忍者
「えっと、お姉ちゃん。初めから、全部、詳しく、説明してくれる?」
「だからねぇ――」
お姉ちゃんのアルバイト先の喫茶店、一番奥の席で向かい合うように座っている。
バイトの休憩時間に尋ねたため、お姉ちゃんは喫茶店の制服のままだ。
両親から、お姉ちゃんとは家族の縁を切ったと聞かされて、そのことについてお姉ちゃんに事情を問いただしにきていた。
お姉ちゃんからは、両親にお金の無心をしたら縁を切られた、という結論だけをさっき告げられたのだ。
私はそこに至るまでの経緯を問い詰めた。
「おねーちゃんの前の彼氏が忍者だったでしょ?」
「うん、覚えてる」
私や両親とお姉ちゃんがいっしょに住んでいた時に一度だけ連れてきたことがある。
十字手裏剣を懐からチラつかせ、時々わざとらしく『にんにん』と言っていた。
目鼻顔立ちはまともだが、ダラダラとした立ち振る舞いにいまいち信用の置けない感があった。
シャツの下に、くさびかたびらをイメージしたと思われる網目状の黒いタンクトップを着ていたのがいまでも印象に残っている。
筆文字で大きく『甲賀』と書かれたスマホケースをもっていたが、それはすこしだけ欲しいと思った。
お姉ちゃんと両親と忍者の三人で話し合った次の日、両親はお姉ちゃんを家から追い出した。
私は、忍者と直接話をしていないのでわからないが、中身もきっとまともではなかったのだろう。
だが、家から追い出しはしたが、まだ縁は切られてはいなかったはずだ。
「で、だまし取られたんだよね?」
「もー、だまし取られたんじゃないってばぁ」
遠く懐かしい日のことを思い返すような顔をして、身振り手振りを交えながらお姉ちゃんは語り始めた。
「任務で海外にいくことになっちゃったんだけど、おねーちゃんと離ればなれになるのがイヤだったんだって。それで、おねーちゃんといっしょにいるためには『抜け忍』にならなくちゃいけないの。そのための支度金として五百万円が必要になったんだよ」
「……っで、騙されたんだよね?」
その言葉をさえぎるようにお姉ちゃんは言い返してくる。
「あげたんじゃなくて貸したの、だからだまされたんじゃないの! 無事に里を抜けられたらすぐに返すって言ってたんだから」
熱く語ってノドが渇いたお姉ちゃんは、私のアイスコーヒーにストローを挿して飲み始める。
アイスコーヒーをすするお姉ちゃんに構わず、お姉ちゃんのチョコバナナパフェと私のアイスコーヒーの位置を入れ替えた。
上に乗っているスライスされたバナナを口に運びながらお姉ちゃんが飲み終わるのを待った。
「んぱっ」
アイスコーヒーを底に一センチほど残してストローからクチを離す。
「かっこよかったんだよ。『この十字手裏剣はボクたちふたりの背負う罪の十字架さ』って言われちゃってもう――」
「いや、そこはもういいから」
そんなセリフひとつに騙されてお姉ちゃんは五百万円を払ったのだ。
それから半年以上経つが忍者からの連絡はない。
借金自体はしなかったが、周囲からの信用をほとんどお金に変えてしまった。地元の友達はもういないだろう。
そこまでは私も両親も知っていることだ。
この時点でも縁は切られていない。
話し足りなそうにするお姉ちゃんを放ったまま、スライスバナナの最後の一切れを食べ終えてから尋ねる。
「そのあとの話があるんでしょ?」
「そうそう、それそれ」
パフェの頂点に乗ったさくらんぼ越しに、私を指さしながら言う。
「一ヶ月前に男の人がアパートにきて教えてくれたの。キミの彼氏はここへ来る途中で追手につかまってしまった、助けるためには身代金として百万円、その後の治療費として百万円必要だって」
「そのためのお金をお父さんたちに無心したの?」
「ううん、貯金はなくなっちゃったけどアルバイト増やして前借りしたお給料でまに合わせたよ。おねーちゃんはできる女ですから」
お姉ちゃんは、『えっへん』と言わんばかりに胸を張る。
私の知っている限り、できる女は忍者なんかとは付き合わない。
「だけどね……」
お姉ちゃんは、しょんぼりとした表情で肩を落とす。
「おねーちゃんのおかげで助け出せたんだって。だけど治療の甲斐なく……最後までおねーちゃんに会いたがっていたがもう……っていうの」
泣きそうな声で話し続ける。
「それで最後におねーちゃんにこれを渡してほしい、って託されたんだって……」
お姉ちゃんが懐から十字手裏剣をとりだす。
「受け取っておねーちゃんワンワン泣いちゃった。そんなおねーちゃんを、伝えにきてくれた男の人が抱きしめてくれたの。彼の親友だから気持ちはわかるって」
さきほどまでの泣きそうな様子から一転し、恥じらうような顔をする。
いやな予感しかしない。
「……でね、いまその人と付き合っているの」
両親が縁を切った理由が、姉の話の続きが、はっきりと読めてくる。
「先週、その彼が姫救出の任務に失敗しちゃって依頼人へ違約金を払わなくちゃならなくなったんだって。違約金二千万のうち一千万円は伊賀の里がだしてくれることになったの。残り一千万円のうち、五百万は自分が出すから残り五百万をどうにか工面してくれないかって」
私のコブシがテーブルの下で痛くなるほど硬く握られる。
そんなこちらの様子も気にせず話を続ける。
「貯金ないし、アルバイト先でも前借りしちゃったし、友達からも借りられないし……というわけでね、おとーさんたちにこの話をしてお金を貸してもらおうとしたら、お前はもう娘じゃないって。ひどいよねぇ」
「うん、わかった。ちょっと待ってね」
スプーンを逆手にもつとパフェに勢いよく突っ込んだ。
たまりにたまったイラ立ちをぶつけるかのように容器の内側にある固体状のものすべてをつぶす。
さくらんぼ、バニラアイス、チョコソース、生クリーム、コーンフレーク、すべてが液状になった。
役目を終えたスプーンをお冷のなかにいれ、パフェの容器を両手でもって飲み干す。
ノドを開き丸飲みして胃まで一気に流し込んだ。
容器を乱暴にテーブルへたたきつけると意を決してお姉ちゃんに話をし始める。
「この話はね、発見者の私といまから聞かせるお姉ちゃんだけの秘密。ふたりの秘密」
真剣な顔で、お姉ちゃんに小指を差し向ける。
真剣な顔で、お姉ちゃんは小指を絡ませてくる。
軽く何度か上下に小指をフッて離し話を続けた。
「じつはね、お姉ちゃんが出ていったあとで倉のなかから巻物が出てきたんだ」
姉の反応を待たずに一気にまくし立てる。
「おばあちゃんが書いたもので、バブルの時にためたお金をシルクロードの先のローマに隠してきたんだってさ。時価数十億はくだらないほどの大量の金塊」
お姉ちゃんは、両手で口元を押さえて目を見開いた。
その表情は豆鉄砲を喰らったハトそのものだ。
「で、でも、ローマのどこに――」
上ずった声で聞き返してくるお姉ちゃんをさえぎる。
「ローマにいけば風が導いてくれるだろうって書かれていたわ」
間髪入れずに、お姉ちゃんの手を取り両手で強く握った。
考える隙は与えない。
「お姉ちゃんならきっとみつけられるよっ! 絶対、絶対!」
お姉ちゃんの両手も私の手を力強く握り返してくる。
こちらを見つめ返すお姉ちゃんのヒトミにランランと輝く決意の色が見えた。
それを見ながら、私は、こいつはもうだめなのだと悟った。
半年後、ローマから手紙が届いた。
薄暗い炭鉱、数十人の忍者、まばゆい輝きを放つ金塊の山。
それらを背景に、ツルハシを肩に担いでピースサインをこちらに向けるお姉ちゃんの写真がはいっていた。
写真の右下には『見つけました♪』というメッセージが書かれていた。