9、決死
2053年 7月17日 12:00 前線
ジャック・ライガン上等兵
「死体を集めるのか?」
俺は意味が分からず聞き返してしまった。
「ああ、そうだ」
「そんなことしてどうするんだ?」
「敵国の装備を着て潜り込んで向こうの指揮官を説得する」
「はあ?そんなの出来るわけないだろう」
「いや、B国は見た限りほとんどの兵士がマ覆面スクを被っている。負傷したふりとかで以外といけたりして。まあ、ミスっても俺とあんたが死ぬだけだし」
「俺も行くのかよ!いや、それよりもあんたが死んだら指揮官がいなくなって不味いだろ」
「いや、彼らなら大丈夫だよ。カフカスは僕を人質にしておけば彼らが動けないと思っていたそうだけど。実は戦闘準備してたしね。武器がうまく手に入らなくて時間掛かっちゃったけど。それに、こっちも指揮官が行かないとB国に戦争を仕掛けたのは僕達じゃないって信じてもらえないよ」
「もし、駄目だったら?」
「指揮官を人質にして脅したりしてみようかな」
「なっ!」
「冗談だよ。その時は死を覚悟するしかないかな。まあ、行く時点で覚悟はしてるけど。だろ?」
「俺は行くかどうかの意思確認してもらった覚えがないんだが。まあ、俺たちの戦争にあんたらを巻き込んじまったんだから文句は言えないな」
「悪いね。じゃあ、準備が出来次第出発しようか」
俺は頷き、エルが皆にその作戦を発表するのと準備を頼むのに付いていった。エルの部下からは死地に行くなら自分もと言う者、特にエルの右腕的存在のカミムラという日本人はとくに食い下がっていた。そういうのを見ると、やはりエルは部下に信頼されているのだなと感じる。こんな男を死ぬ可能性が圧倒的に高いこの作戦に連れていっていいのかと今更ながら俺は思った。カミムラは背中に日本刀を差しているちょっと変わった装備の男だ。少しエルを信頼し過ぎてるような気がするが慎重で真面目ないいやつだ。そんな、慎重な彼が慕っているのだからエルという男は見た目の優男に似合わずすごいやつなのだ。
敵の死体を僅か二つ回収するのは難しく無かった。俺たちは敵の戦闘服に着替え準備を整えた。服は出来るだけ損傷が少ないものを選んだ。
「僕たちから一時間何の連絡も無かったらこの戦いは一度退却しろ。物資が無いままでは戦えないからな」
「我々は死を恐れません。このまま戦い抜けます」
「確かに君たちには死を恐れずに戦えと言ってきた。だがさそれは無駄死にを許すわけじゃない。ときには死を惜しめ。もうこの基地にこだわる必要はない」
もし俺たちが死んだら近くに埋めたラバン兵長の死体が見つからない限り報告はいかないだろうな。でも、通信系統の破損は明らかに人の手によるものだ。誰かがその内気付くだろうがな。
「分かりました。では、隊長たちもわざわざここでB国に交渉に行かなくても......」
「いや、B国に近づけるのは今を逃すともう無いだろう。僕はこれで死んでも意味のある死だと思いたいね」
エルはこれから死ぬかもしれない任務に行くとは思えない笑顔で話していたカミムラだけでなく皆にそう言った。それは何かを伝えようとしている様にも見えた。
「それじゃあ行こーか」
エルはそう言い、そそくさと歩き出した。
俺も着いていこうとしたときカミムラに呼び止められた。
「ライガン上等兵、隊長をあの人を頼みます。......それと、あなたもどうかご無事で」
そう言って頭を下げた。
「おう!任しとけよ」
俺はそれに笑顔で返した。彼らと一緒に過ごした時間は短かったが出来るだけ明るく接してたつもりだ。俺は最後に沈んだところを見せるなら最後まで明るくいたかった。その方がなんとなくいいような気がした。そんな俺を馴れ馴れしいと嫌うやつもいただろうが、カミムラはそうではなかったのか俺の言葉に少し笑ってもう一度頭を下げた。
それを横目に見ながらエルを追いかけた。
「実は僕が死んだら少し心配なことが一つあるんです」
「なんだい今更」
「マコのことだけど。彼女は戦争孤児と言ったでしょ。本当は一人兄がいたんだよ。その兄がお金を稼ぐために兵士に志願したので友人の僕にマコを預けたんだ。彼等が住んでいた戦争被害地域では兵士くらいしか職がなかったのでね。でも、一回あいつはちゃんと生きて戦場から戻ってきたんだよ。また、マコと一緒に住んでたんだけど最近また兵士として出撃し、ついこの前戦死した。それで、僕がそのまま預かることになったってわけなんだよ」
「そんなことがあったんだな。そりゃ、心配だ」
「僕はあいつが戦地に行ってる間出来るだけ兄の代わりになれるように頑張った。彼女も僕を兄のように慕ってくれた。少なくとも僕はそう思ってた。ジャックはだれか心配な人とかはいないのかい?」
「そうだな。まだそんな信頼し合えるやつはあんたぐらいだな」
「一応僕は信頼してもらえてたんだね」
「何言ってんだ。過ごした時間は関係ないってよく言うだろ。俺は自分の感覚に正直なんだよ。それに、信頼できるやつはこれから作っていくさ。この任務から生きて帰ってな」
「ああ、そうだな。それが良い」