」
王子の言わんとすることはわからなくもない。しかし、到底許せることでもない。レナは拘束を解かれ、王子は王妃様に連れられて部屋を後にした。
ようやく、私の長い戦いは終わりを告げた。後味の悪い終わりだった。
後日、一人だった庭園は二人になり、今では三人となっている。
「ちょっと、あなた! 楓から離れなさい!」
「あんたこそ楓から離れて! ほら、楓も迷惑がってるじゃない!」
「それはあなたですわ! 私に楓に迷惑を掛けないでくださる!」
「二人とも離れろや!!」
どうやら、私の災難はまだ続くらしい。