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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
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2新き仲間


「どうしよう」


 シワクチャな顔をしたアリオストロが食堂にてそういった。

 現在時刻は早朝。混雑を考慮して早めの時間に起き、身支度を終えて食堂へとやってきたメアリーたちは開口一番にどうしようもないことを言うアリオストロに、揃ってため息を吐いた。


「なんでそんなに冷たいんだよう」

「いや、そりゃあ、どうしようもないことを言うから」

「まずはご飯を食べ終わってからお話といきましょう」

「空腹では良い案も出まい」

「へロスさん……」


 トドメというようにへロスに言われた言葉に、アリオストロはさらに小さくなる。

 でも、だって、と女々しく繰り返すアリオストロを見て、ちゃっちゃとメアリーとローランド、へロスは食事に手をつけ始めた。

 今回の朝ごはんはパンとトマトスープ、牛乳だった。香ばしい焼き立てのパンの香りが鼻を擽る。一瞬、見えた幻覚を無視しつつ、メアリーはぱくぱくと口を動かして食べ、飲み込む。


 アリオストロも現状に嘆くのはもうやめたのか無言でパンに手を伸ばして齧れば、黙々と頬張って食事をした。


 暫くして全員が食べ終わり、牛乳を飲み干すとメアリーとローランドの目が厳しくなった。


「本題に入ろうか」

「はい、コロシアムの件ですよね。参加するか、非参加するかここで決めるのが吉だと」

「その前にコロシアムについて詳しく聞きたい。へロスさんコロシアムのルールってどんなものか教えてもらってもいいですか?」

「ああ」


 突如雰囲気が変わったメアリーたちに、アリオストロはびょっと肩を跳ねさせる。

 なんだか「俺の時は話聞いてくれなかったのに」とムニャムニャ言っているが無視だ無視。メアリーはへロスに情報を聞くために視線を動かした。

 それに答えたへロスは最初に断りを入れるように「貴殿らには無理だ」と言った。

 その目は愚弄しているわけではなく真剣そのもので、明らかに冗談でもジョークでもないことをこの場にいる全てのものが理解できた。


 理解できたが納得できたかは別の話である。


「それはなんでか聞いても?」

「コロシアムのルールは一対一。相手が降参というまで、もしくは死ぬまでが勝利条件だ」

「無理だ」


 ローランドの問いにへロスはすんなりと答える。

 その言葉の強さにアリオストロはすぐさま反射的に反応した。

 確かにメアリーもそれならば無理だと思ったが、そんな早くいうものだろうか、取り敢えずアリオストロの脳天に向かって拳を振るう。寸前のところで避けたアリオストロは「理不尽だ!」と叫んだ。


「最初からできないとかいうな」

「いや、どう考えたって無理があるだろう!!」


 確かに、チーム参加であれば勝率はあっただろう。

 今まで通りメアリーとアリオストロが時間を稼いでローランドが魔術をブッパする。単純であっても強い戦い方。リトスに来るまでの間で身につけた経験はそれなりにメアリーたちに自信をつけさせた。だが一対一になれば話は変わってくる。反射的に一撃目を防いでくれるアリオストロはいないし、相手の懐に入りすぎたアリオストロの首根っこを掴んで投げてくれるメアリーはいない。そしてトドメを刺してくるローランドだっていない。


 だけどそれはそれこれはこれだ。


 負けることを前提に考えて戦う奴がどこにいる。

 ギャンギャン騒ぐアリオストロを前に「ああ、別にアリオストロは英雄気質ではなかったな」と悟る。だがこの負け犬根性は気に入らない。杖を持って追撃でもしようかと思ったとき、対面に座ったローランドが「あの!」と声をかけた。


「私も、ずっと考えてました。今回の件はジャックさんのいう通り出ることで名声を得られます。その利益を考えれば、私は出るべきと思ってます」


 ローランドの正論にメアリーたちは静かにローランドを見る。

 胸元を不安げに握るローランドは、その視線に戸惑ったように不安そうに目を動かしながらぽつりぽつりと続ける。


「だけど、死ぬ可能性が少しでもあるのなら、別の方法を探したほうがいいんじゃないかって……アンジェリカさんたちが死んだ今、私たちの命が保障されないことが明確になりました。ジャックさんは正規の方法で出ないと言っていましたが、そのウィリアムさんが出ないとは限りません……なら尚更私たちは慎重になるべきです」


 そう、確かにそう考えればローランドの言葉は正しい。

 何もコロシアムで得る名声が全てというわけではない。だが、時間がないのも確かだ。他の戴冠者……フロンやランがどこかで名声を手に入れられれば追い込まれるのはこちらだ。


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 悪魔がメアリーにそう語りかける。

 思わずメアリーは立ち上がった。それに皆の視線が一気に集まる。それを感じながらも、急いでメアリーがトイレに駆け込めば反応が遅れたのか誰も追っては来なかった。


 今の考えはなんだ。


 メアリーは己の脳に向かってそう語りかける。

 仲間に向けるべきではないだろう合理的判断。他人の死を作戦に入れた計略。そしてそれをなんともないというように思いついた自分。それらの全てが信じたくなくって、それらの全てが受け入れがたかった。

 大切な仲間なのではないのか、志を同じくする同志ではないのか。

 決してその命は軽いものではないはずだ。


 メアリーは洗面台の前でそう考える。

 洗面台のテーブルに両手をつき、恐る恐るというように眼前にある鏡を見た。


 そこにあったのは青髪の十六歳の少女ではなく、黒上黒目の女性。

 その顔はうっそりと笑っており、同時に目は笑っていなかった。メアリーは目を見張る。幻覚を前に立ち止まったともいう。


 短く息が切れるのを感じながら、メアリーは「は、は、はー」と息を吐き出した。


 そういえば、メアリーは今まで明確に思考してこなかったがアリオストロが死のうがローランドが死のうがどうでもいいというような作戦をよく考えてきた。コネクターとの初戦も、軽率な考えと自分を責めてはいたが、その芯の中にはこれで死んだらそれまでというような考えがあった。あってしまった。


 それを当然だと、まるで呼吸するように考えていた。


 それがいかに異常なことか、自身の生死にさえ碌にこだわりを感じなくなっていた。スキロスの一件だってそうだ。ローランドが振り返ってくれなければ、アリオストロが告解してくれなければ、メアリーはスキロスの死を事務的に処理していただろう。

 己の思考回路はおかしいのだ。

 違う、思考の癖と言えばいいのか、もっと本質的なところを突けば鶯鳴の思考回路がおかしいのだ。


 一体今まで何をしてきたのだろうか、どのタイミングでメアリーはおかしくなってしまったのだろうか、メアリーは鏡に映るもう一人の人物を唖然としながら見てそう思う。そこで思い出す。あの言葉を。


 このからだはわたし。

 わたしというからだ。

 これがわたしのきおくで。

 わたしはわたしになる。

 わたしはわたしのきおくからはいでて、

 わたしはあなたのかわりにいきたい。


 今までメアリーは鶯鳴という人物の模倣として生きていたのだ。

 そして今やっと己の全てが侵食されていたことに気がついた。気がついてしまった。


 気が狂いそうになる。頭がおかしくなる。この思考は、この心は、この体はいったい誰のものなのか、私は一体誰なのか。


 メアリーは抜け出せない思考の渦に飲まれる。

 耳の奥からキーンという音が鳴って、瞬きをした次の瞬間に映ったものは歪に笑う己の姿であった。

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