『捨てられた男は、愛だったことを後から知る』
全5話構成です。お気軽にお読みください^^!
私が彼と別れた日のことを、彼は「突然だった」と言うらしい。
でも私からすれば、あれは積み重ねの果てだった。
遅刻、約束のドタキャン、浮気未満の女関係。
謝るのは口だけで、直ることは一度もなかった。
「好きだから許してくれるよな?」
その一言で、私の中の何かが完全に冷えた。
「もう無理。別れよう」
そう言ったとき、彼――野村 海人は、ぽかんと口を開けていた。
「は? 冗談だろ」
冗談じゃない。
私は荷物をまとめ、鍵をテーブルに置いて出ていった。
彼は追ってこなかった。
その時は、まだ。
ーーーーーーーーーー
別れて一週間後。
『お前、いつ戻ってくんの?』
海人からのメッセージは、まるで私が実家に帰省しているだけみたいな文面だった。
『戻りません。もう終わりです』
そう返すと、既読がついたまま返事は来なかった。
代わりに、深夜二時。
――ピンポーン。
ドアスコープ越しに見えたのは、酒臭そうな海人。
「おい、開けろって。話せば分かるだろ」
私はドアに背を預け、震える声で言った。
「帰って。もう関係ない」
「……なに言ってんだよ。お前がいないと、困るんだけど」
困る。
愛してるじゃなくて、困る。
私はその夜、警察を呼んだ。
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それから、彼は「変わった」。
少なくとも、表面上は。
「反省してる」
「もう女とも切った」
「カウンセリングにも行く」
共通の知人を通じて、そんな話が耳に入る。
でも同時に、別の噂も聞いた。
・私の勤め先の前に、よく立っている
・私のSNSを、別垢で全部監視している
・私と話した男を、執拗に探っている
気味が悪くなって、私は引っ越した。
なのに。
ーーピンポーン。
新しい部屋の前で、彼は待っていた。
「……なんで、ここが」
「だって、俺たちまだ終わってないだろ」
痩せて、目の下に濃い隈を作った海人が、にこりと笑う。
「お前が一方的に拗ねてるだけだ」
「違う。私はもう――」
「大丈夫」
彼は一歩ドアに近づいた。
「最初はさ、正直、どうでもよかったんだ」
ぞっとするほど、穏やかな声。
「お前がいるのが当たり前すぎて」
でも、と彼は続けた。
「失ってから、分かった」
彼のドアスコープ越しの視線が、私をなぞる。
「お前がいない世界、何も意味ない」
「……それは愛じゃない」
絞り出すように言うと、彼は首を傾げた。
「じゃあ何?」
次の瞬間、彼は泣きそうな顔で笑った。
「愛じゃないなら、なんで俺、こんなに壊れてんだよ」
彼は変わったんじゃない。
失ったことで、本性が剥き出しになっただけだ。
「戻ってこい」
彼の声は、懇願と命令の中間だった。
「戻らないならさ……」
彼はドアの鍵穴に口づけて、囁く。
「一生、俺の人生、壊した責任取ってもらうから」
私は理解した。
この物語は、
クズ男が改心する話でもなければ、愛していたと気づく話でもない。
捨てられた男が、“愛しているつもり”で狂っていく話だ。




