001 森の中
暖かい風と木々のさざ音にだるいまぶたを持ち上げると、ありえない景色が広がっていた。
ヘッ?・・・・
なぜに俺の部屋が朽ちたパルテノン神殿みたいな所になっているんだ!?
俺は階段の最上階に設置された祭壇のような楕円形のゴツゴツとした石の上で目覚めていた。
夢か、うんそうだ、夢だな。
「もう一度寝る」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・暑い・・・
「あれ、今10月だよな、いや違うか昨日が10月31日だから今日から11月、なんでこんなに暑いんだ。」
近頃は10度をきることが当たり前だったのに、どう考えてこの辺りの気温は30度近くあるぞ。
じっと目をつぶって動かないでいるがじんわりと汗が吹き出てくる。
「やっぱり、夢じゃない!」
もう一度起き上がり辺りを見回すが、やはりギリシャかローマの遺跡の跡のような所だ。
そして俺はと言うと。
昨日ベッドに入った時の姿だ、白地のトレーナにねずみ色の綿100%のズボン。
俺の持ち物はこれだけのようだ。
とりあえずトレーナーを脱ぎ下に着ていたTシャツ姿になる。
石の台から降り立つと、ちゃんと地面の感触がある。
うーん、これは夢じゃないよな、という事はこれは現実。
「イテ!」
素足で地面の感触を確かめていたら小石を踏んでしまった。
ちゃんと痛覚もある。
これは現実なのだと認識すると同時にここは何処なのだと疑問が浮かび上がる。
「まぁ、その辺歩いてみるか」
しかし、うろつくにしても素足で歩くのは痛そうだ。
トレーナーの袖口を無理やり引っ張って分断すると足に巻きつけて保護することにした。
遺跡の周囲を30分ほどかけて1週して見るが、別段何があるわけでもなく崩れた石がごろごろしているだけだ。
ただ、この遺跡の周囲10メートルほどは草木が生えておらず、その外側にわ鬱蒼と覆い茂る森に囲こまれている。
誰かのイタズラで連れてこられたのか、それとも・・・まさかな。
異世界なんでありえないよな、いやゲームの世界というのもあるか?
あれ、そう言えば昨日たしかキャラメイクみたいなことしてたな、まさかあれの所為で俺がここにいる原因なのか?
イヤイヤイヤありえないだろ、あんなので連れてこられたら失踪する人間のバーゲンセールだ。
とりあえず誰か人を探してみることにしよう、結論を出すには早いだろう。
草の生えていない遺跡側と森側の境界は綺麗に生え際が分かれている。
誰かがちゃんと整備しているのだろうか、自然にこうなるというのはちょっと考えにくいよな。
そして、森の方に目をやるが普通の木々に雑草だ、別段あやしいい所はない。
ふー! 一息はくと森へ一歩、踏み入る。
グラっと奇妙な感覚が体の中を通り過ぎた。
何だろう、世界が揺れたような?
何気なく、ふと後ろを振り返るとあった物が無くなっていた。
「え、どうゆうことだ。」
さっきまで存在していた、崩れた遺跡が綺麗さっぱり無くなり森が広がっていた。
ウソだろおい、一瞬で消えるなんて。
遺跡のあった方へ戻ってみたが、遺跡の痕跡はまったく見当たらない。
なんとなく、もう帰れないという思いが心の奥底にじわりとひろがってくる。
どのぐらいの時間こうしていたのかわからないが、ずっとこの場所に居てもどうしょうもない。
こんな森の中で夜になってしまっては待ち受けるのは悲惨な最期だろう。
とにかくこの森から脱出してここが何処だか聞かなくては家にも帰れない。
遺跡の消失のことは頭の片隅に追いやって考えないことにした。
木々や雑草を掻き分け森の中を突き進む、何度も足をとられ転びそうになりながら突き進む。
どのぐらい進んだのかわからない、時間もわからない。
森の中は平らではなく起伏に富んでいるので歩きやすい所を選ばなければいけない為にどうしても真直ぐには進めない。
「く、こんな所で一人さびしく死にたくないぜ。」
焦りだけが先行してまったくいい方向に向かっているように思えない。
だが、立ち止まる事はできない、一度立ち止まれば孤独と恐怖で動けなくなりそうだからだ。
だから進み続ける。どのぐらい歩いたのか、どのぐらい進んだのか突然視界が広がった。
いや、落ちた!
ぬうぉぉぉー!? ドサッ
「うお、びびった。」
どうやら小さな土手になっていたようで2メートルほど滑り落ちただけでかすり傷程度で済んだようだ。
「ん! 道 」
左右に2~3メートルほどの幅の一本の道が伸びている。
「道があるって事は人が住んでいる所に続いているってことだよな。問題は右へ行くか左へ行くかだな。」
右へは緩やかなのぼりになっており、左の道は緩やかに左曲がりの下りになっている。
「ま、上りより下りのほうが人里に出る可能性があるかな?」
下りの道を辿りながら周囲を注意深く観察する。
う~ん 別段変わった所の無い普通の森だな、何処だか分からないけど。
玉のように出てくる汗を拭いながら木々の間から覗く太陽を恨めしげに睨む、全身汗だらけ埃りだらけだ、早くシャワーを浴びたいぜ。
「ん、?」
緩やかなカーブを曲がりしばらく進むと100メートルほど先に二足歩行のブタを発見した。
いや、着ぐるみを着た2二人組みかな。
しかし、ブタの着ぐるみならピンク色が主流なのに俺が見たのは灰色のブタである。どちらかと言うとイノシシの着ぐるみか?
まぁいいや、着ぐるみを着た人が居るって事はここは何処かのテーマパークの可能性があるな。あの人たちに聞けばここが何処だか分かるだろう。
「あのーすいません、ここ何処だか分かりますかー、道に迷ってしまったみたいで。」
俺の呼び声にぐるりんと振り向いたブタの着ぐるみは、俺の姿を認めると表情が変わった。
昨今の技術ってすごいな! 着ぐるみの表情が劇的に変わった、最初はぼけーとした間抜け面だったのに目が釣りあがり凶暴な表情になった。
いや~ そんな凶暴な顔では子供たちが怯えて苦情が殺到するんじゃないか、それに手に持っているのは斧ですかい、どれだけ凶暴さを演出するんだ。
「ブヒイィィィィ~~~~」
雄たけびを上げながら猛然と俺のほうへ向かってダッシュしてくる、しかも、斧を振りかぶって、・・・・
だんだんと近づいてくる2組のブタに違和感が沸いてくる、どうにも普通の着ぐるみのようではないような、とてもリアルな着ぐるみ?
だが近づいてくる2匹に背筋に悪寒が奔る。
凶暴な目、とても作り物に見えない・・・・・
距離が50メートル切ったとき、踵を返して元来た道を駆け出した。
「なんだアレ、なんなんだ?」
ブン! 何かが飛んでくるのを察して思わず右にスッテプして進路をずらした。
その一瞬後、ものすごい速度で斧が回転しながら前方の道脇に飛んでいく!
もし、まともに当たっていたら、とてもじゃないが死に直結していたはずだ、殺す気か!?
チラリと後ろを窺うと振り切れていない、とても着ぐるみを被っているような感じでわない、もしかして本物の怪物?
「ここ何処? 本当に別世界に来たのか?」
保留にしていた疑問が頭を過ぎる、もしそうなら武器も何の知識も無い俺が生き残れる確立は低い、現に今は命の危機に瀕している。
「だからと言っておとなしく殺されてたまるか!」
手ごろな石を駈けながら拾い、ジャンプしながら振り向きざま思いっきり投げつける。
石は幸運にもブタの眉間に見事に命中した。
「ブヒッ」 『ピロリン』
痛みで足をもつれさせ先頭のブタはすっころんだ、だが、その後ろにいたもう一匹のブタが転んでいるブタを飛び越え猛然と駆け抜けてくる。
今、なんか頭の中で音がしたような?
そんな疑問が頭を過ぎったが、考えている暇はない。
猛然と向かってくるブタが斧を振り投げる動作をしたからだ、どっちへ避けるか!
クッ 考えても仕方が無い左に避けると見せかけて右へスッテップした。
投げ放たれた斧は先ほどと同じで道脇へ飛んでいった。
危機は過ぎ去ったはずだった、しかし斧に気を取られ過ぎていた、着地した地面に足が滑り盛大に前から滑り転んでしまったっ!
焦りながらも素早く立ち上がろうと体を起こすが遅かった!
野太い足が俺の腹にめり込みすっ飛ばされた。
グフ! 背中から木の幹に叩きつけられ、あばらの骨が折れたかもしれない、ものすごい激痛だ!
俺ここで死ぬのかな、朦朧とする意識の中、凶暴なブタが悠々と近づいてくるのが見える。
ダメだなこりゃ俺死ぬわ・・・・・
そのまま暗闇へと意識は閉ざした。