003 グリーンウッドの日常
空が白み始め朝日が顔を覗かせようとする前、ザーハルトの町の人々がちらほらと働き始めていた。
そんなグリーンウッド亭の朝も早い、まだ朝日が昇る前に調理場や食堂の準備を行なわければならないからだ。
今日もモップや箒を片手に朝の動労に勤しむ俺。
「おはようリュウくん今朝も早いね」
現れたのはこのグリーンウッド亭のコック長兼オーナーのガルナーさんと女将のエルチナさんの二人。
「あ、おはようございます。調理場の水がめ、水汲み終わってますのですぐ使えます」
「えっ もう終わってるの早いわねありがとう」
エルチナさんの感謝の言葉にとんでもないと手を振る。
「いえいえ、朝昼晩と食事をいただいているんですからこのぐらい当たり前の事です」
このグリーンウッド亭はラピス達が定宿にしているホームだ。
その宿に俺はラピス達の居候としてくっ付いているのだが、さすがに何もしないで過ごすのは気が引ける、ラピスに通訳をお願いしてオーナーのガルナーさんに雑用のバイトで使ってもらっているのだ。ちなみに給料は貰っていないその代りにバーツと一緒の部屋に泊めてもらい三食いただいている。
そうあの森の中でオークに襲撃されてから二ヶ月、ラピスに言葉を習いながら、グリーンウッド亭で日常会話を習得、ガルナーさんやエルチナさんが根気よく対応してくれた。とても感謝である。
そして比較的暇になる午後はバーツやリルリーラさんに剣術や弓術を習い、夕方から夜にはまた食堂で皿洗いから雑用までさまざま働き、夜からはラピスによる言葉の学習とこの世界の常識、非常識を教授してもらっている。そして極たまに魔法の訓練をしている。
元の世界でぐうたら生活していた俺とも思えない充実した毎日を送っていた。
そのおかげもあって自分でも驚くぐらい早い段階で言葉を習得しつつある。うん、努力は報われる。まぁ必要性に迫られたというのもあるが
「バーツさんたちは今日帰ってくるよのね」朝の準備しながらエルチナさんが聞いてくる。
「ああ、はい多分 昼過ぎには帰ってくると思います」
今バーツたち三人は冒険者ギルドの依頼を受けて、町の外に出ている。
なんでも数ヶ月前から魔物たちの活動が活発になり、冒険者たちは忙しく動き回っているらしい。
そんな中でもバーツたちは俺のこともあって比較的マイペースに依頼をこなしていたのだが、三日ほど前、町のはずれの森でオーガらしき魔物を見たとの通報があり偵察任務に出ているのだ。少なくとも三日には戻るといっていたので何事もなければ今日帰ってくるはずだ。
ちなみに冒険者ギルドに登録している者はそれぞれランク階級がりS~H級までランクが分けられ、貢献度や能力に応じてランクアップするらしい。
バーツ達は三人はそれぞれDランクだが、パーティ登録でCランク扱いになっているとの事だ。
個人でDランクだとひとつ上のCランクの依頼までしか受けられないが、パーティでCランクになればBランクの依頼も受けられる決まりになっているそうだ。
ただ、Bランクの依頼が受けられると言っても、そうナンデモカンデモ受ける事は無いらしい、ランクの高い依頼はそれに準じて命の危険度が増すのだから。
日が上がり、泊り客の商人や旅人、冒険者が徐々に食堂に姿を現し、朝の忙しい時間帯が始まる。
バイト初めの頃は裏方が多かったが、言葉をある程度話せる頃には接客の仕事もするようになっていた。
客の注文を受けエルチナさんに伝え、出された料理を運ぶ。
そんな忙しい時間帯の中、この宿の一人息子が姿を現した。
「おいリュウ、ちゃんと働いているか、無駄飯ばっかり食べるだけじゃなくちゃんと働けよ」配膳する俺に通りすぎざまコソっと嫌味を投げかける。
どういう訳かこのバカ息子は俺のことを目の敵にしている。 まぁバーツ達に負担をかけ迷惑を掛けているし、エルチナさん達に無理にお願いして雇ってもらっているので自覚はある。 ただ、ただ飯食らいと言われるのは少しムカつく。
あとはアレだな、こいつ俺のこと年下だと思ってるから見下してるんだろうな。 本当は俺22歳なんだけど、どうもこっちの人たちからすると15~16歳にしかみえないらしい。
まぁ 日本人は外国の人たちからしたら幼く見えるようだし、俺自身も童顔で背も164センチと日本人の平均身長よりもやや低いからそう見られても仕方ないがどうにもやりきれない。
俺は22歳だぞと訂正したい気持ちもあるのだが、この町に入るときに魔物に襲われたときのケガで記憶喪失になっていると言う設定にしてしまったので今更、訂正することも出来ない。
という事で、今は我慢の時、かの名作小公女の女の子も我慢をして幸せを勝ち取ったじゃないか、うん アニメは良かった。
動きの遅いバカ息子の事はほっといて俺は黙々と仕事をこなし朝の戦場を乗り切ることにした。
ふーっ とりあえず朝の喧騒は一段落し片付けも終わり、今は宿屋の裏手にある中庭で一人訓練の真っ最中である。
バーツ達が居れば剣術の稽古をしてもらえるが、今は留守なのでもっぱら体を鍛える基礎体力作りである。やはり基本は大事だよ。
腕立てや背筋、腹筋を鍛え、一人剣術の型を一通り行い、最後に精神統一の魔術の練習。
ラピスによると俺は魔法の適正はあるらしく根気よく教えてもらっている。
そういう事なので、小休止するときは座禅を組んで魔力の生成に精神を統一する事を日課にしている。
まだ、魔法自体は習っていないので前段階の魔力の生成の練習が精一杯というところなのだ。
「おい、そんな所で怠けるんじゃない、暇なら馬屋の掃除でもしてろ。」声を掛けてきたのはバカ息子のアドレーだ。
「馬屋の掃除はアドレーさんの担当のはずでは」
「うるさい、ただ飯ぐらいの癖に口答えするな、俺は忙しいんだお前がやれ」そう言うとさっさと裏口から出て行った。
「やれやれ仕方ないか」
馬屋にはお客さんの馬などが預けられているのだが、ごく偶に魔獣が預けられることがある。その為、素人は馬屋に近づくなとガルナーさんに言われていたのだが、仕方が無い、魔獣が居ないことを祈っておこう。
道具を持って馬屋に行くと、でっかい鳥が二匹と女の子が困った様子で馬屋を覗いている。
う~ん 某ゲームに出てくるチョ〇ボのような鳥だ。
「あの、どうしました」声をか掛けると女の子はこっちを向いた。
「あ、あの宿屋の方ですか、チョコモアを何処に預けたらいいか分からなかったものですから、ここでいいんでしょうか?」
おお、猫耳 猫尻尾の獣人っ娘じゃないですか。 しかもなかなに可愛いぞ 吸い込まれそうなブルーの瞳に肩の方で切り揃えた藍色の鮮やかな髪
び、美少女だ!しかも猫耳の!
「あの・・・・」小首をかしげ俺を見る少女にあわてて返事をする。
「あ はいはい えーと 魔獣用の厩舎はこの裏手にあります 案内しますね」
猫耳少女を案内しながらチョ〇ボじゃないチョコモアを見る。
「珍しいですか? この辺じゃあまり見かけませんよね」
「え あ はい初めてみました」
「これでも馬よりも早く走れるんですよ、ただ長時間の全力疾走させるだけの持久力は無いんですけど」
はにかみながら答える猫耳っ娘に年甲斐もなくドキドキする。
1~2分ほど歩くと魔獣用の厩舎に着いた。中を覗くとどうやら他に魔獣は居ないようだ。
厩舎って言うより動物園の檻のようなつくりだ。鉄の格子にでっかい扉、安全対策なんだろうがやり過ぎのような感じもする。
「へぇ ちゃんとしているんですね、でもこの子達おとなしいのでこんな立派な所でなくても良かったのですが」
「あ ごめん俺 実は厩舎の担当じゃないんで良く分からなくて、もし都合が悪ければ向こうの方の厩舎へ移動しますんでその時は連絡いたしますね」
「そうなんですか はい分かりましたよろしくお願いします」
チョコモアを厩舎に入れ、優しく撫でると彼女は宿屋のほうへ戻っていった。
そんな彼女を見送り、当初の目的の厩舎の掃除を気合を入れて始める。
・・・・2時間後・・・・
ふぃ~っ 額の汗を拭い何とか厩舎の掃除が終わった。なれない作業はなかなかに骨が折れる。
「お、こんな所に居たのか探したぞ」厩舎の入り口にガルナーさんが立っていた。
「はい、厩舎の掃除 終わりました」
「! アドレーはどうした あいつの担当のはずだが」厩舎の中を見回しアドレーが居ないことに気づいたようだ。
「ああ、何か用事があるとか、ここの掃除をやるように言われて何処か行きましたけど」
「じゃぁ 厩舎の掃除はリュウくんが一人でやったのかい」ガルナーさんの疑問にうんと答えると難しい顔になった。
「何かいけませんでしたか?」
「前にも言ったように素人が勝手にやり慣れない事はするもんじゃない、お客さんから預かった馬や魔獣の扱いに間違ったことをするとケガをする事もある、その反対にケガを負わす事だってある。そうなるとお客さんに迷惑を掛けることになるしお店の信用問題にもなる」
いつにも無く真剣な顔のガルナーさんに後悔の念が湧き上がる。 うん そうだな最初に報告すべきだったか・・・・
「まぁ 怪我も無くきちんと掃除してくれたみたいで良かったよ、ただ息子の奴は跡で説教だな」そう言って背中を一叩きして厩舎から連れ出す。
「すみません勝手なことをして次から気おつけます」素直に頭を下げる。
「いいさ何事もなかったから、それよりもバーツさん達が帰ってきてるぞ昼飯もまだ食べてないだろ、一緒に食事にしなさい」
食堂に入ると隅のテーブルに見慣れた三人組が談笑しているのが目に入った。近づいていくと既に食事の用意はされていたしかも俺の分まで。
「おー リュウこっちだ」 バーツの陽気な声がなんとなく嬉しい。
「お帰り、どうでした依頼のほうは?」皆明るい顔で迎えてくれる、ケガとかしてなさそうだ。
「問題なく依頼をこなしたわよ」何でもないというように答えるリルリーラさん
「リュウくんはどうでしたか」こちらを伺うように尋ねるラピスさん
「何でもなくわ無いだろ、オーガを3匹退治したんだから戴したもんだぜ」自慢げに言うバーツに目を剝く
「3匹やっつけたんですか?」
ひとつ言っておこうこの中でバーツだけを呼び捨てにしているのは俺と同い年だからだ。リルリーラさんもラピスさんも年上なのだ。
「まぁ 他のパーティと連携してだけどな」照れくさそうに言うバーツにああなるほどと頷く。
オーガはDランクの魔物だが複数になるとCランクに該当する、バーツ達もパーティランクでCランクではあるが戦力的にバーツ達だけでは厳しいはずだ。
「怪我がなくて良かったですよ」正直にバーツ達を見回して答えた。
「修行のほうはちゃんとやっていましたか?」ラピスはすっかりお姉さん口調だ、まぁ俺が情けないので弟のように思っているのかな。
「毎日欠かさず一人訓練してましたよ。と言っても今日も入れて3日しか訓練してませんが」
「そうか、うんじゃ飯食ったら裏で模擬戦でもするか」
「おお、頼む、一人でするのと相手が居るのとでは張り合いがないから助かる」
「そうか、じゃあ一丁手厳しく相手してやるよ」
「よろしくお願いします」
談笑をしつつ昼食を終え、平常に戻ったいつもの訓練をする為、裏庭へと続く扉へと向かう。
うん、こういう暮らしもいいな・・・そう思う今日この頃の俺・・・