問題の魔法書
「俺は取り返しのつかないことをしてしまったんだ」
サーザは苦しそうに顔をゆがめる。「俺があの本の文字を読んでしまったばかりに・・・師匠は・・・師匠は獣に変わってしまったんだ」
医務室の中に沈黙がよぎる。
俺達は驚きのあまりサーザの言った言葉が理解できず、無言のままでサーザを見つめてしまった。
「お前、あの文字が解読できたのか?」
クリスがあきれた口調でサーザに言うと、サーザはコクンとうなずいた。「何が書いてあったんだ?」
クリスが促すとサーザは涙をぬぐい、俯いてしまう。
「読めたのは一文だけだ。正確な言葉は忘れてしまったが、雪と風がどうとか書いてあって・・・俺がそれを声に出して読んだら、師匠は青白い輝きに包まれて・・・俺の・・・俺の目の前で、見たことがない獣に変わってしまったんだ」
俺とティルトは顔を見合わせる。
サーザをみつけた時に見た、あの時の青銀の獣。
「青銀に輝く狼に似たヤツか?」
「そう」
俺が確認すると、サーザはしっかりとうなずく。「見たのか?」
「ああ。俺達、雪かき当番だったんだ。目の前に青銀の狼に似た獣がいて、そいつを追って行ったら、お前が埋まっていたんだ」
「そうか・・・俺、獣に変わった師匠が外に出て行ったから追いかけたんだ。でも、途中で見失って・・・とりあえず精霊殿に行って訳を説明すれば、師匠を元に戻す方法がわかるかと思って・・・」
サーザの声がだんだんと小さくなった。
サーザは大きく息を吐くと、顔を上げる。「だけど、吹雪で方向を見失って・・・気がついたら、医務室のベッドの上だった」
途中で力尽きたって、ところか・・・
「それで、その問題の魔法書はどこにあるのですか?」
サーザの話が切れたところで、ティルトが口をはさんだ。
ティルトはずっと魔法書を気にしている。
原因が魔法書だと言ったのはティルトだ。こいつの言うとおり、全ての原因が魔法書にあるのだろうか?
「俺のそばに落ちてなかったか?」
サーザの言葉に俺とティルトは顔を見合わせる。
「何も持ってなかったよ」
「はい。ボクも気がつきませんでした」
「だったら、俺が倒れていたあたりに埋もれたままだな」
だとしたら、吹雪の中を探しに行くってことか?
面倒だな。
「どうしてそんなに魔法書にこだわるんだ?」
クリスは鋭い視線をティルトに向ける。
ティルトはクリスの視線など全く気にしていないように、淡々と言った。
「普通の魔法書であれば、効果呪文・・・この場合は、先生を変化させた呪文ですが、その効果呪文を解除する呪文も併記されているからです。逆にその魔法書がなければ、呪文の効果を消すことができません」
「私も聞いたことがあるよ。魔法の効果を上げる為には、必ず逆の呪文も覚えなくてはならないらしい」
腕組みをし、自分の顎をなでながらイヌイ先生。「キミは魔法に詳しいのだね」
「兄が魔導師でしたので」
ティルトはさらりと先生の言葉を受け流す。「ですから、その魔法書を見つければ全て解決します」
きっぱりと断言するティルトは、初対面の時の不安定さは全くなくて、心なしか瞳の輝きが強くなったように見えた。
「この吹雪もなんとかなるのか?」
ティルトはクリスの問いに軽くうなずく。
「セピオ先生が変化した獣は『雪狼』だと思われます」
「ユキオオカミ?」
「はい。風と雪を呼ぶ獣です」
「そうか・・・セピオ先生がその獣になってしまったから、吹雪になるんだ」
俺のつぶやきにティルトはうなずく。「でも、サーザの言うとおりだとすれば、魔法書はこの吹雪の中に埋もれているんだな?」
やっぱり、この吹雪の中、外に出て、雪を掘らなければならないのか・・・
全員の上に何とも言えないイヤな雰囲気が漂う。
「まぁ、とにかく・・・私は学院長に報告に行くから、キミたちは部屋に戻りたまえ」
イヤな雰囲気を壊すようにイヌイ先生は断言すると、医務室から出て行こうと扉に向かい動いたとたんに、前のめりに倒れた。
「先生?!」
何が起こったんだ?!
ベッドに入っているサーザ以外の俺達3人は、慌てて倒れた先生に駆け寄る。
ティルトがうつぶせになった先生の顔を持ち上げて見た後、俺を見上げた。
「どうだ」
「寝てます」
は?
ほら。
ティルトはそう言う感じで先生の顔が見えるように俺達の方へ向ける。
確かに先生はウソみたいにスヤスヤと眠っていた。
びっくりしただけに力が抜けた。
俺はぺたりと床に座り込む。
なんなんだよ?!
「へたってる場合じゃないぞ、ナギ」
クリスが厳しい顔で俺を見る。「ナギは先生の左肩を担いで。俺は右。ティルトは足を持って」
クリスは俺達にぱきぱきと指示を出す。「イヌイ先生はベッドに入れちまおうぜ。学院長に知らせる前に、全てを片付けてしまえば良いんだよ。なんでこうなってるかわからないけど、ラッキーじゃないか」
せーの。
3人でよろよろと先生を運び、サーザの隣のベッドの上に転がす。
「とりあえず、魔法書だな」
「それはボクとナギさんに任せてください」
クリスに申し出たのはティルトだった。「クリスさんはサーザさんとここでイヌイ先生を見張っていてください。イヌイ先生が起きたり、他の先生がいらしたとしてもクリスさんがいれば不自然じゃありませんから」
「でも、ティルト」
俺は平然と言うティルトに眉をひそめる。「この吹雪の中に出て行ったって、どうにもならないと思うよ」
「そうだよ。下手したら2人とも吹雪にまかれるかもしれないよ」
「そんな無茶はしないでくれ」
3人で口をそろえて否をとなえても、ティルトはしれっとして言う。
「大丈夫です。ボクに考えがあります」
本当かよ?
俺がめいっぱい疑いのまなざしを向けると、2人も俺と同じことを考えているらしく、疑惑のまなざしを向けていた。
こいつは、一体何を考えているんだ?
本当に得体のしれない奴。
俺達が無言の抗議を続けると、ティルトは少しだけ困ったような顔をし、それからにっこりと笑った。
「大丈夫。ボクを信じてくださいね」
『ね』にハートマークでもついてしまいそうな感じで言われ、俺達は一気に顔を赤くするとティルトのキレイな笑顔に見とれたまま、こくこくとうなずいてしまった。
完敗である。




