表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界行政書士事務所 ~転生したら許認可チートでした。暴力ではなく「書類」で魔王をねじ伏せる~  作者: れーやん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/15

第9話 王都への道——または、憲法とは何かについて

 出発の朝、聖司は事務所の鍵をイリアに預けた。


「リフォームの監督、頼んだぞ」


「はい、先生。お任せください」


「軟水化装置の設置位置だけは、絶対に変えるな。図面通りにやらせろ」


 イリアは、少し得意げに笑った。


 ルシエラも見送りに来ていた。


「王都か。気をつけろよ」


「何かあるのか」


「中央政府の連中は、地方のギルドとは比べ物にならないくらい狡猾だ。条文の裏を読むのは得意だろうが、政治の裏を読むのは別の技術だぞ」


「忠告、覚えておく」


 聖司は、移動事務所に乗り込んだ。


 バルザックが御者台に座っている。


「出発するぞ」


「おう」


 馬車が、ゆっくりと動き出した。



 王都への街道は、整備されていた。


 だが、道の両脇に広がる村々には、明らかな格差があった。豊かな村と、貧しい村。その差が、あまりにも激しい。


「おい、ミナト。あれを見ろ」


 バルザックが、前方を指差した。


 検問所だ。


 王国の紋章を掲げた兵士たちが、村人たちを取り囲んでいる。荷車いっぱいの穀物を、村人たちは青い顔で差し出していた。


「止めろ」


 聖司は馬車を降り、検問所に近づいた。


「何をしている」


 兵士の一人——隊長らしき男が振り返った。


「見ての通り、王国への供出だ。国王陛下の命令でな」


「その『非常時供出令』、根拠法は何だ」


「根拠法? 国王陛下の命令だ。それ以上の根拠があるか」


 聖司は、冷静に切り返した。


「世界法第15条。『徴税及び供出は、法律の定める手続きによらなければならない』。その供出令、ギルド庁舎への届出は済んでいるのか」


 隊長の顔が、わずかに強張った。


「届出……?」


「施行規則第89条。『非常時供出令の発動には、管轄ギルドへの事前届出と、対象地域への七日前の告知が必要』。この村に、七日前に告知は来たか」


 村人の一人——老人が、震える声で言った。


「い、いえ……今朝、突然来て……」


「つまり、手続き違反だ。この供出は無効。徴収した物資は、全て返還しろ」


 聖司は、懐から魔王の職印を取り出した。


 金色の光が、検問所を照らす。


「俺は魔王軍の公認アドバイザーだ。この件、王都で法務大臣に直接報告する。お前の名前と所属、控えさせてもらうぞ」


 隊長の顔が、蒼白になった。


「……分かった。今日のところは、引き上げる」


 兵士たちは、荷車を置いて去っていった。


 村人たちが、聖司を囲んだ。


「あ、ありがとうございます……!」


「助かりました……!」


 聖司は、小さく頷いた。


「当然のことをしただけだ。法に反する徴収は、どこでも無効だ」



 だが——その夜、全てが崩れた。



 野営の準備をしていた時、空が赤く染まった。


 来た方角だ。


 あの村の方角だ。


「……何だ、あれは」


 バルザックが、立ち上がった。


「火だ。村が燃えている」


 聖司は、馬車に飛び乗った。


「戻るぞ」



 村に着いた時、全てが終わっていた。


 家々が燃えている。


 村人たちが、地面に座り込んでいる。


 そして——昼間の隊長が、馬上から村を見下ろしていた。


「ああ、『公認アドバイザー』殿。お戻りでしたか」


 隊長の声には、嘲笑が滲んでいた。


「何をした」


「何も。ただ、この村から『反逆の兆候』が報告されたのでね。王国軍として、適切な対処をしたまでだ」


「反逆の兆候だと……? お前が捏造したんだろう」


「証拠はありますか? ああ、そうだ。『手続き』はちゃんと踏みましたよ。緊急時における治安維持活動——これは、事前届出なしで実行できる。世界法第18条、ご存知でしょう?」


 聖司は、歯を食いしばった。


 第18条。知っている。治安維持のための緊急措置は、事後届出で足りる。


 法の抜け穴だ。


「それと、村長と、昼間あなたに話しかけた老人は、『尋問』のために連行しました。反逆の疑いがありますのでね」


「……」


「ああ、これも手続き通りですよ。『反逆容疑者の拘束』は、治安維持活動の一環として認められています」


 隊長は、馬を寄せてきた。


 聖司の耳元で、囁いた。


「いいか、『書類屋』。この世界じゃ、条文なんて飾りだ。力のある者が、力のない者を踏みにじる。それが現実だ。お前の『法律』とやらは、俺たちの剣の前じゃ、ただの紙切れだ」


 隊長は、笑いながら去っていった。


 聖司は、燃える村を見つめていた。


 その時——


「あんただ」


 声がした。


 振り返ると、村人の一人——若い女が、聖司を睨んでいた。


「あんたが、余計なことをしたから……!」


「……」


「あんたが来なければ、穀物を取られるだけで済んだ! 家を焼かれることも、父さんを連れていかれることもなかった!」


 女の目から、涙が溢れていた。


「あんたの『法律』とやらが、何の役に立った!? 私たちを守ってくれたか!?」


 聖司は、何も言えなかった。


 女は、聖司の胸を叩いた。


「帰れ……帰ってくれ……! もう関わらないでくれ……!」



 馬車の中で、聖司は座り込んでいた。


 バルザックが、黙って馬を走らせている。


 沈黙が、重かった。


「……俺が書いたのは」


 聖司が、ぽつりと呟いた。


「ただの紙だ」


「……」


「法が機能している場所でしか価値を持たない、無力なインクの跡だ」


 四十八年の人生で、聖司は法律を信じてきた。


 完璧な書類があれば、どんな権力者の前でも戦える。そう信じていた。


 だが——


「行政書士という立場じゃ、目の前の命すら救えない」


 声が、震えていた。


「届出を出して、許可を取って、契約書を作って……それで何になる。暴力の前じゃ、全部無意味だ」


 バルザックが、静かに言った。


「……お前のせいじゃない」


「俺のせいだ。俺が介入したから、あの村は焼かれた」


「あの隊長が悪い。お前じゃない」


「結果は同じだ。俺が関わらなければ、あの人たちは——」


「関わらなくても、いずれ同じことが起きていた」


 バルザックの声は、低く、重かった。


「俺は軍にいたから分かる。ああいう連中は、いつか必ず暴走する。今日じゃなくても、明日。この村じゃなくても、別の村で。お前がいなくても、同じことが起きていた」


「……」


「問題は、お前の『法律』が無力だったことじゃない。法律を無視できる『力』を、あいつらが持っていることだ」


 聖司は、顔を上げた。


「……ああ」


 そうだ。


 問題の本質は、そこだ。


 末端の手続きを守るだけじゃ、この世界の悲劇は止められない。


 法そのものに「牙」を持たせなければならない。


 権力者を真に縛る構造を作らなければならない。


「……憲法」


 聖司は、呟いた。


「憲法改正」


 王国中央政府からの召喚状。


 憲法——国家の最高法規。王でさえ従わなければならない、最上位の法。


 もし、そこに「牙」を仕込めるなら——


 行政書士の職域を、遥かに超えている。


 だが、もう「職域」に拘っている場合じゃない。



 翌日の夕方、王都が見えてきた。


 巨大な城壁。その向こうに聳える王城。


 聖司は、燃える村の光景を、まだ忘れられなかった。


 あの女の言葉が、耳に残っている。


 ——あんたの『法律』とやらが、何の役に立った!?


 城門をくぐり、王都の大通りに入る。


 活気がある。だが、街角には武装した兵士が立っている。


 この国は、病んでいる。


 法があっても、機能していない。権力者が法を無視し、民衆が踏みにじられている。


 聖司は、王城を見上げた。


 敗北感が、胸の奥で燻っている。


 だが、同時に——怒りも。


「……憲法改正、か」


 行政書士として、書類を書くだけでは足りない。


 この国の「構造」そのものを変えなければ、あの村の悲劇は繰り返される。


 聖司は、静かに呟いた。


「報酬は高くつくぞ。——俺の『無力さ』を思い知らされた分も、上乗せしてもらう」


 移動事務所は、王城へと進んでいった。




第9話 完



次回予告


第10話「法務大臣——または、権力者の孤独について」


「湊聖司殿。貴殿に、王国の未来を託したい」

「俺は行政書士だ。国を変える力なんてない」

「だからこそ、貴殿が必要なのだ。『力のない者』の視点で、法を書ける者が」


——王城の奥で、法務大臣が語る「憲法改正」の真意。

 そこには、聖司の想像を超える陰謀が隠されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ