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異世界行政書士事務所 ~転生したら許認可チートでした。暴力ではなく「書類」で魔王をねじ伏せる~  作者: れーやん


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第4話 魔王城への道——または、幻獣保護法の罠

 魔王城への旅は、三日目で早くも暗礁に乗り上げた。


「先生、あの村、様子がおかしいです」


 イリアが、前方の集落を指差した。


 村の入り口に、バリケードが築かれている。木の杭を並べ、その間に荷車を横倒しにして、即席の防壁を作っていた。


 村の名は「サイタ」。


 また、埼玉を思わせる名前だ。偶然にしては、出来すぎている。


 村に近づくにつれ、聖司の既視感は強くなった。


 用水路がある。村の外縁を囲むように、整然と掘られた水路。その壁面は、石とは違う灰色の素材で固められていた。


 聖司は足を止め、用水路の継ぎ目を観察した。


 一定間隔で入れられた目地。角度。深さ。


 ……この施工法、埼玉県土木工事共通仕様書に近いな。


 背筋に、冷たいものが走った。


 偶然ではない。これは、明らかに「彼女」——伝説の転生者ミサトの仕事だ。


「先生? どうしたんですか」


「……いや、何でもない」


 聖司は歩き出した。考えるのは、後だ。


「何があった」


 村の入り口に近づくと、バリケードの向こうから、槍を構えた男が顔を出した。目の下に濃い隈がある。何日も眠れていないのだろう。


「旅の者か。悪いが、今は村に入れねえ。『グレート・ベア』が出てるんだ」


「グレート・ベア?」


「巨大な熊の魔獣だ。体長は五メートルを超える。三日前から村の周囲をうろついていて、昨日は畑を荒らされた。このままじゃ、収穫が全滅する」


 聖司は眉をひそめた。


「駆除すればいいだろう」


「できねえんだよ!」


 男が叫んだ。


「グレート・ベアは『幻獣保護法』で守られてる。希少種だから、殺したら重罪だ。ギルドに駆除許可を申請したが、却下された」


「理由は」


「『個体数が回復途上にある』だとさ。王都の保護団体が圧力をかけてるらしい。『かわいい魔獣を殺すな』ってな。……冗談じゃねえ。あいつらは、俺たちの畑が荒らされるのを見てねえんだ」


 聖司は黙って村の周囲を見回した。


 畑には、巨大な足跡が残っている。作物は踏み荒らされ、柵は破壊されている。被害は甚大だ。


「バルザック」


「なんだ」


「お前、軍にいた頃、幻獣保護法の運用を見たことはあるか」


 バルザックは腕を組んだ。


「ある。厄介な法律だ。希少種に指定された魔獣は、原則として駆除できない。駆除するには、ギルドの『特別許可』が必要だが、許可が下りることはほとんどない」


「なぜだ」


「王都の貴族連中が、保護団体に金を出してるからだ。『自然を守る高貴な活動』ってやつだな。現場の被害なんか、あいつらには関係ねえ」


 聖司は、小さくため息をついた。


 どの世界でも、同じだ。


 遠く離れた都会の人間が、現場を見ずに「保護」を叫ぶ。その結果、地元の住民が被害を受ける。日本の「アーバン・ベア問題」と、構図がまったく同じだった。


「……村長に会わせてくれ」


「あんた、何者だ」


「行政書士だ。書類で、この状況をどうにかできるかもしれない」



 村長は、疲れ切った老人だった。


 村の集会所で、聖司は彼から詳しい話を聞いた。


「グレート・ベアが最初に目撃されたのは、一週間前です。最初は山の中にいたんですが、三日前から村の近くに降りてくるようになった」


「被害は」


「畑が三つ、全滅しました。家畜も二頭、殺されています。このままでは、冬を越せません」


「ギルドへの申請は」


「三回出しました。三回とも却下です。『希少種の駆除は認められない』の一点張りで」


 聖司は、手元の羊皮紙にメモを取った。


「却下の理由書は」


「ここにあります」


 村長が差し出した書類を、聖司は【契約視認】で確認した。



【駆除許可申請 却下通知】


申請者:サイタ村

対象:グレート・ベア(推定個体)

却下理由:幻獣保護法第12条に基づき、希少種に指定された幻獣の駆除は、原則として認められない。


【備考】

王都幻獣保護協会より、本件に関する意見書が提出されている。



 聖司の目が、「備考」の欄に留まった。


「この『意見書』、見せてもらえるか」


「いえ、それは……ギルドから開示されていません」


「なるほど」


 聖司は立ち上がった。


「現場を見る」


「え?」


「被害の現場を見ないと、書類は書けない。案内してくれ」



 畑の被害は、想像以上だった。


 巨大な足跡が、作物を踏み潰している。柵は木っ端微塵に砕かれ、用水路は土砂で埋まっていた。


 聖司は、鞄から羊皮紙とインクを取り出した。


「先生、何をしてるんですか?」


 イリアが不思議そうに尋ねた。


「実況見分だ。被害の状況を、詳細に記録する」


 かつて、三郷市の現場で測量ポールを立てていた頃の感覚が蘇る。建設業許可の申請に添付する現場写真を撮るため、何百回と現場に立った。


 あの頃と同じだ。数字を拾い、記録し、証拠を積み上げる。


 聖司は足跡の大きさを測り、破壊された柵の本数を数え、作物の被害面積を目測で算出した。


 この世界の面積単位は「アール」に近い。だが、聖司の頭の中では、同時に「坪」への換算が走っていた。


 被害面積、約1.2アール。日本式に言えば、約36坪。建売住宅一軒分の土地だ。


「足跡の深さから推定される体重、約800キロ。柵の破壊状況から推定される筋力、標準的な成獣の1.5倍。これは老齢個体ではなく、壮年期の個体だな」


 さらに、足跡の間隔から歩幅を計算する。歩幅と体重から、移動速度を推定。


「……時速約40キロで移動可能。人間が走って逃げられる速度じゃない」


「……何のために、そんなことを」


「証拠がなければ、行政は動かせない」


 聖司はメモを取り続けた。


「エビデンスだ。客観的な証拠を積み上げて、相手の論理を崩す。それが、行政書士の戦い方だ」


 バルザックが、呆れたように肩をすくめた。


「お前、本当に変わった奴だな。普通は、剣を抜いて戦うもんだ」


「剣で戦えば、お前が『幻獣殺害』で逮捕される。それじゃ意味がない」


 聖司は立ち上がり、山の方を見た。


「熊の巣穴の位置は分かるか」


「ああ、村人が見張っている。山の中腹に、洞窟がある」


「案内しろ。……ただし、近づきすぎるな。俺は戦闘能力ゼロだ」



 日が暮れた。


 山中での調査を終え、聖司たちは村の外れで野営をすることにした。


 焚き火を囲んで、食事の準備をする。


 村長からもらった食材は、猪に似た魔獣の肉だった。だが、臭いが強い。血抜きが不十分なのだ。


「これ、このまま焼いたら食えたもんじゃないな」


 聖司は肉を観察した。


 繊維の状態、脂身の量、血の残り具合。四十八年の人生経験と、一人暮らし時代に身につけた料理の知識が、頭の中で回転する。


「イリア、この村で酒は手に入るか」


「え? あ、はい、安い麦酒なら……」


「買ってこい。それと、ハーブがあれば何でもいい。香りの強いやつだ」


 イリアが走っていった。


 バルザックが眉をひそめた。


「何をする気だ」


「下処理だ。血抜きが甘い肉は、酒に漬けて臭みを抜く。さらにハーブで香りをつければ、食えるようになる」


「……料理人だったのか?」


「違う。ただの一人暮らしだ」


 イリアが戻ってきた。


 聖司は肉を薄く切り、麦酒に漬け込んだ。三十分ほど置いてから、水気を拭き取り、摘んできたハーブを擦り込む。


 それを串に刺し、焚き火でじっくりと焼いた。


 脂が滴り、炎が揺れる。香ばしい匂いが立ち上った。


「……なんですか、この匂い」


 イリアが、唾を飲み込んだ。


「理論に基づいた調理法だ。素材の欠点を、化学的に補正する。本当は醤油と味醂で角煮にしたいところだが、この世界にはないからな」


 焼き上がった肉を、皿に盛る。


 まだ「本物」には程遠い。だが、そのままよりは遥かにマシだ。


「食え」


 四人で、肉を分け合った。


 イリアが目を丸くした。バルザックが唸った。リーゼロッテでさえ、驚いた顔をしていた。


「……美味しい。この肉がこんな味になるなんて」


「まだまだだ。出汁があれば、もっと良くなる。この世界の調味料は、研究の余地がある」



 食事を終え、焚き火の前で休んでいると、リーゼロッテが聖司の隣に座った。


 バルザックとイリアは、少し離れた場所で見張りをしている。


 二人きりだった。


 炎が揺れている。薪が爆ぜる音だけが、夜の静寂を破っていた。


「……先生」


「なんだ」


「なぜ、これほどまでに法を信じるのですか」


 聖司は、焚き火を見つめたまま答えた。


「信じてなんかいない」


「え?」


「法は、信じるものじゃない。使うものだ」


 炎が揺れた。


「法律ってのは、道具だ。ナイフと同じだ。持っているだけじゃ意味がない。使い方を知っている者だけが、その力を引き出せる」


 聖司は空を見上げた。二つの月が、静かに輝いている。


「俺は四十八年生きてきた。その間に、法律に救われたこともあれば、法律に裏切られたこともある。人にも、組織にも、何度も裏切られた」


 声は淡々としていた。だが、その奥には、長い年月を生きてきた者だけが持つ重みがあった。


「だが、唯一裏切らなかったものがある」


「何ですか」


「自分の書いた、完璧な書類だ」


 聖司は、小さく笑った。


「書類は嘘をつかない。一字一句、正確に書かれた書類は、どんな権力者の前でも効力を持つ。どんな脅しにも屈しない。俺が48年かけて学んだのは、そういうことだ」


 リーゼロッテは、長い間黙っていた。


 炎の光が、彼女の横顔を照らしている。


 やがて、小さく呟いた。


「……父も、同じことを言っていました」


「魔王が?」


「はい。『力は正義ではない。力は道具だ』と。……先生は、父に似ています」


「俺が魔王に似てるのか。光栄だな」


「皮肉ですか」


「半分は本気だ」


 聖司は立ち上がった。


「明日、ギルドに乗り込む。書類は今夜中に仕上げる」


「駆除許可を申請するのですか」


「違う」


 聖司は、暗い笑みを浮かべた。


「駆除許可なんか申請しない。もっと厄介なものを突きつける」



 翌朝。


 聖司は、サイタ村を管轄するギルドの出張所を訪れた。


 窓口の担当者は、若い人間の男だった。見るからに官僚的な顔つきをしている。


「駆除許可の申請ですか? 申し訳ありませんが、グレート・ベアは希少種に指定されていますので——」


「違う」


 聖司は、羊皮紙の束を窓口に置いた。


「これは『幻獣占有権移転申告書』および『行政管理責任追及申立書』だ」


 担当者の顔が、困惑に歪んだ。


「……は?」


「幻獣保護法第3条。『希少種に指定された幻獣は、国家の管理下に置かれる』。つまり、グレート・ベアの『所有者』は、法的には国家——具体的にはギルド庁舎だ」


 聖司は書類を指差した。


「そして、民法第718条。『動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う』。グレート・ベアがサイタ村に与えた被害は、畑三枚、家畜二頭、柵および用水路の破壊。被害総額は、概算で150ギルだ」


 担当者の顔が、みるみる青ざめていった。


「この書類は、グレート・ベアの『占有者』であるギルド庁舎に対し、被害の賠償を求めるものだ。さらに、『管理責任の追及』として、なぜ希少種が人里に降りてきたのか、ギルドの管理体制の瑕疵を問うている」


「そ、そんな……」


「選択肢は二つだ」


 聖司は、静かに言った。


「一つ、駆除許可を出して、グレート・ベアを村から排除する。二つ、駆除許可を出さずに、150ギルの賠償金と、今後の被害に対する無限責任を負う」


 担当者の額に、汗が浮かんでいた。


「ど、どちらも選べません……上に確認しないと……」


「確認しろ。ただし、回答期限は三日だ。世界法施行規則第156条。『申立てに対する回答は、受理後三日以内に行わなければならない』」


 聖司は踵を返した。


「三日後に、また来る」


 背後で、担当者が書類を手に取り、青い顔で上司を呼ぶ声が聞こえた。



 ギルドを出ると、バルザックが待っていた。


「……どうだった」


「三日待てば、結果が出る」


「本当に、駆除許可が下りるのか?」


 聖司は、小さく笑った。


「許可を出さなければ、ギルドは賠償責任を負う。賠償金を払うより、許可を出す方が安上がりだ。官僚は、そういう計算をする」


「……お前、本当に恐ろしい男だな」


「褒め言葉として受け取っておく」


 聖司は、魔王城のある方角を見た。


「三日後、許可が下りたら出発だ。魔王城まで、あとどのくらいかかる」


「馬車で四日。途中の山道を抜ければ、三日で着く」


「なら、一週間後には魔王に会える」


 聖司は万年筆を懐にしまった。


「書類の準備は、道中で仕上げる。……行くぞ」


 旅は、まだ始まったばかりだった。




第4話 完



次回予告


第5話「魔王城の門——または、入城許可申請について」


「魔王城への入城には、事前の許可申請が必要だ」

「申請書類は何種類ある」

「……十七種類です」

「書ける。全部書ける」


——行政書士に、不可能な書類はない。

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