癒しの魔法
俺が血まみれのティルトを担いで医務室へ飛び込むと、サーザとクリスは言葉もなく血の気を失ったティルトを見つめた。
俺はベッドにティルトを下ろすと、2人に向かって怒鳴る。
「呆けてる場合じゃねーぞ!サーザはイヌイ先生を叩き起こしてティルトの手当てを!クリスは一緒に来い!セピオ先生を拾いに行く!」
俺は有無を言わさずクリスの腕を掴み、外へ走り出た。
「ティルトに何があったんだ?!」
クリスが走りながらケワシイ顔で問う。
「あ・・・いや、ちょっと・・・な」
歯切れ悪く俺。
言えないだろう。
雪狼になったセピオ先生に襲われたなんて。
しかも俺を庇ってティルトがケガをした・・・そうだ、俺を庇ったんだ・・・
「大丈夫か?」
ぐらりと目眩がしてよろけた俺をクリスが支えてくれる。
「すまない」
「いや。それで、先生は?」
「こっちだ」
俺は先に立って明るい雪原に走り出す。
頬を切るような冷たい空気に月が浩々と照っていた。
自分の足跡をたどり、俺達は一直線に先生の元へとたどり着く。
「セピオ先生?!」
クリスが先生を抱き起こし、首筋に手を当てる。「大丈夫。脈がある」
「クリスは肩を持ってくれ。俺は足だ」
「了解!」
「「せーの!!」」
ぐ。
先生を2人で持ち上げ、俺達は来た道を走り戻る。
俺の頭の中はティルトのことでいっぱいだった。
俺を庇ったりしなければ、あんなことにならなかったのに・・・でも、俺がああなっていたら、ティルトは・・・
俺のせいでティルトが死んだらどうしよう。
ティルトがいなくなったらどうしよう・・・
どうしよう・・・
「ナギ!しっかりしろ!!」
そう言って俺を一括したクリスも泣きそうな顔をしていた。
セピオ先生を2人がかりで運んでくると、サーザに叩き起こされたイヌイ先生がケワシイ顔でベッドの上のティルトを見つめていた。
「先生!セピオ先生を連れてきました!」
「早くベッドに!」
俺とクリスはセピオ先生をティルトの隣のベッドに寝かす。
イヌイ先生は聴診器でセピオ先生の心音を聞きながら、もう一方の手で血圧計をセットする。
「クリス、そこのカウンター持ってきて。その注射器ののっているヤツ」
「はい」
「ナギはウィーナ先生を呼んできて。この子のこと聞かないと」
「どう言う事ですか?」
「この子、治療が出来ないんだよ。何かで護られているみたいなんだ。このままだと失血して危ないのに・・・クリス、セピオ先生の左腕まくって」
かしゃかしゃ。
注射器を用意しながらイヌイ先生。「だから、ウィーナ先生ならご存知かと思ってね」
「わかりました。俺、先生を呼んできます」
俺はティルトの全く血の気がない顔と赤く染まって行く包帯に目をやり、それを振り切るようにして医務室を出ようと扉を開いたら、ウィーナ先生がびっくりした顔で立っていた。
「先生!ティルトがケガをして、今先生を呼びに行こうと!」
「若様が?!」
先生の後ろから声がした。
見たこともない紅茶色の髪と瞳の青年が血相を変えて、先生を押しのけるようにして医務室に踏み込む。
若様?
その後ろ姿を見送り、俺は首を傾げる。
「彼はティルトのおじい様の秘書だそうだよ」
俺の疑問をわかったかのように先生は言う。「忘れ物を届けに来たのだって」
ウィーナ先生は俺の背を押すようにして医務室に入ると、後ろ手で扉を閉めた。
「若様!私です!サツキです!わかりますか?!」
サツキさんはティルトが横になっているベッドの脇にひざまづくと、ティルトの右手を両手で握りしめ、呼びかける。
ティルトのまつ毛はピクリとも動かない。
「この子には何か魔法がかけられているのかい?治療ができないから、このままだと失血死のおそれがある」
「若様は薬や毒に特に抵抗力がありませんので、普通の薬は使えないのです。ですからこうして魔法で護られているのです」
「しかし、それが今、この子を殺そうとしているんだぞ!」
イヌイ先生の激しい声に俺達生徒は首をすくめてしまう。
でもサツキさんは、にこりと笑った。
「大丈夫です。癒しの魔法をかけます」
そして深呼吸をすると静かに目を閉じ、再度、ベッドの横にひざまづく。ティルトの右手を両手でしっかりと包み込むように握る姿は、祈りに似ていた。
ゆらりと。
サツキさんから白銀の炎が霧のように立ち昇るのが見えた。
『我が声を聞け。
我が一族よ。
大地に生きる者達よ。
我らが次の王のために力を貸し給え。
大地の息吹よ、我が手に集いて癒しの力となれ!』
温かくてやさしい光がサツキさんの手に集まり、それがティルトの体をゆっくりと包み込んでいく。
俺が今までに見た、どの治療魔法よりも、その光はやさしくて温かかった。
ティルトの造りモノのように蒼白だった肌に赤みがさしてきて、ティルトはまつ毛を震わせた。
波が引くように、ゆっくりと光が消えていく。
ティルトはわずかに眉を寄せてから、静かに瞳を開く。
「若様」
「ティルト」
「ティルト・・・」
「気分はどうかな?」
ティルトは数回、瞬きをし、ぼんやりとした瞳でサツキさんを見ると、サツキさんだという認識をしたのだろう。途端に、しっかりとした眼差しに変わり、ベッドから飛び起きた。
「どうしてサツキがいる?!」
「ダメですよ。まだ休んでいないと」
サツキさんは驚くティルトなんて全く気にせず、にこにことティルトをベッドに押し戻す。「大人しくしていないとせっかく止まった血が、また出てしまいますよ」
「そうだよ」
良かった。
ティルトが助かって、良かった。
ティルトは不本意そうに口をへの字に曲げると、もそもそと布団にもぐる。顔だけ出して上目遣いにみんなを見る表情は年相応に見えて可愛らしかった。
「おや?」
くるり。
サツキさんは突然振り返ると、いきなり俺の腕を掴む。「これは若様の血ですね。あなたが若様を運んでくださったのですか?」
「は・・・はい・・・」
「あなたにお怪我はありませんか?」
サツキさんは心配そうに眉をひそめる。
「俺は大丈夫です。ティルトが助けてくれましたので・・・あの、すみませんでした。ティルトは俺の代わりにケガをしたんです」
すみません。
俺は深々とサツキさんに頭を下げる。
「ああ、気になさらないでください。若様は大丈夫ですから、あなたが気に病むことはありませんよ。本当にあなたに怪我がなくて良かった」
にこにことサツキさん。
正面から見たサツキさんは、とても温和そうでひとなつこい顔をしていた。
「これからも若様のことをよろしくお願いしますね」
「いえ・・・こちらこそ」
あまりにもまっすぐなサツキさんの言で、俺が気恥ずかしさのあまり赤面してしまうと、俺のすぐ横でウィーナ先生が一生懸命笑いをこらえていた。
俺は先生のそういうところが嫌いだ。




