雪かき当番
主人公、混乱気味です。
吹雪は3日目になってもおさまらず、夜になって一層強まった。
窓はカタカタと鳴り、風は時折獣の咆哮のように聞こえた。
精霊殿への人の出入りが激しくなり、何かあったんだと生徒の間では噂が立ち始めた。
俺が聞いた噂は、この吹雪は雪と風を操る魔物が起こしているモノで、毎夜聞こえる風の音は本当に魔物の咆哮だというものだ。
雪かき当番の生徒が吹雪の向こうに銀色に輝く獣を見たと言う噂もある。
そして、そう言う時に限って、俺の処に雪かき当番がまわってくるのだから、貧乏くじ体質は健在ということなのだろう。
雪かき当番は、各部屋の持ち回りである。
俺とティルトは、支給のモコモコブーツと手袋、それに耳当てつきの帽子をかぶり、平スコップを持つと、自分の持ち場へ向かうために扉を開く。
ビュ~!!
凄い風と雪に、しばし俺達は無言で立ち尽くす。
「空・・・飛べるかもしれませんね」
ふむ。
うなづきつつティルト。
「ティルト・・・それ、シャレになってない」
でも、行かない訳にはいかない。みんながやっているお勤めだから。
俺はため息をつくと、ティルトの方へ空いている左手を差し出す。
ティルトは差し出された俺の左手を見、それから俺の顔を見た。
「飛ばされないように手をつないで行った方が良くないか?下手したら精霊殿までたどりつけないかもしれないぞ」
「・・・そうですね。お願いします」
ティルトはうなずいて、右手で俺の左手を握る。
よし。
気合いを入れ、俺は先に立って歩き始めるが、風が強くて思うように進めない。
こんな状況で雪かきに行かなきゃいけない俺達って、不幸だよな。大体、雪を除けたって、除けてる間に吹きだまるんだから意味ないと思う。
しかも、更に悪いことに俺達の受け持ちは精霊殿の北門だ。夏ならば5,6分で行けるところが、この吹雪では倍以上の時間がかかるだろう。
その上、視界はすこぶる悪い。
「大丈夫か?!」
「大丈夫です!」
風の音に声が消されないよう、ありったけの声で叫ぶ。
風に押されるのは体だけじゃなくて、気持ちも押し戻される。
・・・帰りたい。
ざかざか。
ざかざか。
雪をこぎこぎ俺達は歩く。
ぐ!
え?
ふいにティルトに手を引かれ、俺は風にあおられる勢いも相まって後ろに倒れそうになる。なんとかふんばって、倒れるまでは行かなかったが、引っ張ったティルトには抗議しようと、ティルトの顔を見る。
「ティルト?」
ティルトは俺に目で黙れというように厳しい視線を送り、顔を上げると風の吹いてくる方に目を凝らす。
「ナギさん。・・・今、何か、聞こえませんでしたか?」
白い闇を見つめ、ティルトは眉をひそめる。
「何かって?」
俺はティルトの耳元に口を寄せる。そうしないと叫び合わなければならず、耳元で話をした方が消耗も少ない。
「・・・風にまぎれていますが、獣の声のような・・・」
耳元で風が鳴る。
俺とティルトはその場に立ったまま、吹雪の彼方を見つめていた。
・・・ウォ・・・
「今・・・」
「聞こえましたね」
・・・-ゥ・・・
ウォーゥ・・・
耳が慣れると風の音の中に交じって、違う音が聞き取れるようになった。
「・・・噂は本当なのか?」
「ウワサ?」
俺のつぶやきにティルトは更に眉をひそめる。
「ああ・・・雪かき当番のヤツが銀色に輝く獣を見たって、噂があるんだよ」
「銀色の獣・・・」
俺の言葉をぼんやりと繰り返し、はじかれるようにしてティルトは顔を上げる。
つられて俺も顔を上げ、驚きのあまり目を見開く。
目の前に青銀の輝きをまとった獣がいた。
俺は動くことも声を出すこともできず、そのまま獣を見つめていた。
一見して狼に似ているが、頭に鬣がある。それに大きさが全然違う。牛より大きい。
そんなものが、すぐ目の前で俺達を見つめていた。
キレイな青い目の中にかたまったままの俺とティルトが映っている。そのぐらい近い距離だ。目の前の獣が動けば俺達など、すぐに引き裂かれてしまうだろう。
どのくらいそうしていただろう。
俺の掌は汗でじっとりと濡れている。
くい。
ふいに頭を上げると、そいつはくるりと俺達に背を向け走り出す。
「追いましょう」
え?
当然のことのように言い、ティルトは俺の手を掴んだまま、雪を蹴散らし走り出す。
この細い体にこんなパワーがあるとは思わなかった。
俺は半ば引きずられるようになっている。
獣は吹雪などモノともせずに走って行く。
獣の早さに人間が追いつくはずもなく、あっと言う間に引き離され、あきらめてスピードを落としたティルトは何かにつまずいて前のめりに転んだ。その勢いで、ティルトのスコップが飛び、俺もティルトの手を離してしまう。
「大丈夫か?!」
「だ・・・大丈夫・・・ナギさんこそ」
「俺はなんともないよ」
まともに打った鼻をさすりながらティルトは立ち上がり、自分が躓いたモノに目をやると大きな声で言った。「ナギさん、人が倒れてる!」
人?!
ティルトは自分が躓いた雪山にかがみ込み、両手で雪をかき始める。
俺もかがんで雪を払うように掘って行く。
すぐにうつぶせの後頭部・・・栗色の髪が出てきた。
俺達は狂ったように雪をかき分ける。
ザワリと俺の体にイヤな予感が走る。
栗色の髪・・・栗色の髪は・・・
「ナギさん、引きずり出しましょう」
「ああ、肩掴め!」
「はい!」
雪山から引きずり出したのは、俺達と同じ・・・学院支給の防寒着だった。
まさか・・・
不安のあまり心臓がドキドキする。息をするのも辛くなってきた。頭もがんがんする。
2人で出てきたヤツを仰向けにひっくり返す。
顔を見て、俺は叫んだ。
「サーザ!サーザ・ヴァーン!!」
頬を叩き、体を揺する。「サーザ!サーザ!!目を開けろっ!!死ぬぞ!死ぬんだよ!!目を開けっっ!!」
「ナギさん、ナギさん!ナギっっ!」
ティルトが俺を羽交い絞めにする。
「何するんだよっ?!サーザが、サーザが死んじまうっ!!」
「落ち着いてくださいっ!」
「何だって?!」
「落ち着けよっ!!」
ぎゅ。
ティルトが力いっぱい俺にしがみつく。
「大丈夫!この人は死なない!!」
ティルトの声が俺を殴った。
大丈夫・・・?
「大丈夫」
ティルトの瞳の強い輝きに、俺は呆然とティルトを見つめる。「大丈夫です」
ティルトはきっぱりと言い切り、サーザの横にひざまづくと自分の手袋を外し、サーザの首で脈をとる。それから自分の帽子を外し、風にあおられるのも気にせず、左胸に耳を当てる。
サーザの顔色は青を通り越して白くなっている。
呼吸も止まっているようだし、ピクリとも動かない。
ティルトはちょっと唇を噛み、小声でなにかつぶやくとサーザの顔に覆いかぶさり、自分の唇をサーザの唇にあてた。
!!
俺のまわりからすべての音が消える。
心臓が止まるかと思った。
ただの人工呼吸なのに、見てはいけないモノを見てしまったような気になった。
2人の唇が触れていたのはほんの短い間だったが、俺にはとても長い時間に感じられた。
ただの人工呼吸だって、頭では分かっているのに・・・
ティルトは唇を離すと、再度左胸に耳を当てる。
俺は、衝撃のあまりどうして良いかわからず、雪の上にぺたんと座り、サーザの手を握る。
サーザ・・・
ぴくり。
指が?
「サーザ!!」
握る手に力を込め、俺はサーザの耳元で叫ぶ。
微かにまつ毛が震え、サーザが薄く目を開く。「サーザ!わかるか?!ナギだ!!」
唇が微かに動く。
「・・・・」
「何だ?!」
俺はサーザの口元に右耳を近づける。
「・・・せんせ・・・先生・・・タスケテ」
「先生?先生がどうしたんだ?!」
「ナギさん、それより早く、この人を運ばないと」
サーザをゆする俺を制してティルト。
「ああ」
俺はティルトに急かされ、サーザを背負う。
ぐったりと力のないサーザの体は、冷たくてとても重く感じられた。
風に背を押されるようにして俺達は歩き出す。
一度だけティルトは後ろを振り返り、それから緊張した面持ちでサーザを見ると自分の着ていた防寒着を脱いで、風に飛ばされないようしっかりとサーザにまきつけた。
「ボク、先に行って、お医者様を呼んでもらいます!」
「ティルト!」
走り出すティルトを呼びとめ、俺はサーザを背負い直して言う。「気をつけて行けよ!」
「はい。ナギさんも必ずボクの後から来てください」
肩越しに振り返るティルトの髪が、淡い光を放っているように見えた。
俺は無言のままにうなずいて、ティルトの背を見つめていたが、その背もすぐに雪にまみれて見えなくなった。




