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異世界行政書士事務所 ~転生したら許認可チートでした。暴力ではなく「書類」で魔王をねじ伏せる~  作者: れーやん


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第12話 夜襲——または、ペンと剣について

 それは、深夜に起きた。


 王都の宿舎。聖司は、机に向かって憲法草案の修正作業を続けていた。


 蝋燭の灯りが、羊皮紙の上で揺れている。


 隣の部屋では、バルザックが仮眠を取っているはずだ。


 静かな夜だった。


 ——静かすぎる夜だった。


 聖司の手が、止まった。


 何かが、おかしい。


 窓の外。月明かりに照らされた中庭。そこに——影が動いた。


 一つ。二つ。三つ。


 黒い影が、宿舎に向かって近づいてくる。


 聖司は、静かに椅子から立ち上がった。


「バルザック」


 低い声で呼ぶ。


 隣の部屋から、即座に返事があった。


「分かってる。三人だ」


 バルザックは、既に剣を手にしていた。


 眠っていたはずだが、気配で察知していたのだろう。さすがは元将軍だ。


「窓から二人、廊下から一人。——来るぞ」


 次の瞬間、窓ガラスが砕け散った。



 黒い影が、部屋に飛び込んできた。


 顔を布で覆った男。手には、短剣。


 言葉はない。名乗りもない。


 ただ、殺意だけが——部屋を満たした。


 聖司は、本能的に後ろに下がった。


 心臓が、激しく鳴っている。


 四十八年の人生で、これほどの殺意を向けられたことはない。


 法の外側にいる存在。言葉が通じない。条文が通じない。


 ——暴力だ。


 純粋な、剥き出しの暴力。


 だが、聖司の頭は——同時に、冷静に回転していた。


 これは、法的にどう定義される状況か。


 夜間。住居への侵入。武器を持った複数の人間。明確な殺意。


 ——「強盗殺人未遂」だ。


 王国刑法第112条。「他人の住居に侵入し、殺傷の意図をもって攻撃を加えた者は、死刑または無期禁固に処する」。


 そして、これに対する防衛行為は——


「バルザック!」


 聖司が叫んだ。


「まだ斬るな! 相手に先に攻撃させろ!」


「何だと!?」


「正当防衛の要件だ! 相手の攻撃が『現在の危難』として成立しなければ、こっちの反撃が『過剰防衛』になる!」


 バルザックが、信じられないという顔をした。


 だが、即座に理解した。


「……狂ってやがる。だが、分かった!」


 バルザックは、剣を構えたまま、一歩下がった。


 刺客が、躊躇なく斬りかかってきた。


 短剣が、空を切る。


 バルザックが、紙一重でかわした。


 二撃目。三撃目。


 全てをかわし、反撃しない。


「先生、もういいか!?」


「待て! あと一撃!」


 聖司は、懐から小さな石を取り出した。


 「記録の魔石」。


 魔法的な証拠保全手段だ。起動すると、周囲の映像と音声を記録する。


 エドワルドから渡されていた。「万が一の時に使え」と。


 聖司は、魔石に魔力を込めた。


 淡い光が、部屋を照らす。


「——証拠保全、開始」


 その瞬間、刺客の四撃目が放たれた。


 バルザックの肩を、短剣がかすめる。


 血が、飛び散った。


「今だ、バルザック! 『正当防衛』の要件は満たした! ——殺すな、無力化しろ!」


「了解!」


 バルザックの目が、変わった。


 元将軍の目だ。


 戦場で、幾千の敵を斬り伏せてきた者の目。


 一瞬だった。


 バルザックの剣が閃き、刺客の手首を打った。


 短剣が、床に落ちる。


 続けて、膝裏への蹴り。刺客が崩れ落ちる。


 最後に、剣の柄で後頭部を打つ。


 刺客は、意識を失って倒れた。



 だが、まだ終わりではない。


 窓からもう一人。廊下からも一人。


 合計三人の刺客が、部屋に突入してきた。


「バルザック、聞こえるか!」


「ああ!」


「王国刑法第36条! 『急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない』! これが正当防衛だ!」


 聖司は、刺客たちに向かって叫んだ。


「そして、王国刑法第37条! 『自己または他人の生命、身体、自由に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない』! これが緊急避難だ!」


 刺客たちは、聖司の言葉など聞いていない。


 だが、聖司は構わず続けた。


「記録の魔石は起動している! お前たちの行動は、全て証拠として保全されている! そして、俺たちの行動も!」


 バルザックが、二人目の刺客と斬り結んでいる。


「バルザック! 殺傷は最小限にしろ! 『防衛の程度を超えた行為』は過剰防衛になる! だが、相手が武器を持っている以上、『相当な反撃』は認められる!」


「うるせえ! 戦いながら法律の講義を聞く余裕はねえんだよ!」


「聞け! これはお前を守るための言葉だ!」


 聖司は、机の下に身を隠しながら、叫び続けた。


「王国刑法第36条2項! 『防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、または免除することができる』! つまり、多少やりすぎても、状況次第で許される!」


 三人目の刺客が、聖司に向かってきた。


 机を蹴り倒し、短剣を振り上げる。


 聖司は、咄嗟に椅子を盾にした。


 短剣が、椅子の背もたれに突き刺さる。


 その隙に、バルザックが三人目の刺客の背後に回った。


 剣の柄で、首筋を打つ。


 刺客が、崩れ落ちた。


 二人目の刺客も、既に床に倒れていた。



 静寂が、戻ってきた。


 聖司は、荒い息をつきながら、立ち上がった。


 部屋は、滅茶苦茶だった。


 窓ガラスは割れ、家具は倒れ、床には三人の刺客が転がっている。


 バルザックが、剣を鞘に収めた。


「……終わったか」


「ああ。——怪我は」


「かすり傷だ。問題ない」


 バルザックは、聖司を見た。


 その目には、複雑な感情が浮かんでいた。


「……お前、本当に狂ってるな」


「何がだ」


「死にかけながら、法律の条文を唱えてやがった。普通、そんな余裕はねえぞ」


 聖司は、小さく笑った。


「余裕なんかない。だが、考えずにはいられなかった」


「何を」


「この状況を、どうやって『法的な勝利』に変えるか」


 聖司は、記録の魔石を手に取った。


 淡い光が、まだ点滅している。記録は続いている。


「暴力には暴力で対抗するしかない。それは分かっている。だが、暴力だけでは——勝てないんだ」


「……」


「ペンは剣よりも強し? いや、違う。ペンは剣を『正当化』するのだ」


 聖司は、倒れている刺客を見下ろした。


「お前の剣が、ただの暴力ではなく『正当防衛』として認められる。そのための証拠を、俺は今、作った」



 夜明けまで、まだ時間があった。


 聖司は、倒れている刺客たちを調べ始めた。


「何をしてる」


「証拠の確保だ。——『証拠保全』は、現場で行うのが鉄則だ」


 刺客たちの懐を探る。


 短剣。毒薬の小瓶。そして——


「……あった」


 聖司が取り出したのは、小さな金属片だった。


 紋章が刻まれている。


「これは……」


「ギルバート家の紋章だ」


 バルザックが、眉をひそめた。


「間違いない。俺は軍にいた頃、貴族の紋章は全部覚えさせられた」


 聖司は、金属片を慎重に布で包んだ。


「これで、ギルバート派との繋がりを示す物的証拠が手に入った」


「だが、これだけで告発できるのか? 『刺客が勝手に持っていた』と言い逃れされるかもしれない」


「そうだな。だから、もう一つ証拠が必要だ」


 聖司は、意識を失っている刺客の一人に近づいた。


 そして、懐から羊皮紙とペンを取り出した。


「何を書く気だ」


「『自白調書』の準備だ」



 刺客が、目を覚ました。


 聖司は、その前に座っていた。


 バルザックが、剣を抜いて背後に立っている。


「目が覚めたか」


「……」


 刺客は、無言で周囲を見回した。


 仲間は全員、縛られて床に転がっている。逃げ場はない。


「お前に、いくつか質問がある」


「……答える義務はない」


「義務はない。だが、権利はある」


 聖司は、羊皮紙を見せた。


「王国刑事訴訟法第198条。『被疑者は、自己に不利益な供述を強要されない』。お前には黙秘権がある。だが、同時に、『自発的な供述は、証拠として採用される』」


「……何が言いたい」


「取引だ」


 聖司は、静かに言った。


「お前が依頼主について話せば、『情状酌量』の余地が生まれる。王国刑法第68条。『犯罪の発覚に寄与した者は、その刑を減軽することができる』」


 刺客の目が、わずかに揺らいだ。


「黙っていれば、お前は『強盗殺人未遂』で死刑だ。だが、話せば——減刑の可能性がある」


「……」


「依頼主は、お前を助けに来ると思うか? お前は、使い捨ての駒だ。切り捨てられるだけだ」


 沈黙が流れた。


 やがて、刺客が口を開いた。


「……ギルバート家の執事から、依頼を受けた」


「名前は」


「知らない。だが、報酬は——ギルバート家の紋章入りの金貨で支払われた」


 聖司は、それを羊皮紙に書き留めた。


「他には」


「『行政書士を排除しろ。憲法改正を阻止するためだ』と言われた。それだけだ」


 聖司は、ペンを置いた。


「十分だ。——お前の供述は、記録の魔石にも保存されている。法的に有効な証拠だ」



 夜明け。


 聖司は、王都の衛兵詰所の前に立っていた。


 手には、完璧に整えられた書類の束。


 『告訴状』。


 『証拠目録』。


 『被疑者供述調書』。


 『記録の魔石による映像・音声記録の証拠申請書』。


 全てが、法的手続きに則って作成されていた。


 詰所の扉が開き、衛兵隊長が現れた。


「何の用だ。こんな朝早くに」


「告訴状を提出しに来た」


 聖司は、書類を差し出した。


「被告訴人は、ハルド・フォン・ギルバート。罪状は、殺人教唆、および公務執行妨害」


 衛兵隊長の顔が、強張った。


「ギルバート顧問を……?」


「証拠は全て揃っている。刺客三名の身柄も確保済みだ。自白調書と、物的証拠もある」


 聖司は、静かに言った。


「これは、正式な告訴だ。王国刑事訴訟法第230条に基づき、捜査の開始を求める」


 朝日が、王都の街並みを照らし始めていた。


 夜の暴力は、終わった。


 そして今——法の光が、闇を暴こうとしていた。




第12話 完



次回予告


第13話「告訴——または、反撃の狼煙について」


「ギルバート顧問を告訴だと? 正気か」

「正気だ。証拠は全て揃っている」

「だが、彼は貴族院の重鎮だぞ。政治的な影響が——」

「法の前では、貴族も平民も関係ない。——そうだろう?」


——聖司の告訴状が、王都を揺るがす。

 条文の戦争は、新たな局面へ。

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