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吹雪のむこう  作者: 蘇芳
7/12

医務室で意見交換


 俺達は食堂で飯をかきこむと、1人分の夕食をトレーに乗せ、医務室へ向かった。

 医務室の前に立って中の様子をうかがってみたが、シンとしていて人の気配など全くしないようだった。

 「主導師様はどうされたのかな?」

 たくさんのお取巻きを連れて来ていたのだろうけれど、人の気配なんて全くしない。

 「戻られたのでは?無理に連れて来られたようでしたよ」

 「誰に?」

 「さぁ。そこまではボクも知りません」

 主導師様を無理やり連れて来られるなんて、この学院じゃ学院長くらいなものじゃないだろうか。でも、なんで主導師様が来てくれたんだろう?いつもなら導師様と見習いくらいなものなのに。

 「まあ、クリスに聞けば少しは何かわかるかもしれないな」

 俺は言いながら扉を叩く。

 コンコン。

 部屋の中で人が動く気配がして、扉が静かに開いた。

 「はい?」

 医務のイヌイ先生が頭だけ出して俺達を見た。「おや、ナギと新入生君だね?どうした?キミたちも具合が悪いのかい?」

 「いえ。クリスに夕食を持ってきました」

 俺はそう言って、ティルトが持っているトレーを指差す。「クリスはどうしてますか?」

 「もう、落ち着いているよ。静かにするなら入れてあげるけど?キミたちがサーザを見つけたんだって?」

 イヌイ先生はそう言いながらも大きく扉を開き、俺達を医務室へ招き入れてくれる。

 中に入るなり、医務室独特の消毒液臭さに眉をしかめる。

 「フェナス様が治療の呪をかけてくれたから、もう大丈夫だよ。今は良く眠っているから」

 先生は俺達に小声で言いながら部屋を横切り、ベッドを仕切っているカーテンを静かに開く。「クリス、ナギが食事を持って来てくれたよ」

 俺達はサーザを起こさないよう、足音をたてないように注意して先生の横に並ぶ。

 サーザはぐっすりと眠っていた。雪の中で見つけた時より、頬や唇に赤みがさしていて、格段に顔色も良くなっている。

 クリスはベッドの横にあるイスに座り、サーザの左手を両手で握りしめていた。まるでお祈りでもしているみたいに。

 「・・・クリス」

 俺がためらいがちに声をかけると、クリスは青白い顔で俺を見上げた。

 「ナギ・・・」

 「食事、持ってきたぞ。ちゃんと食えよ。お前の方がまいっちまいそうだ」

 「ありがとう。後で食べるよ。そこに置いてくれる?」

 クリスがベッドの脇にあるテーブルを指差すので、ティルトは言われたとおりに持っていたトレーをそこに置く。

 「サーザの具合はどうだ?」

 「うん。大丈夫だと思う。体温も戻ったし、呼吸も穏やかになった。フェナス様のおかげだよ」

 疲れたようにクリスは微笑む。

 微笑が痛々しい。


 「ところで、セピオ先生はどうしたんだ?いつもならすっ飛んで来るだろう?」

 「それが、いらっしゃらないんだ」

 俺の問いに答えたのはイヌイ先生だった。ため息まじりに俺を見る。「当番の子を先生の部屋まで何度か行かせたんだけれど、お留守のようなんだよ。この吹雪の中、どこかに出かけるとは思えないから学院内にはいらっしゃるだろうと思って、当番の子に探してもらっているところだよ」

 「図書棟では?」

 今まで無言だったティルトが口を開く。

 「部屋にいらっしゃらなかったから、すぐに図書棟へも見に行かせたのだけれど、いらっしゃらなかったよ。先生がいつも使われている図書棟の研究室にもね」

 イヌイ先生は困ったなと腕組みをし、再度ため息をついた。「一体、どこにいらっしゃるのだろう?」

 「他に先生の行きそうなトコロは?」

 俺の問いにクリスは首を傾げる。

 「自分の部屋と図書棟。学習室。研究室。あとは・・・ないんじゃないか?天気が良ければ散歩なんかもされるけど、この吹雪だろ?外に出たりはしないと思うよ」

 「まぁ、外に出るとは考えられないな」

 「では、何故、サーザさんはあんな所で倒れていたのでしょうか?」

 俺とクリスは声の方を見る。

 ティルトが何か思案するように、静かなまなざしでサーザを見つめていた。「吹雪だというのに、わざわざ1人で外に出たということは、何か余程のことがあったと考えるべきでしょう?サーザさんは、どこに行こうとしていたのでしょうか?」

 ティルトの言葉で俺達の間に重苦しい沈黙が落ちる。

 ティルトの言うとおりだ。

 なぜ、サーザは吹雪だって言うのに、外に出たのだろう?

 あ、そうだ。

 「なぁ、クリス」

 「何?」

 「サーザを探す前に、お前とサーザが話をしたのはいつだ?」

 「サーザ達はここんとこ先生の研究室に入ったきりだったからな。この間、晴れた日に一緒に昼飯食ったきり会ってないな・・・ほら、ナギにサーザどうしたって聞かれた日の前日。置手紙があったって、話をしたろ?その日、朝起きたらすごい吹雪で、サーザが戻ってなかったから研究室に様子を見に行こうと思ったんだけど、俺、ストーブ当番だったからさ。授業が終わってからも後片付けとかあって、もたくたしていたら、お前に呼び止められて・・・それから先生の研究室に行ったけれど、先生もサーザもいなかったんだよ。しばらくそこで待ってたんだけど、先生もサーザも戻ってこなかったから、先生の部屋ま

で行ったんだけど、そこにもいらっしゃらなかったんだ」

 考え考え、クリスは口を開く。「机の上に解読中の本がなかったから、2人でどこかへ相談に行ってると思ったんだ。あの2人は夢中になると部屋から出て来なくなることなんてしょっちゅうだし、俺もいつものことだろうって気にしてなかったから・・・まさか、こんなことになるなんて・・・」

 クリスはサーザの眠るベッドに両肘をつくと頭を抱える。

 「で、その魔法書ってのは、どんなヤツなんだ?」

 「黒い革で、表と裏に浮き出しの模様が入ってるんだ。確か・・・杖みたいなのがばってんに交差していて、その上に銀で文字らしきものが書かれていたけど・・・?」

 どうしてそんなことを聞くのかと、クリスが目で問いかける。

 「いや、ちょっと気になって・・・」

 俺は口ごもりながら、クリスに向かってごまかし笑いをする。でもクリスだってバカじゃない。俺の笑顔なんかでごまかされるはずもなく、クリスは眉をひそめる。

 「何が気になるんだ?」

 「魔法書に興味があるのはボクです」

 クリスに問われてひるんだ俺を助けるようにティルトが口を開く。

 ティルトはクリスの背後に立って、淡々とした口調で続けた。「その魔法書に何が書かれていたのか興味があります」

 「誰にも読めないのに?」

 クリスが吐き捨てるようにして言うと、ティルトは静かに首を振る。

 「いいえ。多分・・・魔法書は読めたのだと思います」

 「読めた?」

 クリスが睨むようにして目を細める。「サーザにか?」

 


 「そういえば」

 俺はぽんと手を打ってクリスに言う。「サーザは解読の手掛かりを見つけたって言ってたぞ」

 俺とクリスは顔を見合わせ、サーザに目をやる。

 「ボクの予想では」

 ティルトがぽつりとつぶやく。「サーザさんがあそこで倒れていたのも、セピオ先生が見つからないのも・・・吹雪がおさまらないのも、全ての原因がその魔法書にあるような気がします」

 再度、重々しい沈黙が落ちる。

 おれは腕組みをして、眠るサーザと暗い表情のクリスを見つめる。

 ティルトが言うとおり、魔法書が解読できそうだと俺に告げ、クリスに手紙が残された次の日から吹雪いていたような気がする。そして、セピオ先生とサーザの姿が消え、サーザだけが雪の中で倒れていた・・・サーザが解読したその魔法書を使って、誰かが吹雪を呼んでいるということか?

 「だったら、セピオ先生は精霊殿へ行かれたのかも」

 「それはどうだろう」

 クリスのつぶやきに今まで黙っていたイヌイ先生が口を開く。「フェナス様がこちらへいらっしゃるって事は、精霊殿の中では大イベントだろう?どなたの処へ行かれたかはわからないけれど、精霊殿にいたのなら学院で何かあったことくらいは耳に届くはずだろう?それなのにセピオ先生が戻られないということは、精霊殿にもいらっしゃらないということじゃないかな?」

 イヌイ先生は論理的にそう結論付けると、大きくため息をついて俺達をぐるりと見る。

 「そう考えると、セピオ先生に何かあったとしか考えられない。私から学院長先生に話をして、精霊殿から導師様を何人か派遣してもらうようにするよ。とにかく、キミたちは滅多な行動をとらないように慎みたまえ」

 イヌイ先生は念を押すようにして俺達を見下ろすと、有無を言わさず俺とティルトを医務室から追い出した。

 目の前でぴしゃりと扉が閉められる。

 「すみません。ボクが迂闊でした。あの場で言うべきではありませんでしたね」

 ティルトは扉を見つめ、ため息まじりにつぶやく。

 「いや、ティルトのせいじゃないさ」

 俺も苦笑して肩をすくめる。「俺も焦ってクリスに聞きすぎた。でも、導師様に来てもらうってのは、どうかと思う」

 「どうしてですか?魔法書がらみなら、導師様などの魔法を使える方々の方が、早くセピオ先生と魔法書を見つけてくださいますよ」

 ティルトは首を傾げ、無表情に俺を見上げる。

 「そうだけど・・・自分達の学院で起きたことなんだから、自分達の力で解決したかったと思ってさ」

 所詮、俺達には無理ってことか。

 「でしたら、解決しましょう」

 は?

 俺は、しれっとしてそう言ったティルトを唖然として見つめてしまう。

 そんな俺の視線を受け止め、テイルトはひとつうなずくと平然と言った。

 「導師様、つまり精霊殿の方々がこちらにいらっしゃる前に解決してしまえば良いんですよ」

 「そりゃそうだけど・・・」

 滅多な行動は取るなと釘を刺されたばかりだし。

 「精霊殿の方々よりも先に魔法書とセピオ先生を探せば良いんです」

 きっぱりと言いきる。

 その迷いのない口調から、ティルトが無表情のくせにやる気満々であるとわかった。

 無表情で可愛い顔しているクセに、実はこいつとんでもない太っ腹じゃないか?

 「ウィーナ先生に叱られるぞ」

 やれやれ。

 ため息まじりに苦笑すると、ティルトは眉ひとつ動かさず、すぱっと言い切った。

 「ばれなきゃ良いんですよ」

 こいつは・・・

 俺は絶句したまま、無表情でもキレイなティルトの顔を眺めていた。

 そしてにやりと笑う。

 こいつとだったら、本当にできそうな気がする。

 「とりあえず魔法書を探そう」

 「はい」


 がたん!!

 俺達が歩き出そうとした途端、医務室の中でものすごく大きな音がした。

 俺達は顔を見合わせ、俺は一瞬迷った末にそれでも扉に手をかけ、一気に開いた。

 ばん!

 「どうした?!」

 「ナギ?!」

 「手を貸せ!」

 医務室に踏み込んだ俺の目に飛び込んできたのは、サーザを動かないよう床に押さえつけているクリスとイヌイ先生の姿だった。

 「離せ!離してくれ!!」

 俺はこんなに必死な顔をするサーザを見たことがなかった。サーザは、自分を動かないように押さえつけている2人を引きずるようにして床の上をはいずり、部屋から出ようともがいていた。「俺が行かなきゃダメなんだよ!!」

 「サーザ、頼むから落ち着け!」

 「まだ動いちゃダメだ!」

 「ナギ、サーザを押さえて!」

 俺とティルトも言われるがまま、サーザを床の上で押さえつける。

 「行かせてくれ!早くしないと師匠が!」

 「落ち着け、落ち着けってば!」

 「師匠~!!」

 暴れるサーザの前に人が立った。

 ティルトだった。

 ティルトはサーザと扉を阻むようにして座ると、驚いて一瞬動きを止めたサーザににこりと笑いかけた。

 ?!

 ティルトを見ていた俺達全員がその笑顔を見て固まってしまった。

 ティルトの笑顔は全てを忘れて魅入ってしまうくらいにキレイだったのだ。

 さっきまで何を考えているかわからないような無表情だったので、そのギャップが激しすぎて余計に俺達を動けなくさせた。

 「サーザさん。大丈夫ですよ。ボクとナギさんに任せてください」

 ティルトの声は慈愛に満ちていた。やさしい、やさしい声だった。「何があったのか、話していただけますね?」

 サーザはその声に導かれるよう大人しくうなずくと、静かに涙をこぼした。

 「ベッドに入っても話はできるだろう?」

 イヌイ先生はそう言ってサーザをかかえると、有無を言わさずベッドに運んだ。

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