俺って貧乏くじ体質?
良い天気だなぁ。
俺はうーんとうなりながら両腕を上に伸びをする。
ここは大陸の北にあるセリスの精霊殿付属の高等学院。通称『北の学院』。
暦の上では春になっているが、いかんせんここは北の国。
毎日、毎日、雪ばかり。1年の1/3は雪に埋もれている。
まぁ、外に出られないから勉強ははかどるというものだけど・・・
やっぱり寒いよなぁ。
塔の一番上にいたらまともに風も当たるし、高いトコロってのはそれだけで寒い。
「久々に晴れたなぁ」
同じく寒さに震えながら外套をしっかりと着こんだ上に毛布までかぶったライが笑う。「俺、望遠鏡をセットするから、ナギはシートをよろしくな」
そう言って俺に観測用のシートを押しつけると、さっさと望遠鏡の方へ行ってしまう。
やれやれ。
俺はあきれてため息をこぼした。
ライは良く言えばマイペース。悪く言えば自己中なヤツだ。だから2人1組の星見当番だって、みんな上手にライと当たることをさけてしまう。俺は不思議とこいつの事を嫌いではないが、振り回される事には変わりなく、いつも俺が貧乏くじを引かされる。
その最たるものが観測用のシートだ。
望遠鏡は手袋をしたままでも扱えるけど、記録は細かい字を書かなければならないので手袋を外すことになる。この時期の素手はつらい。
まぁ、どっちかがやらなきゃならないんだから仕方ないか。
俺はため息まじりに手袋を外すと、観測シートに日付と時間を書き込み、方角を確認する。
北に磁石星。
南に精霊殿。
西にラガーナの山並み。
東に・・・あれ?
俺は塔の上にも関わらず、身を乗り出すようにして学院の東門を見る。
目の錯覚かと思って目をこらしてみたが、見間違いではなかったようだ。
学院の東門の前に人影があった。
2人・・・か・・・?
頭からすっぽりとフードをかぶっているから顔までは見えないけど・・・こんな時間に何の用だろう?
精霊殿は夜だろうと朝だろうと祈りを捧げたい人を断ることはない。だから、精霊殿に行くなら俺も気にしなかったと思う。でも、2人は学院の門の前に立っている。
学院は精霊殿とは違い、暗くなったら門を閉める。訪ねてくるのも古文書の解読に力を貸してほしいとか、新しい数式を発見したとか、こんな現象を見たが昔同じようなことがなかったか等々、知識と知恵を求めにだ。教えてくれる先生達は、当然、夜には眠っている。故に、夜、学院を訪ねる人は滅多にいない。
俺は外套のポケットから小さい遠眼鏡を取り出し、門へ向ける。
いまいち暗くてわかんないなぁ。
あれ?
俺は見間違いかと思って、目をぱちぱちとさせる。
2人はどうやらもめているようだ。背の高いのが大人で、低いのは子供だろうか?
高い方が小さい方の腕をつかんだとたん、小さい方はその腕を払い、その勢いでフードが外れた。
俺は息をのむ。
暗がりでもはっきりとわかる。輝くばかりの美貌だった。動いていなければ良くできたビスク・ドールと間違えてしまうかもしれない。そのくらいに整った顔立ちだった。大きな瞳がもう1人へ向けられていたが、今にも泣き出してしまいそうに見えた。
「ナギ、灯を取ってくれないか?望遠鏡の軸が狂っているようで、調整が上手くできないんだ」
ライが望遠鏡の後ろから声をかける。
「今、行くよ」
遠眼鏡から目を外し、肩越しに返事をする。
再度、遠眼鏡をのぞくと、2人の姿はそこになかった。
あれ?
俺は遠眼鏡から目を外し、裸眼で門を見る。
やはり姿が無い。
一瞬で人が消えるなんて、ありか?魔法使いでもなきゃ・・・魔法使い・・・?
「ナギ?!」
「今、行く!!」
ヒステリックなライに叫び返し遠眼鏡をしまうと、足元に置いていた灯を取り上げライの処へ急いだ。
部屋には俺と天文博士のクージョウ先生の2人きりしかいなかった。
先生は自分の机に座ったまま、俺を机の前に立たせ、くどくど説教をしている。
昨日の夜、望遠鏡の軸が狂っているとライが言っていたが、よくよく見たら軸ではなくそれを微調整するネジが折れていた。
そう、折れていたんだ。俺が折った訳ではない。
ライが折った訳でもないと思うが、ヤツは責任を俺になすりつけ、まんまと説教から逃げた。
俺は相変らずの貧乏くじに、心の中でライへの罵倒の言葉を30も叫んでいた。面と向かって言わないのは、面倒だからだ。
窓からはやわらかな春の日差しが入り、雪解けも間近だと告げているようだった。
なのに、俺の前にはヒゲ面のいかつい先生。もう1時間以上も説教している。
俺だって、先生の気持ちがわからない訳じゃない。
壊れた望遠鏡は先生のお手製で、命ともいえる鏡を造るのに1年以上も表面を磨いていたと言うのだから、壊されれば怒りたくなるのも当然だ。
それにつきあってやってる俺も俺だよなぁ・・・
「・・・かね?聞いているのかね?!ナギ・イル・シーマ!!」
「はい。先生」
頭から湯気を吹きあげそうな先生に俺は神妙な顔をしてみせる。
もういい加減気が済んだだろう。俺も突っ立っているのに疲れた。
俺は先生が何か言う前に深々と頭を下げる。
「先生の大切な望遠鏡を壊してしまい、本当に申し訳ありませんでした。今後、このようなことがないように注意いたします」
さて、どう出る?
俺は頭を下げたまま先生の次の言葉を待つ。
先生は俺の心内など全く見えないようで(見えたら困る)、大きくため息をつくと言った。
「・・・そうしてくれるとありがたいな」
「はい」
俺は顔を上げ、先生の顔を見る。
気が済んだみたいだな。
「わかったなら行って良し」
「はい、失礼します」
一礼し、部屋の扉を開く。廊下へ出て更に先生へ一礼すると扉を閉め、そのまま大きく息をついた。
はぁ〜。
「ナギ?ナギ・イル・シーマ?」
「はい?!」
急に名を呼ばれ、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
「ああ、ごめん。驚かせてしまったね」
そう言いながら全然悪いと思ってないような顔で歩いてきたのは、俺の師である博物学者のジャス・ウィーナ先生だった。
そして、その後ろに俺と同じ学院の制服を着た見たことがない生徒がいた。
びっくりするくらいの整った顔だった。
ビスクドールかと思ってしまうくらいに白い肌と自然に色づいた唇。大きな瞳は長いまつげに彩られ、瞳の色は珍しい瑠璃色だった。髪も同じ色で肩につかないよう短く切り揃えられていた。ツヤツヤのサラサラだ。
美少女と言っても不思議ではないだろう。でも、俺と同じ制服を着ているのだから少年に間違いない。
昨日見たのはこの少年だったのか?
シミ1つない真新しい制服は編入生ということだろう。
俺の不躾な視線にも少年は眉ひとつ動かさず、それどころか俺の顔を見ようともしない。
彼の視線は床に落ちたまま。
「この子は今日から私が預かることになったティルトだよ。ナギの部屋のベッドは空いていたよね?」
わかりきったことを聞かれ、俺はぎゅっとこぶしを握ってしまう。
「・・・はい」
「今日からこの子が一緒だからよろしくね」
はい?
驚いて言葉もない俺を気にも留めず、ウィーナ先生はにこにこと笑って俺の方へぐいっとティルトを押し出す。
「ティルト、この子が同じ部屋のナギ・イル・シーマ。ヴァルキアのガードイート出身です。あなたの一つ上の17歳ですから、なにかあればナギに相談してくださいね。ティルト、ご挨拶を」
ウィーナ先生に挨拶をと言われ、ティルトはびくりとして初めて俺を見た。
まっすぐに上げた顔は、俺が今までに見たことがないくらいキレイだった。
本当に男の子なの?
「はじめまして。ティルト・ファー・レリーヤです」
涼やかな声だった。
ただ、その口調は形式的で親しみのカケラすら込められてはいなかった。
仲良くする気はサラサラないってことかなぁ?
「ナギ・イル・シーマです。よろしく」
俺は困った顔をして、それでも挨拶をした。
出した右手が虚しく固まる。
「ナギ、ティルトは凄い人みしりなんだ。慣れるまで我慢してやってくれ」
もう視線を床に落としてしまったティルトとどうしたもんかとため息をつく俺を見て、先生もため息をついて言った。
本当に人みしりか?
「・・・はい」
でも、そんな事を言ったらどうなるかわからない。俺は面倒事を避けたい。だから俺は賢くうなずくだけにとどめた。
先生はそんな俺を見てやんわりと目を細め、それから無表情のティルトの肩に手を置いた。
ビクリ。
ティルトが体をこわばらせる。
「そんなにかしこまらないでください。大丈夫ですから。せめて人の目を見て話をしてくださいね。明日からは教室にも行くのですから・・・では、後はナギに案内してもらってください。ナギ、後はよろしく」
先生は俺ににっこりと笑いかけ、ティルトの肩をとんとんと叩くと自分の研究室に戻って行った。
残された俺はどうして良いかわからず、呆然と先生の後ろ姿を見送ってしまう。
俺はしばし呆けたまま、はっとして、置いて行かれたティルトを見る。
ティルトはその場から動いておらず、ぼんやりと窓の外を見ていた。
俺はティルトにはわからないようにため息をつく。
これは、人みしりとか言う次元の問題じゃないと思う。自閉症とか心身症の類じゃないだろうか。俺にこいつの面倒を見ろってか?
先生、勘弁してくれよ。
軽く眉をひそめ、でもこいつの所為じゃないしなと思い直し、声をかける。
「ティルト。とりあえず学院の中を案内するよ。どうせ寮には行かなくちゃならないし」
・・・反応なし。
やれやれ。
仕方がないので俺はティルトに近づき、肩を叩いた。「ティルト?」
ばっ!!
反射的にだと思う。
ティルトははじかれたようにして俺の手を払いのけると、大きな目をいっぱいに見開いて一瞬だけ俺を見ると顔をそむけた。
・・・泣いていいかなぁ〜?
あからさまに嫌われるってのは、心情的によろしくない。しかも初対面の人から受ける仕打ちとしてはあんまりだ。
俺はめいっぱい傷ついた。
「・・・ごめん・・・なさい」
ぽつり。
消入りそうなつぶやきは、うわべだけの謝罪ではないように聞こえた。
俺のことが嫌いとか、そう言う事じゃなさそうだ。ってことは・・・ああ、そうか。人に触れられるのがイヤなんだな。
俺は苦笑して言う。
「俺の方こそごめん。見てればわかるよな。人に触れられるのがイヤなんだろ?気が利かなくて、ごめんな」
ティルトは俺を見て、無表情に首を振る。
「そういうわけではないと思うのですが・・・自覚がないだけなのかもしれません」
淡々とした口調。どうでもいい事のように聞こえるのは気のせいか?
なので、俺はそのセリフを聞かなかったことにした。
「来たばかりで疲れただろ?早いけど部屋に行こう。荷物の整理があれば手伝うよ」
「いえ、お構いなく。たいした荷物ではありません」
きっぱりと拒絶され、俺はどうしていいかわからず苦笑する。
笑うしかないじゃないか。
このキレイな顔で、淡々と言い放たれてみろ。誰でもヘコむわ。
この状態で教室に行ったら、敵だらけになりそうだ・・・まいったなぁ。
しばらくは、こいつとどうやってコミュニケーションを取るかで悩まされるわけだ。
でも、先生によろしくされたから、放置って訳にもいかないしなぁ・・・
はぁ。
俺は憂鬱な気分のまま、ティルトに声をかける。
「寮は、こっち」
ついてくるのも確認せずに俺は先に立って歩き出す。
そして確認しなかったことを激しく後悔するのだった。




