前史-雨の降る港
ほっかいd
ここは平面。四角い世界。海の向こうは奈落の底で、何があるのか知る由もなし。
そんな魔界のその中に、大陸と呼べる陸地は一つしかない。
その名もリラ。ライラック大陸とも呼ばれるそれは穏やかにそこに存在する。
『ニュー・セントシー・ハーバー』
ここは港。
去れど海は無し。
空から個体の雨が降る。
錨を降ろす船は宙に、宙に。
今日も曇りの港に振ってきた雨に群がる者は首を傾げた。
「何だろう。これは。」
「金属だけど武器じゃないよね?」
「壊れたものの一部かな?」
「銃なら組み立てるのは非合理的だ。」
カタカタと、雨を漁るは悪魔の子、と下僕の見目形不揃いな不死者たち。
「邪魔だ乞食ども。」
鉾槍を鳴らしつかつかと歩いてきたのは女。頭にわっかと正面からは見えないくらいなおざりな羽をくっつけて、口をへの字にしている女。
この港のはずれで彼女はいつも通りの仕事をする。与えられた場所に降ってきた雨の量と種類の判別。
毎日、毎日、調べては報告、報告。
一昨日も昨日も今日も明日も明後日も
ただこれだけやっていれば衣食住困らない。たまに渉り損ねた奴が落ちてたりもするが、決して苦しい仕事ではないし、降ってくる物にはいわゆるおこずかいになるもの(大体乞食が盗っていくが)もある。
彼女の、私の不満はもっと些細なことであった。
「また、見たことのないものだ。」
私の報告書の不明覧はここ最近増え続けている。もともと見やすいように不明なものでも形状が大きく違うものは別の覧に書いていたが為に彼女の報告書は長ったらしく見ずらいものになっていた。
報告書は最早不明覧が大半を占めていた。何かわかるものの量は変わらないのに、だ。
これらの報告が相次ぎ、リンカネート国上層部は一個中隊の天使の派遣を決定。日を分けて旅民を装いこのニューハーバーから出航していった。
ふと辺りが更に暗くなる。ふと上を見てから無駄な労力を少しでも使ったことに後悔して顔をしかめた。
音もなく大きな、大きな旅客船が我が物顔で飛び立っていく。
悪趣味な金ぴかの羽とか装飾を散りばめたあれはおそらく、いや間違いなくオウル・オラクルの物だろう。
どうやら彼らは調査を隠す気もないらしい。きっとこのセントシー駐屯地の上をわざわざ旋回しているのも挑発のつもりなんだろう。本来セントシーとマトイコマ周辺の小領主だった彼らが西はヤートウ湖、東はカムシップまで、広大な領地を我が物としているのもセントシーに降る雨の恩恵と言うほかない。我がリンカネートはともかくもう一つの駐屯地の所有国、基、大コサーレ国はこれを黙認するだろう。それもわかってあの糞鳥どもはでかい顔をするのだ。
あの我々に敬意の欠片も払わない不平士族どもは烏の前で命乞いをしながら啄ばまれ死ぬべきだ。老若男女皆一様に。糞鳥の船を見ただけで今日は不快だ。さっさと仕事を終わらせて配給を貰いに行こう。
しかし、日が沈んでも仕事は終わらなかった。仕方なく切り上げる。彼女は鉾槍を鳴らして報告に戻って行った。彼女は仕事が終わらなかったことより今日は人気のないニシンとカボチャのパイと鶏卵のピクルスくらいしか食べられないことを嘆いた。
さっさと行ってしまう彼女を見るや否やさっきの痩せこけた人間みたいな何かが雨の山に集まって。死んだ馬を貪りにきた彼らが降ってきた真っ黒な石炭に潰されて、速やかに土に還っていったのを知っているのは、港に飛び交う鴎だけ。