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異世界行政書士事務所 ~転生したら許認可チートでした。暴力ではなく「書類」で魔王をねじ伏せる~  作者: れーやん


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第8話 凱旋——または、権威の衝突について

 ミサト市の城門が見えてきた時、聖司は小さくため息をついた。


 帰ってきた。


 魔王城での激闘から、五日。特製馬車での旅路は、思いのほか快適だった。


 馬車——というより、移動事務所だ。


 魔王アスモデウスからの贈り物。内部には机と椅子、書架、そして簡易の寝台まで備えられている。壁には魔法の明かりが灯り、揺れも最小限に抑えられている。


 「公認アドバイザーが、ボロ馬車で移動しては格好がつかん」


 魔王は、そう言って笑っていた。


 聖司の懐には、二つの職印がある。


 一つは、ミサト市で取得した「行政書士」の職印。


 もう一つは、魔王から授けられた「公認アドバイザー」の職印。


 後者を取り出すと、空気が震えた。


 金色に輝く印面。刻まれた紋章からは、圧倒的な魔力が放たれている。見る者を威圧し、畏怖させる——王族の証に匹敵する権威の象徴。


 だが、聖司の表情は変わらなかった。


 職印は道具だ。権威も道具だ。浮つく必要はない。


 使うべき時に、使うべき場所で、正しく使う。それだけのことだ。



 城門を通過し、市街地に入る。


 事務所のある路地に馬車を停めると、異様な光景が目に入った。


 事務所の前に、人だかりができている。


 ギルドの制服を着た役人が三人。その横には、銀色の鎧を纏った騎士が二人。さらに、黒いローブを着た男が一人。


「……何事だ」


 聖司が馬車を降りると、黒ローブの男が前に出てきた。


「湊聖司だな。王国騎士団法務部、主任法務官のガルシアだ」


 法務官。


 日本で言えば、弁護士か検察官に相当する職だろう。


 ガルシアは、冷たい目で聖司を見下ろした。


「お前の『資格』について、確認したいことがある」


「資格?」


「お前は、ミサト市ギルドに『行政書士』として届出をしている。だが、我々の調査によれば、お前は魔王軍の『公認アドバイザー』にも任命されているそうだな」


 聖司は、黙って聞いていた。


「これは『二重登録』だ。世界法第302条。『同一人物が、異なる国家または組織において、同種の資格を重複して保有することはできない』。お前の行政書士資格は、無効だ」


 ギルドの役人たちが、勝ち誇ったような顔をしている。


 聖司は、小さく笑った。


「なるほど。第302条か」


「認めるな。ならば、お前の届出は取り消し——却下だ」


「待て。条文は最後まで読んだか」


 ガルシアの眉が、ぴくりと動いた。


「第302条の但書。『ただし、当該資格が異なる法域に属し、かつ、相互に抵触しない場合は、この限りでない』」


「……何?」


「国際私法における抵触法の原則だ。俺の『行政書士』資格は、ミサト市ギルドの管轄下にある。一方、『公認アドバイザー』は、魔王軍の管轄下にある。この二つは、異なる法域だ」


 聖司は、一歩前に出た。


「行政書士は、民間人向けの書類作成業務。公認アドバイザーは、魔王軍への助言業務。業務内容も異なる。つまり、『異なる法域に属し、かつ、相互に抵触しない』。二重登録には該当しない」


 ガルシアの顔が、強張った。


「そ、それは詭弁だ! お前のような——」


「詭弁かどうかは、条文が決める。俺が決めるんじゃない。お前が決めるんでもない」


 聖司は、懐から魔王の職印を取り出した。


 金色の光が、路地を照らした。


 圧倒的な魔力の波動。ギルドの役人たちが、思わず後ずさる。騎士たちでさえ、顔色を変えている。


「これが、魔王陛下から授けられた『公認アドバイザー』の職印だ。この職印の権威を否定するなら、魔王軍に宣戦布告するのと同じだぞ」


 ガルシアの顔が、蒼白になった。


「……覚えておけ。いずれ、正式な手続きで——」


「正式な手続きなら、いつでも受けて立つ。それが俺の仕事だ」


 ガルシアは、何かを言いかけたが、結局、踵を返して去っていった。


 ギルドの役人たちも、騎士たちも、黙ってその後に続いた。


 バルザックが、呆れたように肩をすくめた。


「……お前、敵を作るのが趣味なのか」


「趣味じゃない。だが、避けられないなら、正面から受けて立つだけだ」



 事務所に入ると、埃の匂いがした。


 十日以上、留守にしていたのだ。当然だろう。


「さて」


 聖司は、鞄を机に置いた。


「リフォームを始める」


「リフォーム?」


「魔王陛下から、資金をもらった。事務所を改装する」


 魔王からの「顧問料」として、500ギルを受け取っていた。ミサト市の平均年収の十年分に相当する金額だ。


「最優先は、軟水化装置の恒久設置だ」


 イリアが、首を傾げた。


「軟水化装置……? 料理のためですか?」


「料理だけじゃない。書類を書くためのインクの溶き方、羊皮紙の洗浄、茶を淹れる水——全部、軟水の方がいい。実務の質は、水で決まる」


 聖司は、窓の外を見た。


「明日、職人を手配する。地下に貯水槽を作り、濾過層と魔法陣を組み合わせた恒久的な軟水化システムを構築する」


「さすが、行政書士……やることが違いますね」


「行政書士だからじゃない。まともな飯と、まともな仕事には、まともな水が必要なだけだ」



 リフォームの計画を立てていると、バルザックが厨房から顔を出した。


「おい、ミナト。あの『麺』とかいうやつ、作らねえのか」


「麺?」


「魔王城で食った粥、ありゃ美味かった。だが、お前、『本当は麺が作りたい』って言ってたろう」


 聖司は、少し考えた。


 確かに、粥よりも麺の方が、出汁の旨味を引き立てる。問題は——


「この世界の小麦粉は、グルテンが弱い。普通に捏ねても、コシのある麺にならない」


「グルテン?」


「麺のコシを生む成分だ。日本では、足で踏んで生地を鍛える。そうすることで、グルテンが強化される」


 バルザックが、ニヤリと笑った。


「足で踏む? そういうことなら、任せろ」


「……何?」


「俺は元将軍だ。行軍で足腰は鍛えてある。お前の『麺』とやら、俺が踏んでやる」



 一時間後。


 厨房に、異様な光景が広がっていた。


 バルザックが、巨大な生地の塊を、リズミカルに踏みしめている。


 ドスン、ドスン、ドスン。


 床が揺れる。壁が軋む。


 だが、生地は確実に変化していた。


 最初はベタベタだった塊が、踏まれるたびに滑らかになり、弾力を増していく。


「……いいぞ。もう少し続けろ」


「おう」


 さらに三十分。


 生地を薄く伸ばし、細く切る。


 茹で上がった麺を、出汁の効いたスープに入れる。


 聖司は、箸で麺を持ち上げた。


 つるりとした表面。適度な弾力。


 一口、啜る。


「……」


「どうだ」


「コシがある」


 聖司の顔に、小さな笑みが浮かんだ。


「異世界初の、コシのある麺だ」


 バルザックが、ガハハと笑った。


 イリアとリーゼロッテも、麺を啜っている。二人とも、目を丸くしていた。


「な、なんですか、この食感……!」


「麺という食べ物、初めてです……こんなに美味しいものがあるなんて」


 聖司は、自分の椀を見つめた。


 まだ完璧じゃない。麺の太さが不揃いだし、スープの塩加減も調整が必要だ。


 だが、第一歩は踏み出した。


 この世界に、麺文化を根付かせる。その第一歩だ。



 夜になって、来客があった。


 コンコン、と控えめなノック。


 扉を開けると、銀髪のエルフが立っていた。


 ルシエラ・ヴァイスベルト。


 ギルド庁舎の窓口担当。かつて聖司を「門前払いの魔女」として迎え撃った女性だ。


「……入っていいか」


「どうぞ」


 ルシエラは、事務所の中を見回した。


「リフォームするのか」


「ああ。明日から工事が始まる」


「金はあるのか」


「魔王からもらった」


 ルシエラの目が、わずかに細くなった。


「噂は聞いている。魔王の『公認アドバイザー』になったそうだな」


「ああ」


 聖司は、懐から職印を取り出した。


 金色の光が、薄暗い事務所を照らす。


 ルシエラは、その職印を、複雑な表情で見つめていた。


「……すごいな」


「何が」


「十日前まで、ボロボロの事務所で届出を出していた男が、今は魔王の側近だ」


「側近じゃない。顧問だ」


「同じようなものだろう」


 ルシエラは、椅子に座った。


 その横顔には、複雑な感情が浮かんでいた。驚き、感心、そして——少しの寂しさ。


「私は十年、ギルドの窓口で働いてきた。『門前払いの魔女』と呼ばれながら、規則を守り続けてきた」


「……」


「だが、お前は十日で、私が十年かけても届かない場所に行った」


 聖司は、黙って茶を淹れた。


 軟水で淹れた茶を、ルシエラの前に置く。


「……美味いな、この茶」


「軟水で淹れた。味が違うだろう」


「ああ。全然違う」


 ルシエラは、茶を啜りながら、静かに言った。


「私も、変わらなきゃいけないのかもしれない」


「変わる必要はない。お前は、お前の場所で、お前の仕事をすればいい」


「……」


「窓口を守る人間がいなければ、届出は受理されない。お前の仕事は、俺の仕事と同じくらい重要だ」


 ルシエラは、少し驚いたような顔をした。


 そして、小さく笑った。


「……変な男だ。褒めてるのか、慰めてるのか、分からない」


「どっちでもない。事実を言っただけだ」



 ルシエラが帰った後、聖司は机に向かっていた。


 明日からの工事の手配、麺の改良計画、婚姻届の最終確認——やることは山積みだ。


 その時、扉がノックされた。


「また客か……」


 扉を開けると、見知らぬ男が立っていた。


 王国の紋章が入った制服。使者だ。


「湊聖司殿ですな」


「そうだが」


「王国中央政府より、召喚状をお届けに参りました」


 男は、封蝋で封じられた書簡を差し出した。


 聖司は、それを受け取り、封を切った。


 中には、一枚の羊皮紙。


 読み進めるうちに、聖司の目が見開かれていった。



『湊聖司殿


 貴殿の法務に関する見識は、魔王軍のみならず、王国中央政府にも届いております。


 つきましては、現在審議中の「王国憲法改正草案」について、貴殿の意見を賜りたく、王都への出頭を求めます。


 なお、本件は国家機密に関わるため、詳細は王都にてお伝えします。


 王国中央政府 法務大臣 エドワルド・フォン・シュタインベルク』



 憲法改正。


 国家の最高法規を、書き換える。


 聖司は、書簡を机に置いた。


 イリアが、心配そうに覗き込んできた。


「先生、何て書いてあるんですか」


「……国家レベルの依頼だ」


 聖司は、窓の外を見た。


 夜空に、二つの月が浮かんでいる。


「俺は行政書士だ。憲法なんて、本来の職域じゃない」


「断るんですか?」


「……いや」


 聖司は、静かに言った。


「行ってみる。何が起きているのか、この目で確かめる」


 ミサト市での日常は、まだ始まったばかりだ。


 だが、世界は——聖司を、さらに大きな舞台へと引きずり込もうとしていた。




第8話 完



次回予告


第9話「王都への道——または、憲法とは何かについて」


「憲法改正の草案に、意見を求められている」

「先生に、そんな権限があるんですか」

「権限はない。だが、意見を言う自由はある」


——王都へ向かう馬車の中。

 聖司は、この世界の「最高法規」と向き合う。

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