007 魔法
タッタカタッタカ、タッタカタッタカ。足音が近づいてくる。
やばい何か来る。混乱する頭を振り周りを見回す。
体の痺れはまだ残っているが峠は過ぎたようで大分動けるようになった。
周囲を窺おうと上体を起こすと目の前に巨大な鳥の蹄が現れた。
「うお!」「きゃ!」
反射的に体を倒し蹄を避ける、巨大な鳥の方も翼を羽ばたかせジャンプして俺を避けてくれた。
再び上体を起こし振り返ると向こうの方もこちらを振り返っていた。あッ 猫耳娘だ! 確かあの鳥はチョコモアだっけ。
「だ、大丈夫ですかお怪我はありませんか?」
あわててチョコモアから降りると俺の方へ駆け寄ってくる。 お 良い子だな俺の心配をしてくれるなんて。
「ああ、大丈夫です、当りませんでしたから」
胸をなでおろした少女だったが俺の姿を見て目を見張る。まぁ 今の俺の姿はズタボロの姿だからな、それに周りにはコボルトの死体も転がっているし。
「あの本当に大丈夫ですか? かなり怪我をなさっているようですけど」
「ああ、え~と 大したケガじゃないので大丈夫ですよ、ちょっとドジ踏んでしまってこのザマですが軽傷です」 ステータス画面でHP半分以上減っているけど大丈夫だろ。
「そうですか、でも他の人達はどうしたんです、たしかバーツさん達、金の星のメンバーですよね」
「あ、いえ俺は違うんですよ、バーツ達に鍛えてもらっているだけでパーティメンバーというわけではないんです」
ちなみに金の星って言うのはバーツ達のバーティ名だ。
「そうなんですか、でも それなら一人で狩りをさせるなんて、危険じゃないですか」 眉を顰めて俺を見る。
ん? 怒ってる? なんで?
「昨日冒険者ギルドに登録した人を一人で狩りをさせるなんて非常識です。貴方も貴方です、どうして言うことを聞いているんですか、死でしまいますよ!」
ああ、バーツ達に言われて狩りに行かされたと誤解しているのか。
「いや、違うんだ。 ちょっと一人で狩りをしようと外に出たんだよ。バーツ達は関係ないんだよ」 心配してくれて嬉しいけど、これは自業自得だからな。
「えっ あの人達は関係ないんですか? 一人で来た・・・・」 なんか黙り込んで俯いてしまったぞ、どうしたんだろ?
「あなたバカですか、昨日今日冒険者になった人が一人で狩りをするなんて自殺行為ですよ死にたいんですか!」
ものすご勢いで怒鳴られてしまった。 うん、死にそうになったし反論の余地なしだよね。
うわ~ さっきの心配顔からこの人バカって顔で呆れられています。 すいません。
「ああ、ものすごく反省してます。自分の軽率さ加減に自分で呆れるほどに・・」
「そうですか、それならいいです。でもちょっとした油断で簡単に死んでしまうんですよ、その時に後悔しても遅いんです。分かりましたか!」
年下の女の子から説教を受ける俺ってどうよ。
「うん ごめん」
「私に謝罪するんじゃなくて金の星さん達に謝罪するのが筋でしょ!」 うわ、火に油を注いだ感じになってしまった。
それにしても、もしこの世界がゲームの中ならこの娘はNPCってことになるプログラムで動いているのか?
いや、この娘だけじゃなくてバーツやラピスもプログラムってことになる。
有り得ないな、バーツやラピス、それにグリーンウッドのガルナーさん達もプログラムなんて考えられない、彼らだって怪我をすれば血が出るし痛みの感情を顕にする、喜怒哀楽があるのだ、それらが全てプログラムなんて考えられない。
「シャーリアどうした」
不意に掛けられた声に思考を中断した。
いつの間にかチョコモアに騎乗したあの猫耳尻尾の男が側に近づいていた。
「あ兄さん、いえ・・ちょっとこの人とぶつかりそうになったから大丈夫かなと・・・」
この娘シャーリアって言うのか覚えておこう。そう心の中で思っていると兄さんと呼ばれた男にジロリとまた睨まれてしまった。
「あのね兄さん、この人ケガしてるみたいだし、町まで一緒に戻ろうと思うんだけどいいかな」
シャーリアの提案に一瞬思案した後「ああ 別にかまわん」 と言ってくれた。
正直に言ってシャーリアの提案は助るが、あまり迷惑ばかり掛けられない。
「あ いや、」
「じゃあ、護衛料としてコボルトの魔石2個で町まで護衛を引き受けるわ」
ん、護衛! ああ なるほど護衛の依頼ということで町まで送ってくれるのか、それなら迷惑だと思わなくていいか。しっかりしているな、いやちゃっかりか。
まぁ魔石が欲しくて戦闘になったわけじゃないし。
「えっと グランドクローラーの魔石はいいの」
「あれ気持ち悪いから遠慮します、どうぞ遠慮なさらず魔石を取ってください」
あの芋虫ってかなり不人気のようだなどうしてだろう。
猫耳娘のシャーリアとその兄グリードさんに街まで護衛をしてもらった。シャーリアは防壁門まで一言も喋ってくれなかったけど。
「それじゃあ、お先に行きます。 次は無茶な事はしないでください」
そう言ってシャーリア達兄妹と分かれた、といっても泊まっている所は一緒なんだけどね。
今は部屋に一人ベットによこたわっている。
宿屋の主人ガルナーさんは俺のボロボロの姿を見て仰天していたがピンピンしていることを伝えると安心してくれた。そんで今日の手伝いはいいからと部屋で休ませてもらっている。
バーツ達(金の星)も明日にならなければ帰ってこないので今日は一人だ。
さて、今日は重大な事が判明した。
俺は神様らしい、自信はないがステータス画面ではそう表記されていた。
しかし、神にしては弱い、滅茶苦茶弱い、レベルが低いから弱いのか、レベルを上げれば強くなるのか、どうやってレベルって上がるんだ。
まぁゲームで考えれば魔物を倒せば経験値が入りレベルが上がるってシステムだがこの世界も同じなのだろうか?
そしてこの世界がゲームの中なのか?
判らない、判らない事だらけだ、そもそもこの世界に来たことに関しても分かっていない。あの夜来た電子メールが発端なのはなんとなく想像がつく。
しかし、なぜ俺なんだ?
過去にもこの世界に来た人間が居るようだが、そう言えばラピスに恩人の話を詳しく聞いていなかったな。今度聞いてみるか。
とりあえずこの世界が何なのかは保留だな、今は独り立ちできるようになるのが先決だろうし。
翌日、帰ってきたバーツ達に昨日の死に損なった件を告白したら、リルリーラさんに思いっきり殴られたしかもグーで。
エルフってもう少しスマートで貴婦人然としたものだと思っていたんだけどなー・・・・
バーツは特に何も言わなかった。ただリルリーラに説教される俺をみて気持ち悪いニヤニヤ顔をするだけだった。
ラピスも何も言わなかったが、すこぶる不機嫌そうだ。
リルリーラさんの説教から次の日、ラピスと二人で魔法の訓練をするべく町の外へ出ていた。
「過ぎたことは何も言いません、ただ、この世界は甘くはありませんよ」
ラピスも静かに怒りモードのようだ。
「うん、分かってる、いや分かった。この世界を甘く見ない気おつけるよ」
「それならよろしい、じゃあ魔法の訓練を始めましょ、っとその前に魔法の基本的な事から説明します。」
胸を張りながら威厳をかもし出そうとする態度に、なんとなく可愛い孫を見守るような気持ちになる。
「まず魔法は二つの事を同時に行います。」
「二つの事?」
「はい、二つの事とは、魔力の練成と呪文の詠唱です。 これは鍵と扉の関係だと思ってください。
呪文の詠唱で鍵を選びます。そして練成で鍵の形に合わせた魔力を生成し扉を作ります、そして鍵が扉を開いたとき魔法が発動するのです」
「呪文で鍵を選ぶってどういう事?」
「魔法には色々な魔法があります、水の魔法、火の魔法、治癒魔法とか色々です。それぞれの魔法にはそれぞれの呪文が必要です。だから使用するとき必要な呪文を唱えて必要な魔力を生成して魔法を使うのです」
「もしかして、必要な魔法の呪文を覚えないとダメ」
「もちろんです、必要な魔法を必要なときにすぐに使えなくては意味がありません得に戦闘時には一刻をあらそうでしょうから」
うへ~ 暗記ものって全然ダメなんだけど・・・
「どうしました?」
「物覚えが悪いんで暗記できるかなって、紙に書いているものを読み上げるって言うのはダメかな・・・」
「はぁ~ 攻撃の為の魔法でなければそれもいいでしょう、でも戦闘用の魔法は咄嗟のときに使えなくては意味がありませんよ、それにその書いている紙をなくしたらどうするのですか」
「う~~ そうですね・・はい」
「ただ、そうですね呪文を詠唱しなくても魔法を使う人もいますごく稀にですが」
「え!本当に! それならそのほうが良いんじゃない、呪文詠唱を唱えなくていいから早く魔法が打てるんでしょ」
「ええ、確かに早く魔法を打つことが出来るでしょう。しかし無詠唱魔法の使い手は魔法使い100万人に一人と言われています」
うわ~ 100万人に一人かよ、確立ひく!
「言っておきますけど魔法を使える人は100人に一人です。その魔法使いを100万人集めて一人だけ無詠唱の魔法が使える人が居るって言う確立ですよ」
「えーと という事は100掛ける100万人ってことで・・・・・1億人に一人って事?」
この世界に1億以上の人間がいるのか、創造もつかんが。
「あれ、意外と計算が速いですね」 意外そうな顔をするラピスにちょっと優越感。
「はっきり言って無詠唱で魔法を使うなんてほとんど無理です、まぁ挑戦するのはいいですが、それよりは短縮詠唱の方が使えるかもしれません」
「短縮詠唱?」
「短縮詠唱はだいたい魔法使い1000人に一人の割合だと聞きます。私も一つだけは短縮詠唱で魔法が使えますよ」
それでも10万人に一人の割合か・・・
「10万人に一人に入るのかすごいな」
「その魔法一つを短縮詠唱で使えるまでに17年かかりました、努力と信じる心が無ければとても身に付きません、それでも挑戦したいというのなら止めませんが」
う・・・・ たしかに無詠唱魔法も短縮魔法もかなり無理そうだ、しかし挑戦する前にあきらめるのは性にあわない・・まずはやって見てダメならあきらめよう。
い いや出来ると思う心が大事か、うん そうだな俺は出来ると思い込んでいるほうが出来るかもしれない。うん、そうしよ。
「ま まずは挑戦するのは別にいいよね」
「ええ、別にかまいませんよ、それで諦めが付くのなら」 うっ 出来ないの前提か・・・
「ですが、私が教えられるのは風の魔法と地の魔法と付与魔法だけです、他は適正が無いのか相性が悪いのか発動しませんので、あとはリルリーラさんが水と光の魔法が使えるのでそちらはリルリーラさんに習ってください適性が合えば使えるようになるとおもいますので」
「適正か、魔法使いってどのぐらいの属性の魔法を使えるんだ」
「そうですね、普通でしたら1~2属性ですね、上位の魔術師になると4属性が限界でしょうか。 でもかつてほとんどの属性の魔法を使えた魔導師もいましたよ1200年ほど昔ですが人族の魔導師で伝説の人ですね」
「魔術師? 魔導師?」
「一般的に経験の浅い者や使える属性が2属性の者を魔法使い、経験を積んで3属性以上の魔法を使える人を魔術師、5属性以上の魔法を操れる者を魔導師って言われているけど、べつに正式な物じゃないから気にしなくていいわ」
「ふーん それで魔法の属性っていくつあるんだ」
「基本は12ぐらいですね、火、水、地、風、光、闇、時間、空間、紋章、付与、治癒、召喚魔法かな、でも失われた魔法とかいろいろあるので正確なところどのぐらいの属性があるのかわかっていないのが現状ですね」
思った以上に多くの属性があるのに驚く、ゲームの中なら4つぐらいに分けられているのに。
「そんなに属性があるんだ、余り聞かない魔法もあるみたいだけど、紋章とか付与魔法とかどんな魔法なの?」
「紋章魔法は魔方陣や魔法文字を使って魔法を発生させる魔法、魔道具などを作るときに使われることが多いわ、付与魔法も似たような物で魔道具に魔法を込めるときに使ったり、武器の殺傷力を上げたり防具の耐久力を上げたりする魔法ね」
「ふーん 聞いただけでは良く分からないな・・・やっぱり実際に魔法を体験しないとダメだな」
「そうですね、ちょっと森の中のほうへ行きましょう、ここでは他の人の迷惑になるかもしれませんし」
周りは雑草が茂る草原だが依頼を受けて芋虫を狩っている奴らも居るかもしれなし、迷惑にならないように森の浅いところで訓練するのもいいかな。ただ昨日のこともあるし油断しないよう警戒はした方がいいな。
森の中に5分ほど足を踏み入れて、適当な空き地で訓練をすることにした。
「まずは風の魔法でサラッシュとう魔法を使う、短縮詠唱で使える唯一の魔法を見て」
「サラッシュ」
そう言うとラピスは右手をサッと振ると、見えない風がヒュンと音をたて飛んでいく。『えっ』
ザシュ! 10メートルほど先にある木に斜めに傷が付いた。
切断とまでいかないが、鋭いナイフで傷つけられたように線が奔っている。
「どう。」
得意げに俺を見るラピスは誇らしげだ。
この魔法を短縮詠唱できるまで17年修行してやっと使えた魔法、きっとすごいことなんだろう。だって10万人に一人だもんな。
「俺も出来るかな?」
「さぁ なんとも言えません、努力すれば出来るかもしれないし出来ないかもしれない。本人しだいです。がんばってください。」
出来るとは言ってくれない、無責任な事は言えないってことか、出来る出来ないは俺しだいってことだ。
「わかった頑張る、まずはどの属性の魔法が使えるか確かめて訓練だ。」
とにかく魔法を身につけることだ、やったるぞ~