表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界行政書士事務所 ~転生したら許認可チートでした。暴力ではなく「書類」で魔王をねじ伏せる~  作者: れーやん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/19

第19話 恩師の影——または、世界を跨ぐ手紙について

 手紙を受け取ってから、聖司は一睡もできなかった。


 『湊君、元気にしているか。——会いたい』


 たった一行。


 だが、その筆跡は間違いなく、あの人のものだった。


 深夜の事務所。蝋燭の灯りが、羊皮紙の上で揺れている。


 聖司は、何度も何度も、その文字を見つめていた。



 高橋誠一郎。


 日本の大学で、聖司が師事した文学部の教授だった。


 法律ではなく、文学。


 しかし、高橋教授の専門は「法と物語」という異色の領域だった。


 『法律の条文一つにも、それに関わる人間の人生が宿っている。条文を読むとは、無数の物語を読むことなのだ』


 その言葉が、聖司の人生を変えた。


 小説家になりたかった。物語を紡ぎたかった。


 だが、才能がなかった。三度の司法試験に落ち、小説の新人賞にも落選し続けた。


 結局、「中途半端な自分」は、行政書士という道を選んだ。


 高橋教授は、十五年前に亡くなった。


 葬儀には行けなかった。合わせる顔がなかった。


 期待を裏切った自分が、最後の別れを言う資格などない。



「先生」


 イリアの声で、聖司は我に返った。


「朝ですよ。一晩中、起きてたんですか」


「ああ。少し、考え事をしていた」


 聖司は、手紙を机の引き出しにしまった。


「イリア。今日は、飛脚ギルドに行く」


「飛脚ギルド?」


「この手紙の『発送元オリジン・ポイント』を突き止める」



 飛脚ギルドは、ミサト市の東端にあった。


 石造りの重厚な建物。正面には、翼のついた足のマークが掲げられている。


 聖司は、受付で職印を見せた。


「行政書士の湊聖司だ。『記録保持ログ・リテンション』に基づく情報開示請求をしたい」


 受付の若い男が、目を丸くした。


「記録保持……ですか」


「ああ。飛脚ギルドには、発送記録を五年間保存する義務がある。新憲法下の『行政手続法』第42条に基づく、正当な請求だ」


 聖司は、請求書を差し出した。


「この封書の発送記録を開示してくれ。発送人、発送日時、発送場所——全てだ」



 しばらく待たされた後、奥から白髪の老人が現れた。


 背中が曲がり、目は細く、手には古びた台帳を抱えている。


「記録保管員のグスタフだ。お前さんが、記録を見たいという行政書士か」


「ああ。この封書の発送元を知りたい」


 グスタフは、封書を手に取った。


 封蝋を確認し、紙質を確かめ、しばらく眺めていた。


「珍しい封蝋だな。この紋章、見たことがない」


「分かるか」


「いや。だが、発送番号は読める。こっちだ」


 グスタフは、聖司を地下へと案内した。



 地下記録庫は、迷宮のようだった。


 石の棚が無限に続き、そこに膨大な台帳が積み上げられている。


 埃っぽい空気。蝋燭の灯りが、暗闇をわずかに照らしている。


「過去の記録こそが、この世界の全てだ」


 グスタフが、独り言のように呟いた。


「人は忘れる。嘘をつく。記憶を捏造する。——だが、記録は嘘をつかない」


 聖司は、その言葉に頷いた。


「同感だ。俺も、そう思って生きてきた」


「ほう。お前さん、分かる男だな」


 グスタフは、棚の奥から一冊の台帳を引き出した。


「これだ。三日前の発送記録」



 台帳を開く。


 聖司の目が、一点に釘付けになった。


 発送日時——三日前の午後。


 発送場所——ミサト市中央郵便所。


 そして、発送人の欄には——


「トーマス?」


 聖司の声が、かすれた。


 トーマス・ベッカー。


 開業して間もない頃に助けたパン屋の男だ。


 営業許可の更新を手伝ったのが縁で、以来、何かと頼りにしてくれている。


 なぜ、トーマスが。



「先生、どうしました?」


 イリアが、心配そうに覗き込んできた。


「この発送人……知っている人ですか?」


「ああ。知っている。——だが、だからこそ、分からない」


 聖司は、台帳を睨みつけた。


 トーマスは、ただのパン屋だ。


 高橋教授とは、何の接点もないはずだ。


 日本のことなど、知るはずがない。


 なのになぜだ。



「もう一つ、確認したいことがある」


 聖司は、グスタフに向き直った。


「この封書の筆跡を、『筆跡鑑定グラフ・アナリシス』にかけたい。鑑定魔法の使い手を紹介してくれ」


「鑑定魔法か。ギルド庁舎に、専門の鑑定士がいる」



 ギルド庁舎。


 鑑定士は、中年の女性だった。


 彼女は、封書を丁寧に広げ、魔法陣の上に置いた。


「『筆跡鑑定』。書き手の個性——筆圧、傾き、リズム、癖——を魔力で解析し、本人性を特定する実務よ」


 魔法陣が、淡い光を放った。


 文字の一つ一つが、拡大され、分析されていく。


「これは」


 鑑定士が、眉をひそめた。


「どうした」


「この筆跡、非常に特殊ね。この世界の文字なのに、『書き方の癖』がこの世界の人間のものではない」


 聖司の心臓が、跳ねた。


「つまり?」


「書いた人間は、この世界の文字を『後から学んだ』人よ。生まれた時からこの文字を使っている人間とは、根本的に筆致が違う」


 間違いない。


 高橋教授は、日本人だ。


 この世界の文字を、後から学んだ。


 だとすれば——教授は、この世界に来ていた?



 聖司は、事務所に戻らなかった。


 日が暮れ、夜の帳が下りる中、彼はミサト市の路地を走っていた。


 向かう先は、トーマスの家。


 パン屋の裏手にある、質素な住居だ。


 聖司は、裏口のドアを叩いた。


「トーマス。いるか」


 しばらくして、ドアが開いた。


 トーマスが、青ざめた顔で立っていた。


「……湊先生」


「話がある。中に入れてくれ」



 トーマスの家は、狭かった。


 簡素なテーブルと椅子。壁には、家族の絵が飾られている。


 聖司は、トーマスの前に座った。


「単刀直入に聞く。三日前、お前は飛脚ギルドから手紙を送ったな」


 トーマスの顔が、さらに青ざめた。


「はい」


「なぜだ。あの手紙は、誰から預かった」


「それは……」


 トーマスは、目を伏せた。


 その手が、震えている。


「トーマス。俺はお前を疑いたくない。だが、あの手紙には——俺の過去に関わる、重大な秘密が含まれている」


「……」


「頼む。教えてくれ」


 沈黙が流れた。


 やがて、トーマスが口を開いた。


「……奥の部屋に、来てください」



 トーマスは、聖司を家の奥へと案内した。


 小さな物置部屋。


 そこに、一つの木箱が置かれていた。


 トーマスが、震える手で蓋を開けた。


 中には——


「これは」


 聖司の声が、凍りついた。


 古びた万年筆。


 黒い軸に、金色のペン先。


 間違いない。高橋教授が、いつも胸ポケットに入れていたものだ。



「湊先生」


 トーマスが、震える声で言った。


「その万年筆を、あなたに渡すように言われたんです」


「誰に」


「分かりません。夢の中で……声だけが聞こえたんです」


 トーマスの目に、恐怖が滲んでいた。


「『これをミサト市の行政書士に届けろ。それが、この世界のルールだ』と」


 聖司は、万年筆を手に取った。


 冷たい金属の感触。


 十五年前、最後に見た時と、何も変わっていない。


「……この世界の、ルール」


 聖司は、呟いた。


 高橋教授は、この世界に来ていた。


 そして、何かを——聖司に伝えようとしている。


「書類は嘘をつく。だが、そこに宿った『意志』の癖までは、この世界の誰にも隠しきれないんだ」


 聖司は、万年筆を握りしめた。


 恩師の影が、この世界で、聖司を待っている。




第19話 完




次回予告


第20話「ルールの番人——または、世界の裏側について」


「『この世界のルール』とは、何だ」

「それを知る者は、限られています。——王立図書館の、禁書庫に」

「禁書庫?」

「この世界の『成り立ち』に関わる、封印された知識。あなたが探しているものは、そこにあるかもしれません」


——恩師の万年筆を手に、聖司は「世界の秘密」へと踏み込む。

 だが、その扉の向こうには、想像を超える真実が待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ