過去編3.急展開の六年目 後編
「……えっと……なんで僕?他の人の方がいいんじゃ?」
「大丈夫大丈夫。お前じゃなきゃ駄目だから」
(きゃ――っ!!伊織くんが近くにいるっ?)
「あーちゃん、私明日くらいには死ぬのかもしれない」
「そんなわけないじゃんっ!お気を確かに~?」
そうして、姫乃たちは鍾乳洞に向けて歩き出す。
後ろを振り向くだけで、伊織が見えてしまうのだ。なんてことだろう。
「……私、前世でどれくらいの得を積んだんだろう」
「ひなのんが前世で得を積んでないとは言わないけど、得なんて積まなくてもこれくらいできるでしょー?」
綾菜が呆れたような視線を送ってくるが、絶対にそんなことないと思う。
そうして、鍾乳洞に入っていく。
「わぁ……!」
(洞窟って感じだぁ……)
じめじめしている感じだ。ところどころ湿っている。
「うわっ!」
颯が大声をあげる。
「どしたん?」
「いや、水が顔にかかった……」
颯は苦笑しつつ、顔を拭う。綾菜は「あっはは。かわいそ」と笑っている。
それからも進んでいき、手持ちのデジカメで風景を撮ったり、謎にしりとりをしたりしていた。
そうして、鍾乳洞を出て、姫乃たちはエスカレーターを上っている。
順番は、颯、綾菜が前。そして、伊織。一歩後ろに姫乃、という感じ。
(流石に……隣は死んじゃうからね、はは……)
こうして、近くで後ろ姿を見れるだけでも眼福である。
「なぁなぁ、目瞑るからさ、降りるときなったら言って」
颯が笑ってそう言った。
「ふざけて言わないとかやめろよ」
「あはは、そんなことするわけないじゃん~」
綾菜はそう言うが、かなり棒読みである。颯は「マジでやめろよ」と言いつつ、目を瞑った。
颯が見ていないことを確認し、伊織はこちらを振り返る。
口元に人差し指を当て、笑った。悪戯をする幼子のような笑み。
(……あ、え。えっ!?顔が良すぎないですかねっ、伊織さんっ!!?)
ぶわっと顔が赤くなる気配がする。
やっていることは普通のことだろうが、自分を見てもらえたことに対して、そういう笑みを自分に向けていることに対して、もう私は死んでしまいそうだ。
もうそろそろ、一番上の颯がエスカレーターを降りる頃。
「マジで、ちゃんと言えよ……。…………うぉっ!?」
大声を上げて、躓きかける颯の姿に皆で笑った。
姫乃は、先程の伊織の笑みにより、かなり幸福感満載である。
「おー、珍しいメンバーだな」
エスカレーターを上がった先にいたのは、先生だった。男性で、若くてノリがいい先生だ。
姫乃、伊織が一年生のときに担任していた。そして、今は綾菜と伊織のクラスの担任である。
「せんせー、写真撮ってくださいよ~」
「めっちゃいいじゃんっ」
颯がニマニマと笑いながら先生に提案した。綾菜もそれに便乗する。
(わ、わぁ……まじか)
「ちょ、ちょっとひなのん?こっちじゃないんじゃない?」
今の順番は右から姫乃、綾菜、颯、伊織。
「い、いや……一緒に映れるだけでも幸せなので」
「とりあえず、これで撮っていいかー?」
そう言いつつ、先生はカシャカシャと写真を撮る。
「先生、もう一枚!」
颯が指を一本立てて、そう言った。
写真が終わったことで、並びを崩していたため、また並びを作り直すことになる。
(キャ―――っ!?)
なお、現在の順番は颯、綾菜、姫乃、伊織である。姫乃が死にかけるのは、分かりきっていたことだ。
そして、また先生が写真を撮った。
(変な顔してないか心配だぁ……)
「ん、いいんじゃないか。じゃ、ここ真っ直ぐ行って、お土産コーナー行ってな」
「はーい」
そう言って、姫乃たちは歩き出した。
◇◆◇
そうして、お土産も買い、バスに乗り込んだ。
隣は心蕗だ。
「姫乃ちゃんは、誰と鍾乳洞回ってたの~?」
「あ、えっとね、そのぉ……」
姫乃はこそこそと心蕗に耳打ちをした。
「えっ!!まじ?おめでとーっ」
「そうっ!まじで死んじゃうかと思った。心蕗ちゃんは誰と回ってたの?」
「私もねー」
ふふっ、と楽しそうに、幸せそうに心蕗は笑った。
そんな雰囲気の心蕗に姫乃は気付く。きっと、好きな人と回ったのだろう。少し前に、同じクラスの上平が好きだ、と言っていたのを思い出す。
「えっ、ホントに?あの人と?」
「そう~!お土産にこれももらっちゃった」
心蕗はお土産袋の中から海のキーホルダーを取り出す。イニシャルであるCの形をしていた。浜辺の風景に貝殻などがあって、とても可愛らしい。
「ホント!?脈ありなんじゃないっ?」
「そう~。ホント、もう楽しすぎてっ!」
幸せそうに笑う心蕗が可愛すぎて、姫乃はキュン死した。
「ちょっと飛行機が遅れるみたいなので、待っててください。このフロア内にいたらいいので、お土産とかも見てもらっていいですよ」
先生からそう声かけがあり、生徒たちは広がっていく。
姫乃はずっと立っていて、かなり足が限界だったので、椅子に座っておくことにした。
ぼんやりと、皆が楽しそうにしているのを見つめる。
(ホント、楽しかったなぁ……)
終わってほしくない。そんな気持ちが広がっていく。
(伊織くんとの距離も進展した気がするし!!)
ふと、窓際の方を見ると、デジカメを片手に男女で写真を撮っている子がいた。
(わぁ……すごいなぁ)
姫乃は誘える気がしない。伊織は颯など、友達と喋っている。そんな姿を見れるだけで、幸せなのだ。
「姫乃ちゃん」
そこには心蕗がいた。推しからのお声がけに姫乃は笑う。
「どうしたの?」
「姫乃ちゃんは、伊織くんと写真撮らないの?……私、さっき撮ったの、ふふっ」
「そうなんだっ!よかったね。……でも、私はいいかなぁ。喋ってるし……」
「そう?」
心蕗は眉を下げる。そのとき、綾菜と菜那がやってきた。
「やっほ~、心蕗、ひなのん」
「何の話してたの?」
「えっとね、伊織と写真撮らないの?っていう話」
「え、まじっ!?撮りなよ~!!」
姫乃は「いやいやいやっ!」と反論する。今日一緒に鍾乳洞まで回らせていただいたのに、ツーショットまで撮っていただくのは、流石に迷惑ではないだろうか。
(別に、伊織くんは私のこと好きなわけじゃないし)
「姫乃ちゃん、カメラあります?」
「えっ、いや、あるけど……」
姫乃は、この後何が起こるかも考えず、心蕗から差し出された手にデジカメを載せる。
その途端、心蕗は真っ直ぐ伊織の方に歩いて行った。
「えっ、心蕗ちゃんっ!?」
そんな姫乃の抵抗を、心蕗が聞くわけもなく、心蕗は伊織の肩を叩く。
「姫乃ちゃんと写真撮ってあげてくれませんか?」
(ひゃあああああ―――っ!!!)
伊織は振り向いてこちらを見た。心臓がバクバクとうるさい。多分顔が赤い。まだ五月だというのに、すごく熱い。
「……ぇっと、ぁの……」
「んと……いいよ」
(えっ。まさか、オッケーなの!?)
颯は綾菜から聞いたのか、ニマニマと笑って「ほら、並んでー」と乗り気だ。
ひとまず並ぶ。隣にいるという事実。それを確認しただけでも死にそうだ。
「もっと近づいて!」
(えっっ!?)
ということで、二人はほんの少し近付いた。
すると、姫乃の手が少しだけ伊織の手に触れた。
「……っ」
(待って。どうしよう、これ。やばい)
そうして、カシャカシャと何枚も撮られた。
「……えっと、あの、ありがとう、ございました……っ」
蚊の鳴くような声。
(あぁもう!絶対にお礼聞こえてないよね……最悪。私の馬鹿ぁ!!)
「ちょー良かったよ、姫乃!」
「うんうん、もう私まで嬉しくなっちゃったし」
菜那の言葉にうんうん、と綾菜も頷く。
姫乃はへなへなと足の力が抜けていき、その場に座り込んだ。
「私、もう死んでもいい……」
「いやいやっ!まだまだこれからだよ、姫乃ちゃん!はい、これ」
心蕗は姫乃にデジカメを渡した。
(これから、どうなるんだろう……。いやでも、あっちは意識くらいはされてるかもだけど、きっとこれより進展することはないよね……。うん、大丈夫。多分、大丈夫)
姫乃は真っ赤な顔のまま、そう自分に言い聞かせた。
綾菜「ねね、颯さー、めっちゃ連写してなかった?」
颯「おう、見るか?」
颯は十数枚は連写してました。
姫乃(何やってるの――!?)
次か、次の次で過去編は終わるかなって感じです!
これからも、姫乃と伊織のお話をお楽しみに!!




