005 初めての戦闘
前に町に入るときは周りの景色を眺める余裕が無かった。
町をぐるりと囲んでいる防壁の外に出ると、町の周囲に麦畑が広がっている事を始めて知った。
あたり一面が黄金色に変わろうかという麦畑が見渡す限り広がっている。
ちょっとした感動が湧き上る。こういう風景は日本の田園風景にも通じるものがあるな。
「どうした?」 立ち止まっている俺にバーツが怪訝そうにな表情で聞いてきた。
「この風景に少し感動したんだ」 俺の正直な感想にバーツも周りを見渡す。
「そうか?」 何に感動しているの分からないようだ。 まぁ情緒の問題だな、いや感性か?
「分かるわよ! 人族てこういう整然と作り上げたものに情熱を燃やすわよね」 リルリーラさんは少し皮肉めいたものを感じるな。
「私はこういう物を作り出す人族に畏敬の念を抱きます。私が住んでいた地域は部族ごと種族ごとに別れ、共同で何かを成すということはありません。何百年、何千年と変わらない日々を過ごすだけの魔族からすると人間の進化にただ驚くだけです。」 ラピスは寂しそうに微笑んだ。
ラピスは魔族だ、ふだんローブで姿を隠しているが髪は明るい色の緑色で、額には楕円形の宝石のような輝きの魔族石が埋まっている。
この魔族石というものは魔族なら誰でも付いているものではないらしい、付いている魔族がいれば付いていない魔族もいるそうだ。そして色や形、魔族石の能力も種族で違うらしい。
しかし、一番驚いたのはそんな事ではない。この小学生か中学生にしか見えないラピスが40歳ということだ。
ラピス・ラズリア。 ラズリア族はある一定の成長をするとそれ以上姿が変化しないという羨ましい種族なのだ。寿命も200歳前後と人間の倍の寿命をもつ。
「ま これも生きるための知恵や工夫の賜物だろ」バーツの物言いにリルリーラはムッとした表情をした。
「その割には人族は欲張りすぎるわ、どれだけ土地を広げ、どれだけ木を切り、どれだけ狩りをすれば気が済むのかしら。」
「いや ま 天候不順とか災害とかの備えの為に多く得ようと言う考えじゃないか」
「それなら なんで食べ物が無く餓死する人たちが居たり、その一方では食べきれないぐらいの料理を作らせて捨てる人達も居るわ、これはどういうことなのかしら」
リルリーラの口調がだんだんと剣呑な感じになって来た。 どうしてこうなったんだ? ただこの風景の感想を言っただけなのに。
「二人とも、そのぐらいにして、今日は町の外での実戦訓練をする為に出たんでしょ」
「ああ うん」
「そうね そうだったわ」
ふー 一時はどうなることかと思ったが良かった。
俺の居た世界は人間しか居なかったのにいろんな問題がいっぱいあった。ここはさらにいろんな種族がいる些細なことでも争いの火種になるのかも、気をつけないといけないな。
しばらく農道を歩き麦畑が途切れ辺りは雑草の多い茂る草原に着いた。100メートルほど向こうには森が広がっている。
「ところでさ、依頼の内容を聞いていないんだけど?」
「ああ、芋虫退治だ」 芋虫ってあの芋虫か? なんだって冒険者ギルドに依頼なんだ。
「なにを考えているか分かるけど、芋虫といってもでかいぞ。大体1メールから2メールぐらいある」
「2メートル? 芋虫で? でか過ぎでしょ」
「まぁ 魔物だからな。畑も荒らすし人も襲う農民にとって厄介な奴だ」
「しかもほっとくと今度は羽化して、巨大な蛾になって動物とか人を襲って吸血するのよね、毎年何人か犠牲になるわ」
心底嫌そうな顔のリルリーラ
「倒しても売れる部位もないし、取れるのは小さな魔石ぐらいしかないしね」
「魔石? 魔族石とは違うのか」 俺の言葉にラピスは不機嫌な顔になった。
「魔族石は魔族の体の一部よ、魔石は魔物の体の中に出来る魔の毒素の結晶よ。この芋虫なら牙の一本が紫色に結晶化するから倒したらそれを取ればいい」
正直どこが違うのか良く分からないが取り合えず納得するとこにする。
「ラピス、この辺に居るかどうか探してみてくれ」
頷くと立ったまま目を瞑り動かない。 何しているんだろ? まさか耳を澄まして探しているのか、それならエルフのリルリーラさんのほうが耳はいいはずだが。
「ラピスの魔人石の能力は気配探知なんだよ、一度見た生き物は気配探知で分かるそうだ。」
「へぇ~ 凄いな。探知した者が何か分かるなんて、範囲はどのぐらいなんだ」
なんて便利な能力だ、この能力があれば不意打ちとか心配しなくていいし、何処に味方がいるか敵がいるか把握できるから戦闘にも有利だ。
「いました、あっちの方角300メートルぐらいの処に2匹いる」
指差した方角を見る、確認は出来ない。うん すごいな
「よし視認できるところまで近づくぞ。 と リュウ、弓の準備しとけまずは遠距離からの攻撃だ」
うん、と頷いて手弓と矢を準備する。この手弓は殺傷能力も飛距離も短いが、普通の弓に比べて小さく持ち運びやすく使いやすさと連射に優れているところがいい。まぁ まだまだ修行中だけど。
居ると思われるところに40メートルほどまで近づいて芋虫を視認する。
黒い体に緑色の斑点模様の芋虫2匹が何かを一生懸命貪り食っている。何食っているんだろ?
「どうやらビックラットを捕食したみたいね、私は右の方を狙うから、リュウは左の方を狙って」
リルリーラの言葉に頷き弓を引き絞る。
40メートルは手弓ではぎりぎり狙える距離だが何とかいけるか。
芋虫の中心に意識を集中して息を整え・・・・一気に矢を放った。リルリーラも俺に合わせ矢を放つ。
『ぷすっ』『ピロリン』っと矢が芋虫に突き刺さると同時に妙な音が頭の中に響く、なんだ!? 一瞬思考が停止してしまったがすぐに芋虫を見た。
俺の矢は刺さったのは刺さったが深くは刺さらなかったようだ。リルリーラのほうは深々と突き刺さり赤い血が吹き出している。
「ほらぼさっとしない、一撃で死ななかったら二の矢を放ちなさい。それでも死ななかったら三の矢よ!」
そうだった、もともと俺が使っている手弓は威力が弱い、その代わりに命中率と連射という特性を生かさなければ。
次の矢を番えて狙いを定めて放つ、今度はさっきより深く突き刺さった、しかし体の中心からそれ端っこだ。
三つ目の矢を番えて素早く放つ、今度は狙いどうりに突き刺さったがまだ動いている。4本目、5本目・・・6本目でやっと動きが止まった。
深く息を吐き出し深呼吸をする。始めての戦闘で緊張していたようだ。
「お 全弾命中か、リーラ先生の教育の賜物だな」
ハリネズミ状態の芋虫を見てバーツはそう評したがリルリーラはまだまだと言う表情だ。
リルリーラが狙った芋虫は最初の一撃で絶命していたようだ。すげーぜリルリーラの姉貴。
「それより、最初の一矢のあと気が疎かになったわよね。戦闘中は常に気を張り油断してはいけないわ、でなければ待つのは死よ」
「すみません、気をつけます」
素直に謝る、あの変な音で気が散ったのは確かだ。しかしあの音はなんだったんだ?
「よしリュウ、コイツから魔石を取るぞ、ナイフの準備だ」
芋虫の口の中に剣をつっ込み無理やり口をこじ開ける。
うわ、グロテスクだ紫色の口の中にギザギザの歯が何十本と生えている。
あっ 一本だけ紫色の歯があった。これが魔石か?
「ああ そいつが魔石だ、口が閉じないように何か石か木でもつっ込んどいたほうがいい、手を入れている時に閉じると怪我するぜ」
「分かった、その辺に転がっている木の枝でもつっ込んどくよ」
口の中に枝をつっ込んでぐりぐりと魔石を取る、その間、女性陣は芋虫の近くには近づいてこなかった。
「これが魔石」
2~3センチほどの大きさの紫色の結晶
「そいつをギルドに持って行くと倒した証拠になる、そしてそのままギルドが買い取ってくれる。これはそんな大した金にはならないが1個銅貨5枚って処だ」
銅貨5枚、グリーンウッドの1日の宿賃が小銀貨が4枚で泊まることが出来る。銅貨10枚で1小銀貨になるので銅貨40枚で宿泊できるわけだ。この芋虫を8匹倒して魔石を売れば1日の宿泊費になるわけだ。
一応通貨の基準を表にしてみた。
1小銅貨 1エル
1銅貨 10エル
1小銀貨 100エル
1銀貨 1.000エル
1小金貨 10.000エル
1金貨 100.000エル
1白金貨 1.000.000エル
1エルがだいたい日本の10円に値するみたいだ。つまり1白金貨は日本円で1千万円てことになる。
「んじゃ 次は剣で接近戦だな。ラピス次頼む」
うんと頷いて、また目を瞑り瞑想状態。
「ここから森の方に200メートル、こっちに向かってる」
「うし、丁度いいそいつをやるぞ。依頼のノルマは10匹だが余裕があれば狩って追加報酬を戴こうぜ」
おう って「追加報酬? もらえるの?」
「あれ、言ってなかったか、領民や奴隷農民が襲われないように領主様の討伐依頼なんだ、それで10匹はノルマで10匹以上討伐すると1匹に付き2銅貨追加で貰えるんだよ」
「そうなの、ほんで報酬自体いくらなんだ」
「それも言ってなかったか? 討伐報酬は銀貨1枚だよ。報酬は安いが奴隷農民からは感謝されるしギルドからのうけもいい、あまりいい稼ぎにならないんで討伐を受ける奴らも少ないんだ、ギルドとしては助かるんだそうだ」
たしかにパーティーで行動している連中からすると報酬が少ない気がするな。ソロで活動している奴からすると手ごろかもしれないが。
今度は剣での接近戦、さっきとは違って近い。
俺が持っている剣はバーツから借りている細身の剣だ、1メートルよりやや短いショートソードと呼ばれる剣、かなり近づかなければ攻撃することが出来ない。
「お 見つけた、一応言っておくが油断するなよ、どんな奴でも一つや二つ得意技ってやつを持っている。
アイツの得意技はあのギザギザした歯だ。鎧を着けてないお前なんか一瞬で切断されるぞ、それとアイツネバネバした糸を出しやがる。その糸に絡まると身動きがとれなくなるから気をつけろ。」
「糸?」
「ああ プシャァーって口の上の鼻みたいなところから出すから正面からは行くな常に横か後ろから攻撃しろ」
「わかった、横か後ろからだな」
「そうね、いざとなったら私がナイフで援護するわ」
リルリーラさんの投擲術は5m以内なら100発100中の腕前なのでとても信頼している。
「私も足止めの魔法ぐらい使えますので安心して」
ラピスにも安心するように言われた。やっぱり俺ガチガチに緊張しているみたいだ。
「よし行け!」
「おう!」
バーツの合図で走り寄り剣を振る、剣は芋虫の左横腹を切り裂いた。『ピロリン』またあの音!?
だが今度は考え事をいしている場合じゃない。すぐ目の前に敵がいるのだから。
グガァァ 唸り声のようなものを発て、グルリンとこちらに向きいきなり白い物を吹き付けてきた。
うお、あぶね、咄嗟に距離をとり吐き出した白いものを見る。これが糸か!
なんか細かい糸が空中を飛び数メートル先に落ちた。とってもネバネバネチャネチャしている。
あんな物を体に巻きつけられたら取るのにかなり苦労しそうだ。
今度は右側に回り込んで尻尾の方に剣を突き立てる。
赤い血が吹き出し中に舞う。
だがまだ生きている。俺の方に向き直る前に反対側に移動し、今度は頭と思われる所に剣を突き刺す。
すると激しく動いていた芋虫が痙攣をしたかと思うとドウッっと地面に倒れた。
「ご苦労さん、最後の攻撃はこいつの急所に入っていたぜ。念のためにとどめは念入りにした方がいい」
バーツはロングソードを芋虫の頭に叩きつけて切断した。
長い戦闘のように思えたが時間にしたら5分もかかっていない。それでも緊張の所為かかなり疲れた。
「初めての接近戦にしてはいいんじゃない」 リルリーラ先生に褒められた。
「まっ この調子でどんどん行こうぜ」
結局この日は昼食をはさんで日が傾きかけるまで芋虫を狩り、14匹を討伐した。
一応、バーツ達のアドバイスを受けながら俺一人で戦闘した為、終わった頃にはもうヘロヘロの状態になっていたがやり遂げた満足感で満ちていた。
日はすっかり黄昏時になり冒険者ギルドの扉をくぐった。
「おかえりなさいリュウさん、どうでした討伐のほうは?」
カウンターからエリスちゃんが俺やバーツ達を見ながら今日の成果を聞いてきた。
「ああ、ばっちり討伐したぜエリスちゃんも褒めてあげてくれ」
いやそれはいい、恥ずかしいからやめてくれ。
「それより、芋虫の魔石を14個、鑑定よろしくおねがいします」
魔石の入った袋をカウンターに置き鑑定をお願いする。
「わたりました、一応お聞きしますがグランドクローラーはリュウさんが全部倒したのですか」
「グランドクローラー?」
「はい、皆さん芋虫って言いますけど、ちゃんとした名前はグランドクローラーって言います」
「そうなんですかわかりました、あ それとバーツさん達からアドバイスは貰いましたが一応全部、俺が倒しましたんで」
「はい、わかりました。それと魔石は買取でよろしいでしょうか」
「はいおねがいします」
ニッコリと微笑むとエリスちゃんは魔石の袋を持ってカウンターの裏側へ消えていった。
しばらくして木の盆に銀貨1枚と小銀貨7枚そして銅貨8枚が乗っている。
「はいこれが今回の成功報酬と魔石の分で1780エルです」
「ありがとうございます。」
「さてと茶でも飲みながら今後の方針でも話し合おうか」
「バーツの茶ってエール酒のことでしょ」リルリーラのつっ込みにニヤリと笑みをこぼす。
「分かっているじゃないか、じゃあエール酒二つに蜂蜜酒が二つ」
やがて運ばれてきた酒を手に手に受け取りバーツが徐に乾杯の音頭をとる。
「じゃあ、リュウの初陣に乾杯!」
「「乾杯!!」」
この日の稼ぎはほとんど酒と食い物で胃の中に消えていった。
そんな中、俺はあの音について考えていた。いったいあの音は何なのだろうか・・・