先生の笑顔が怖いです
テーブルの向こう側で、ウィーナ先生はにこにこと笑っている。
こーゆーの笑顔の圧力って言うんじゃ・・・
俺は自分の頬がヒクヒクとひきつっているような気がしたが、こらえることにした。
いつもなら夕食は食堂でとることになっているのだが、ティルトの人みしりを考慮した
結果、俺達は先生の私室にお呼ばれしている。
とんでもなく破格な待遇に、俺は半ばあきれつつ、驚いていた。どんなに高貴なお方だったとしても、学院に入ってしまえばみんな平等に扱われ、特別な待遇はしないというのが、学院のモットーじゃないのか?
確か・・・ヴァルキアの王族出身の学生がいたらしいが、その人も他の学生と同じに扱っていたと聞いたんだけど・・・
「どうですか?初日の感想は?」
ワインを傾け先生はニコニコしている。
先生のやさしげな風貌からは想像できないだろうが、この人はザルのようにお酒を飲む。
ザルと言うか、枠と言った方が良いかもしれない。ワイン1本なんて食前酒みたいなものだ。
「大陸一の学院と聞いていたのですが、シエラ・ザードの初等学院と何も変わりません
ね」
無表情にティルトは答える。
手には麦パンが1本。
「王都の初等学院とですか?」
ぽかんとして先生の手が止まる。
「はい。弱いモノいじめは、どこに行っても同じですね」
しれっとしてティルトに言われたことがわからず、先生は俺を見る。
その目が説明しろと言っている。
俺はウォルフと先生を心の天秤にかけ・・・天秤は先生の方へ傾いた。
心の中でウォルフに手を合わせる。
すまない、ウォルフ。
「新入生歓迎の儀式ってやつです」
俺は怪訝そうな顔の先生にしたり顔で言ってやる。
先生は少しだけ考える素振りをしてから、思い立ったようにニッと笑った。
「なるほど。悪しき風習ですね。しかし」
命知らずな子だ。
先生がぼそりとつぶやいた言葉に、俺はぎょっとして先生を見てしまった。
先生・・・それは、どういう意味ですか?
ティルトが命知らずなのか?
それともウォルフ達が?
・・・どっちにしても、怖くて聞けねぇ。
「まぁ、ケガなどしなくて良かったですね」
「痛いのは嫌いです」
「そうですね。早く他の生徒とも慣れてくださいね」
俺にもな。
俺は、心の中で突っ込みを入れつつ、無言のままイモのシチューを口に運ぶ。
ティルトは先生に何か言い返すかと思ったが、先生の言葉をキレイに無視した。
「ところで、ナギ」
「はい?」
矛先がこっちに向いて、俺はびくりと緊張する。
「昨日、星見当番だった?」
「はい」
「クージョウ先生に文句を言われたよ」
「はぁ・・・」
俺はあいまいに返事をする。
先生はそんな俺を見て、不機嫌そうに目を細めた。
「悪い癖だよね。面倒くさがりと、あきっぽいのは研究者にとっては致命的な欠点だよ。キミは頭も良いし器用だけど、面倒だと思ったら本当に何もしないから・・・反論くらいはして欲しいな」
まぁ、面倒ってのもポーズだけだって分かってるけどね。
そう言って先生は、困ったようにため息をつく。「やってないなら、やってないとはっきり言いなさい」
先生の言葉に俺はびっくりして先生を見てしまう。
すると、先生はにやりと笑った。「やっぱり、やってないんだね」
俺はむっと口を結んで黙りこむ。
ち。お見通しってやつか。
俺は、先生のことは嫌いじゃない。嫌いではないが苦手だ。できれば関わりあいになりたくない人間のリストを造るとしたら、一番目に名前を書いてしまいたい。こんな腹黒で性格が悪いって知っていれば、きっと先生にはつかなかったと思う。
いつも先生の掌で転がされているようなものだ。なまじ遊ばれているのがわかるだけに俺の不機嫌メーターは上がりっぱなしになる。
先生以外には寛大になれるのに、自分でも不思議だ。
これはもう相性が悪いとしか言えないだろう。
何気にティルトに目をやると、手にクルミパンを持っていた。
麦パンはもう片付けたってコトか?
ティルトは無言で無表情のまま、ぱくぱくと食事を片付けて行く。食べる早さは俺と大差がないように思えるが、量が違う。この細いきゃしゃな体のどこに収まるのか不思議だった。
確実に俺より食べてるぞ。
これが普通なら、寮の食事の量では満足できないんじゃないか?
「過食症?」
俺は思わず聞いてしまう。
ティルトは手を止め、口の中のモノをすべて飲み込んでから口を開いた。
きちんと躾けられてるんだなぁ。
「ボクは体に似合わず大食漢なのです。初めて食事をご一緒にした方は、みなさん驚かれます」
「でも、全然太ってないじゃんか」
「燃料消費効率が悪いのでしょうね」
それ、冗談なのか?
笑っていいものかどうか、俺は迷う。そんな真面目な顔して言われても。
「寮の食事じゃ足りないんじゃないか?」
俺はフォークでサラダをつつきながら言う。
「多分、足りないでしょうね。ボクの食事は2人分が基本らしいですから・・・困りましたね」
全然、困っているように見えませんが?
無表情のままにティルトは、にこにこと俺達の会話を聞きつつワインを飲んでいる先生を見る。
「ウィーナ先生」
「はい、なんですか?」
「ボクを1人部屋にしていただけないでしょうか?ボクと同室ではナギさんに迷惑がかかります」
「いーじゃありませんか」
にーっこり笑い、先生はテーブルに頬杖をつくと軽く小首を傾げる。「ナギなら大丈夫ですよ。迷惑ならザカザカかけておやりなさい」
先生・・・
俺は、先生のあまりのお言葉に絶句した。
「ですが」
「ダメですね」
なおも言いつのろうとしたティルトを手で制し、先生はきっぱりと言い切った。「あなたをお預かりした時の約束です。絶対に1人部屋にしないと。いいじゃありませんか。あなたもナギには慣れたようですし、早くその人みしりをなんとかしましょうね。セス様も心配なさってますよ」
先生の言葉にティルトの受けた衝撃は半端じゃなかったように見えた。
ティルトの大きな瞳がより大きく見開かれ、信じられないという表情をした。
「セス・・・様が・・・?」
まさか。
ティルトの唇はそう動いたが、声にはならなかった。
セス様と先生が言えば、セス・ヴァリス先生しか思い当たらないよなぁ。今はヴァルキアからの依頼で王宮に詰めている。セス・ヴァリス先生は、ウィーナ先生の師匠にあたり、いつもにこにこと温和でやさしい。ウィーナ先生とは全然違う。意地悪なんてされたこともないし、遊ばれたこともない。
本当ならセス・ヴァリス先生につきたかったのに・・・まぁ、言っても仕方のないことだけどさ。
「そうです。心配していらっしゃいましたよ」
「・・・そうですか」
ティルトの口調は驚くほど感情的で、しかも先生の言葉を全く信じていないのがありありだった。
ウィーナ先生は、それでも何も言わずに笑ってティルトを見ているだけだった。
その日は、色んな意味で疲れてしまい、俺達は早々にベッドに入ると眠ってしまった。




