『裁判で、全てが終わった』
法廷は、思っていたより静かだった。
木の椅子の硬さ、紙をめくる音、空調の低い唸り。
あの日の雨音とは、まるで違う世界だ。
私は証言台に立ち、正面を見た。
――野村 海人は、そこに座っていた。
痩せた。
でも目だけは、以前と同じだった。
私を見ている。
相変わらず、私だけを。
検察官が事実を積み上げていく。
別れを告げた日時。
接近禁止命令。
自宅周辺での待ち伏せ。
職場への執拗な接触。
どれも、私が「もうやめて」と言った後のこと。
数字と記録にされると、
私の恐怖は、やっと言葉になった。
弁護人の声は、穏やかだった。
「被告は、深く傷ついていました」
「未練が、判断を誤らせたのです」
「愛情が、行き過ぎただけで――」
そこで、私は初めて彼を見た。
海人は、うなずいていた。
まるで、
やっと分かってもらえたという顔で。
私の番になった。
「被告に、暴力はありませんでしたか?」
「ありません」
「命の危険は?」
「ありません」
法廷が、少しだけざわつく。
でも、私は続けた。
「ただし」
声は、思ったより落ち着いていた。
「私の生活は壊されました」
「安心して眠れなくなりました」
「逃げても、追ってこられました」
私は、海人を見なかった。
見なくても、
彼が私を見ていることは分かる。
「それは、愛情ではありません」
一語ずつ、置く。
「私の意思を無視し続けた、支配です」
海人が、初めて声を上げた。
「違う!」
法廷が静まる。
「俺は、話そうとしただけだ」
「ちゃんと向き合えば、戻れた」
「あいつも、本当は――」
裁判官の声が、彼を止めた。
「被告。あなたの“本当は”は、
被害者の意思ではありません」
その瞬間、
海人の顔から、何かが抜け落ちた。
判決は、淡々と告げられた。
有罪。
執行猶予付きの実刑。
接近禁止の延長。
言葉は重いのに、
音としては、驚くほど軽かった。
すべてが、書類の上で終わる。
法廷を出るとき、
海人がこちらを見た。
最後に、目が合った。
彼は、泣いていなかった。
ただ、
理解できないものを見る目をしていた。
「なんで?」
そう口が動いたのが、分かった。
私は、答えなかった。
答えは、もう全部言った。
ーーーーーーーーーー
外に出ると、空は晴れていた。
あの日と違って、
世界は、普通に動いている。
私は深く息を吸った。
これで終わりだ。
彼の物語は、ここで閉じた。
私の物語は、ここから続く。
もう、
彼が入り込む余地はない。
ーーーーーーーーーー
法廷から三年後。
私は名前も住所も変えて春の街を歩きながら、
もう彼の夢を見なくなったことに、ようやく自分が自由になったのだと気づいた。
ーFinー
最後までお読み頂きありがとうございました!
良ければ次の作品でお会いしましょ〜^^




