4.結ぶ、私と貴方を
「あれ、姫乃さんだぁっ!」
伊織の家の前で、インターフォンを押す勇気が出ずにいた姫乃。
そんな目の前に現れたのは、須藤 藍。伊織の妹だ。
「こ、こんにちは……」
気まずさを覚えつつも、挨拶だけはしておく。姫乃にも弟がいるが、藍とは違う年だし、性別も違うので、顔と名前は覚えていても、話すのは初めてだった。
「あ、初めまして、かな?あたしは須藤 藍ですっ。よろしくお願いします!」
元気に微笑まれ、可愛らしいと感じる。
伊織と顔立ちは似ているが、笑い方がどことなく違う。
「えっと、初めまして。白藤 姫乃です。よろしくお願いします」
「はい!また日を改めて、たくさんお話してくださいっ。では、お邪魔をしては悪いので、あたし行きますねっ!兄をお願いします~!」
手を振りつつ、藍は走って行ってしまった。姫乃は軽く手を振っておく。
(可愛いなぁ……)
うちの弟も、あれくらい純粋だったらなぁ、と感じる。ひねくれているのだ、姫乃の弟は。
「気を取り直して……」
家には誰もいないと聞いている。
(大丈夫。大丈夫。私は伊織くんの彼女なんだから……)
そう思うだけで、恥ずかしくなってきた。
(伊織くん、まだ私のこと彼女って思ってくれてるのかな……)
今日呼び出された理由は特に聞いていない。
(も、もしかして別れ話!!?)
どうしよう。急に緊張がMAXになってしまった。
(……もうっ!どうにかなれっ)
勢いに任せ、姫乃はインターフォンを押した。ピーンポーン、といつもの音がする。
『はいっ』
弾んだような声がインターフォン越しに聞こえた。緊張している姫乃は気付いていないが。
そうして、なんやかんやと家に上がらせてもらい、姫乃は一人、伊織の部屋の中でちょこんと座っていた。
「おまたせ」
伊織は微笑んで部屋に戻って来た。手には二つのコップの中でお茶が揺れている。
「えっ、あ、ううんっ。大丈夫」
姫乃は必死に作り笑顔で対応した。
このところ、全く会っていない。付き合いだした頃。長期休みの後、伊織への耐性がよく減っていた。何回か話すことでなんとか克服するが、今日は一回目。そして、半年ぶりともなると、耐性はすでにお亡くなりになっていた。
だが、緊張する姫乃とは対照的に、伊織は楽しそうに微笑んでいた。
(なんで、そんなに可愛いんですかっ!!)
「ねぇ、姫乃。ちょっと、目瞑っててくれる?」
「え、あ、うん。分かった」
姫乃は言われた通りにギュッと目を瞑る。
何も見えない。当り前だが、伊織がどこかにいてくれていると思うと安心だ。
伊織が、そんな無防備な姫乃も可愛いと思っているとはつゆ知らず。
「……ひゃっ」
思わず、目を開いてしまう。伊織が姫乃のことを抱きしめたのだ。
「……好き。好き。大好き……。愛してる」
「へっ?あ、えぅ?」
頭が混乱しすぎて、変な、意味もない文字しか出てこない。
(伊織くんは、こんなこと言わない……)
好きと言われたのは、告白のとき以来だ。ましてや、「大好き」も「愛してる」も初めていわれた。
しばらくそのままにした後、伊織が姫乃と少しだけ離れ、顔を覗く。
伊織の瞳の中に、自分が映った。多分、姫乃の顔は真っ赤だろう。耳も顔も熱い。心臓もすごい速さで脈打っていた。
「かわい」
「っ!!?」
(伊織くん、壊れた……?)
再び、ギュウッと抱きしめられる。先程より、力が強くなる。短めの髪が首元に当たって、少しくすぐったい。
(もう、死んでも後悔ないなぁ……)
何度、そう思ったことか。伊織くんと何かある度にそう思っている。でも、そのときに死んでは今のこれはなかったのだと思うと、少し複雑な気持ちになる。
「そ、その、い、おりく――」
「僕はね、姫乃の全部が好きだよ。姫乃が笑ってるのも、怒ってるのも。優しいところも、友達とたくさん笑ってるところも。重いと思って、僕のこと大好きなのを隠してたのも。全部、全部」
(へ、へぁぅっ?い、伊織くんがおかしい……)
「ねぇ、姫乃は僕のこと好き?」
「す――」
「僕は本音で話したよ。だから、姫乃もいいよね?」
(うぅ……ちょっとだけ意地悪だぁ……)
そんなところも愛らしいと感じてしまうのは、姫乃が伊織のことを好きすぎるからだろう。
「……す、き。好き。大好きっ、です、伊織くん……」
詰まりつつも、言葉を紡ぐ。
一人ではあんなにスラスラ「好き」とか「愛してる」とか言ってたのに。心の中ではオタクのように、叫んでいたのに。馬鹿みたいだ。
一方、伊織は見たことがないほどに顔を赤くして、へにゃりと笑った。
(可愛いぃ……)
「……あの、聞いてもいい?」
「……うん」
「なんで、距離取ってたの?」
伊織はしばらく黙った。
「……その、かっこよくないっていう、噂を、聞いて……」
気まずそうにしどろもどろになって、伊織は姫乃から目を背ける。
「誰?その人」
「へ?」
「その人、誰?伊織くんをかっこよくないって言った人。目、腐ってるんじゃないの」
「え、あ、あの、姫乃?」
戸惑う伊織を、姫乃は映さない。姫乃の中では、激昂の炎が音を立てて燃えていた。
「ねぇ、伊織くん、だあれ?」
姫乃はニッコリと微笑み、柔らかく甘い声を出す。だが、色素の薄い瞳だけは何も笑っていない。それに「だあれ?」だけは酷く重い。
先程の初心な姫乃はどこに行ってしまったのやら。
「学校の、子だけど……」
「……まぁ、いっか」
急に明るい声が部屋に響く。伊織はその態度に安心した。
「伊織くんのかっこよさも、可愛さも、私だけが知ってればいいもんね」
ふわりと姫乃は微笑む。嬉しそうな、誇らしげな表情だ。
「……全く……敵わないな、姫乃には」
「ん?何か言った?」
「うん、大好きだなーって実感してた」
「っ!?」
姫乃の顔が一気に赤くなる。耳や首元まで真っ赤だ。
「わ、わ、わた――」
「綿?」
「っ私も、愛してるよっ……!」
伊織にしか効果のないとんでもない爆弾を落とした姫乃であった。
無論、彼女は無自覚で首を傾げていたが、彼氏の方は顔を真っ赤にして俯いていた。
◇◆◇
「姫乃~」
「やっほー、伊織。お疲れ様」
手を振ってやって来た伊織に姫乃は柔らかく微笑む。現在三月十四日。学校帰りだ。
あの日から、姫乃は伊織のことを呼び捨てで呼ぶようになった。
最初は双方慣れず、恥ずかしがっていたが、今ではもうなんともなくなっていた。
「ね、ね。ちょっとさ、カラオケでも行かない?」
「いいよ~、何か歌いたい曲でもあったの?」
「うーん、秘密」
嬉しそうに微笑んで、人差し指を口に当てる伊織。
(色気が駄々洩れなので、やめていただきたいっ……!)
どうしようもなく可愛いので、姫乃のHPはもうすでに残り僅かとなってしまった。
そうして、カラオケでの受付を終え、個室に入った。
「何の歌入れるー?」
「……ちょっとだけ待って」
伊織は笑って、スクールバッグから丁寧に、謎の紙袋を取り出す。
「……バレンタインの、お返し」
恥ずかしいのか、照れくさいのか、伊織は姫乃の目線を逸らしつつ、紙袋を渡した。
「えっ!ありがとうっ。……ってこれ、私が好きなお店だー!知ってたの?」
「一応」
「えっ、ちょー嬉しい。ありがとっ、伊織!」
姫乃はとびきりの笑顔を伊織に向ける。
「食べてもいい?」
チョコレートが大好物の姫乃はもう、色素の薄い瞳をそれはもうキラキラと輝かせながら、伊織そう問う。伊織の方が身長は高いので、上目遣いになっていることを、姫乃は知らない。
「全く。また可愛くなって……うん、どうぞ」
「やった!」
伊織の呟きなど聞こえていない姫乃は喜んでチョコレートを口に運んだ。ビターチョコレートだ。この苦さが美味しい。
(美味しい。美味しすぎる)
何故か、今日のチョコは少々甘さが強いらしい。何度か食べているが、ここまで甘かっただろうか?きっと、伊織からもらったからだろう。
「……ねぇ」
伊織がチョコレートに手を伸ばす。
(食べたかったのかな?)
「あーん」
「へっ……?」
「ほら、食べて?早くしないと溶けちゃうよ」
子犬のような目を向ける伊織。真っ赤になる姫乃。
しばらく視線だけの戦いがあったが、最終的には姫乃が折れた。
「ほら、あーん」
「……っ」
(あま……い)
じゃりじゃりした砂糖でも入っているのだろうか。苦さなんてどこかに行って、甘さだけが口の中に広がった。
「……」
そのまま、しばらくチョコレートの甘さを堪能した姫乃は、一つチョコレートを手に取る。
「どうぞ?伊織くん」
(こうなったら、お返しするしかないよね?)
姫乃は意地悪く笑った。伊織は驚きつつも、口を開く。
「へぅっ!?」
伊織はチョコレートごと、姫乃の指先まで口に含んだ。
「え、あ、え?ふぇ……」
「甘いね、これ」
伊織は自身の口についたチョコレートをペロリと舐める。
(私の彼氏、かっこよすぎませんか……)
食べたわけでもないのに、口の中が甘くなってきた気がする。ついでに、顔が熱い。
「かわい」
伊織は意地悪く微笑んだ。
そうして、姫乃のHPは0になった。
だが、これからも姫乃と伊織の幸せは続いていく。
完結ですっ!ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!!
これからは思いつく度、番外編を載せていこうと思うので、面白かった方はブックマークを押していただけると幸いです!星の評価やリアクションなどもしていただけると作者が泣いて喜びます。
このお話とは、全然ジャンルが違いますが、【聖女の復讐~復讐のためだけに生きるつもりだったのに他のことが楽しくてたまりません~】連載中ですので、ぜひ読んでください!




