2.承諾できないお願い
「ちょっと……さ、距離置きたいなって、思ってて」
「え?……なん、で?」
◇◆◇
(さぁ!今日は待ちに待った伊織くんと会える日!!)
心が弾みまくりである。
「ふんふん〜んっ」
弾んだ音符のつくような勢いで、姫乃は準備を勧めていく。
今回の行き先は中学校近くのカラオケ店。ドリンク、ソフトクリーム入れ放題、という学生にはありがたいお店だ。
カラオケ前の待ち合わせ場所にはもうすでに伊織がいた。
「おまたせ、待った?」
「ううん。大丈夫だよ。中、入ろっか」
受付を済ませ、姫乃たちは個室の中に入る。
「それで、話って?」
「うーん、後で話すよ」
そう言って、伊織はマイクを手にとって一曲目を入れた。
その後は、恥ずかしながら、姫乃はそのまま話のことなんて忘れて歌うことに熱中しだしてしまった。
一瞬で時間は過ぎてしまい、姫乃たちは家の方向へ歩き出していた。伊織はどうやら送ってくれるつもりらしい。
(話のことなんて忘れて、めっちゃ歌ってたーっ!恥ずかし……)
他愛もない話をポツポツとして、家のほぼ目の前にまでやってきた。
「あのさ、話っていうのはね」
「うん、なぁに?」
伊織がそう切り出す。
「姫乃は、僕のこと好き?」
(当たり前じゃん!大好きですが?愛してますが?)
と言いかけたのを抑える。重い女だと思われてはいけないのだ。
「……うん。好きだよ」
「……どうせ、嘘なんでしょ」
伊織のつぶやきが風の音で聞こえず、聞き返そうとしたとき、伊織が口を開いた。
「なんて――」
「ちょっと……さ、距離置きたいなって、思ってて」
(え)
「え……?うぁ、え、あ、待って。頭が追いつかないんだけど。どういうこと?なんで?」
「姫乃には待っててほしいな。……ごめんね」
伊織は眉を下げて微笑み、踵を返した。
「待って!ごめん、私に悪いところがあったんだったら直すから!ねぇ、伊織くんっ!」
姫乃がそう叫んでも、伊織は止まらなかった。
泣きそうな顔はそのままに家に戻った。自室に直行し、ベッドにダイブする。
家族――特に、からかってくる弟には会いたくない。中一となって、半ば反抗期となった優しくない弟はきっと泣いている姫乃を見てからかってくるに決まっている。
「……あぁ、もう最悪。絶対私なにかしたよね。あぁっ、もっと話せばよかった?ああぁあああーっ!!!もう……っ」
また涙が溢れ出す。ベッドにポタポタと涙が零れ落ちてシミを作っていった。
「ごめんなさいっ。ごめんなさい。ごめんなさい……!」
目の前に伊織がいるわけでもないのに、姫乃は許しを請うような言葉だけを口にする。
「……ごめんなさい、伊織くん……」
◇◆◇
そうして、何も連絡がつかないまま、三日が経過した。今は部活帰りの電車の中だ。
(私が連絡したら、もっと伊織くんに嫌われてしまいそうな気がする)
姫乃としては、自分のことを好きだから付き合ってほしいのであって、姫乃のことがもうどうでもよくなったのなら、情なんて捨てて、姫乃のことをきっぱりと切ってほしい。
(伊織くんが嫌なら、別れてもいい。伊織くんが幸せであることが私にとって、一番嬉しいことだもん。悲しいし、寂しいけど、他の人が伊織くんを幸せにしてくれるなら、伊織くんはそっちを選んでほしい)
伊織は優しすぎる。だから、姫乃は自分に対して、ただの情でまだ付き合ってくれているんだと、たまに思ってしまう。今はそれが顕著だった。
「次は――駅。――駅」
そんなアナウンスを聞き、姫乃は電車を降りた。そして、次の乗り換えの電車に乗り込む。
「あれ、姫乃じゃん。久しぶり」
そこにいたのは――森川 颯。国立の高校に通う綾菜の彼氏だ。
一応、適度な距離を取りつつ、颯の近くに止まった。
「……颯、久しぶり。なんでここに?こっちは高校の方向とは違うでしょ?」
「あぁ、まぁな。これだよ。父さんに頼まれて」
颯は腕にかけられたビニール袋を見せてくる。「ふぅん」と言って姫乃は視線を颯に戻す。
「そういえば、あーちゃんの遊園地の話、断ったんでしょ?私が誘われたんだけど、良かったの?」
「あぁ~、それはちょっとな。外せない用事が」
「ふぅん。ま、私たちは楽しんでくるね?」
からかうように姫乃はそう言い、颯は軽く姫乃を睨んだ。
「そっちはどうなんだよ。伊織とは」
「……っ、さぁ?」
はぐらかすつもりはない。正直に言ったつもりだ。
(だって、私にも分かんないんだもん)
「颯は伊織くんと連絡とってるの?」
「しょっちゅう」
「ふぅん」
姫乃の声に少しだけ羨望が混じった。いいな、とそう思っているんだろう。
「伊織くんは何か言ってた?」
「言ったら多分怒られるからやだ」
「そう言って、中学の頃はあーちゃん経由でいろいろ教えてたくせに」
伊織はいろいろなことを颯に話している。そして、颯から綾菜に回って姫乃まで話が回って来るということが何度かあった。
「一応、俺も選別はしてんの」
「あっそ」
伊織のことを聞き出すのはやめようと姫乃はきっぱり諦める。
「で、うまくいってんの?」
「私には分かんないよ。伊織くんが何を考えてるのか、全く」
姫乃は少しだけ本音を漏らした。
「そ。まだ、ちゃんと好きなんだよな?」
「何の確認よ?そりゃもちろん。六年間の想いをこんな一瞬で終わらせる気はこれっぽっちもないんだから。ま、伊織くんの気持ちを一番に尊重するけどね」
「ふぅん。……じゃ、俺まだ買い出し行かなきゃだから、ここで降りるわ」
「ん。じゃ、また」
颯に軽く手を振り、私はスマホを開く。
(伊織くんも、私のことで頭一杯になっちゃえばいいのに。私みたいに)
◇◆◇
今日は綾菜との遊園地だ。
「やっほ~、ひなのん!ちょー久しぶりじゃない?」
「ね!久しぶり、あーちゃんっ」
姫乃と綾菜は笑顔で再会を果たす。中学の友人の誕生日会が二月頃にあったので、約一か月ぶりだ。
それから、綾菜はキラキラした笑顔でジェットコースターを指差した。綾菜は大の絶叫好きである。
(昔は苦手だったのに)
「ねっ、ねっ。乗ろ?ジェットコースター」
「え、えぇっ……」
「前乗ったでしょ?楽しかったでしょ?」
実は夏休みに姫乃、伊織、綾菜、颯でダブルデートをしたのだ。ダブルデート自体は姫乃たちにとっては普通のデートより多い回数行っている。
「う、うん。分かった」
綾菜の圧力に押され、姫乃と綾菜はジェットコースターに乗り込んだ。
「う、うう……怖かった……」
「ごめんごめん。大丈夫?」
「多分。きっと」
姫乃は足がガクガクになりながら、近くにあったベンチに座る。
綾菜は「不安になる答えだなぁ……」と心配そうに姫乃を見つめる。姫乃はバッグからペットボトルを取り出し、ごくごくと飲む。
「ホントに大丈夫?」
「う、うん。もう大丈夫だと思う」
「一回休憩にしよっか」
そう言って、綾菜もベンチに座った。
「そういえばさ、颯から聞いたんだけど、伊織とはどうなの?」
「え……」
(口軽いな、颯!)
そう心の中で颯を睨んでおきつつ、姫乃は口を開く。
「正直な話、ね。伊織くんから『距離置こう』って言われてて」
「えっ!?あのひなのんのこと大好きな伊織が!?」
綾菜は驚いて大声を上げる。その後「ごめん」と大声を出したことに謝り、話を続けた。
「え、で今も距離置いてるの?」
「まぁ、そんなとこ。伊織くんが考えてることが分かんなくて」
「そっか……」
綾菜は何か考えるように黙り込んだ。
「……でもさ、多分大丈夫だと思うよ。伊織はひなのんのこと大好きだもん。こんなこと言えた義理じゃないかもだけどさ」
「……ありがと、あーちゃん」
姫乃は眉を下げて微笑んだ。
書いてる私まで苦しくなってきました。




