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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
97/119

4コロシアム


「後ろ盾のない君たちを民衆が祭り上げるんだ」


 ジャックの次なる一言にメアリーは表情を硬くさせた。

 現在この空の国で王になる手段は、現状生きてる全ての戴冠者に認められること。そのためには残る戴冠者を殺すか、アリオストロでなければならないという空気にするかの二つの手段しかない。

 

 一つ目の手段はアリオストロが嫌うだろう。

 二つ目の手段しかなければ何か民衆にアピールする場が必要だ。


 ただ優しいだけでは偉業にも英雄譚にもならない。

 それどころか王なんて祭り上げてくれるかもわからない。ならばどうするか、その問題がメアリーとアリオストロ、ローランドの前に立ちはたがる。今のところジャックのいうコロシアムでの優勝は一番その道に近い。だが、そこには命の危険性が彷徨っている。だがそうでもしなければ、後ろ盾のないメアリーたちが有名になれるとは思えなかった。


 ジャックの思い通りに行くことが嫌だ。


 その生理的嫌悪感がメアリーとアリオストロ、ローランドの中にある。

 だが一理あることも確かだ。これを断ったとして、それで自分たちはこれからどうすればいいのか、身の振り方を決めていないメアリーたちはうまく答えることができなくなった。


 そこに、へロスが水を差した。

 勇猛な戦士を夢想させるほどの圧力を持った雰囲気で、まるで気圧するようにジャックに向けて言い放つ。


「この子達を出させるとするのなら、代わりに俺が彼らのために出よう」


 その発言はこの場にいる誰もが想像し得なかった言葉であった。


「へロスさん!?」

「最初から出るつもりであった。それは己を試すためにも非常に貴重な経験となるだろうと思ってだ。だから、守られる子どもであるお前たちがでなければならないのであれば、その理由があるのならば、同乗の恩もある俺が出よう」

「いや、同乗って、そんなもので命を賭けるヒトがいるか!」

「いる。ここに」


 メアリーの驚愕に濡れた言葉にへロスは頑なに答えを変えないというようにそういう。

 意味がわからない。そこまでメアリーたちにする必要はへロスにはないだろう。それなのに、なぜ進んで棘のような道を、面倒くさいだけの戴冠者との関わりを持とうとするのか。

 まだ次期王候補になりたいからならわかる。

 でも、次期王候補がアリオストロだと知っているはずだ、知っていて尚この態度なのだ。


 メアリーは理解できない。

 鶯鳴の記憶を漁っても、このへロスという男の信念が理解できなかった。


「我が師からの教えだ。未来を進む子どもを守るのが大人の役目だと」


 その言葉に「へぇ」と口を開いたのはジャックだった。

 彼は今までしゃんとしていた背中を背もたれに寄りかからせて、それから態とらしくパチパチと手を叩く。

 呆気に取られるメアリーとアリオストロ、ローランドを置いて、二人は大人の話し合いを始める。


「俺が勝ち進み、お前に賞品をくれてやる。それでいいな」

「……うん、僕的には賞品が元に戻ってウィリアムの被害を抑えられればいい」

「その言葉に二言はないな」

「勿論とも。やけに疑い深いね」

「お前からは狂乱の香りがする」

「ほう、不思議な話だ」


 へロスがジャックを警戒している。

 狂乱の香りとはどう言った意味なのかわからないものの、よくないものと漠然と感じ取ったメアリーは視線を二者の間で彷徨わせる。

 なんというか、今まで感じていたジャックへの不明瞭差が言語化されたようなそんな感覚を得る。それと一方でその危うさ……言葉にしてしまっても良いのかという漠然としない不安が喉元にこみ上げてくた。


「全ての決定権はアリオストロだ。貴殿がコロシアムにて栄誉を得たいのならば代わりに俺が剣となろう。だが、そんな血生臭いことをしたくないというのであれば、この話はここで俺が切ろう」

「あれ、僕の交渉ターンって回ってこない感じ?」

「回らせん。お前は願い出る立場なのだから、強制することはできまい」


 へロスの黒い目がアリオストロを貫く。

 それに一瞬たじろいだアリオストロは、けれどなんとか立ち直って、そしてまたしおれるような声を出す。


「栄誉は必要だと思う」


 アリオストロの言葉にはメアリーは同意見でしかない。

 だが、それ以上の言葉に対しても理解を示せる。


「だけど、へロスさんを巻き込むのは、違う気がする」


 そうそれだ。

 これはあくまでもメアリーとアリオストロ、ローランドの旅だ。それに現地人であるへロスに力を貸してもらうまでは納得できるが、それに頼りっぱなしなのはメアリーとて思うところがある。

 命を張る戦場に送るという行為も仲間だから信頼できるとか信用できるとかじゃなくて、頼れるのだ。同じ志を持って、同じ理想を抱いたから、それを目標とするのだから頼れる。対等だからこそ、ヒトはヒトを頼れるのだ。


「俺はもっとこれについて慎重に考えたい」


 アリオストロの言葉にジャックは「ほう」という。


「でもコロシアム開催までには時間がない。しかも参加期間は明日までだ。僕はここで決めてしまった方がいいと思うけど」

「それでも!それでもこれはメアリーやローランドと話し合って決めたい」



 現在時刻はもう夕方を回っている。

 残された時間は少ない。そうはわかっているが、メアリーもローランドも概ねアリオストロと同意見だった。

 アリオストロはジャックから視線をへロスへと向ける。アリオストロの瞳がへロスの瞳と交わるとき「ありがとうございます」とアリオストロは頭を下げた。


「今答えを出せなくてすみません。でも、事情を知らないへロスさんを巻き込むことは申し訳ないと思ってます。だけど、味方をしてくれるって言われてとてもうれしかったです」

「……子どもが難しいことを考えなくていい、だが貴殿の考えはとても良い、俺としても力になりたいと思う」

「へロスさん……」


 話がまとまった。

 メアリーとローランドは計ったように目を合わせる。それから双方頷いて、メアリーは手を叩いてこの部屋にいる全てのものの視線を集める。


「ということで、この話は持ち帰らせてもらいます」

「後日、いえ、明日には答えを持ってここに来ます」


 メアリーの言葉に合わせるようにローランドがそういう。


「ふふ、わかったよ。じゃあ、明日を期待して待っているよ」


 その答えにジャックは納得してくれたらしい。

 メアリーとアリオストロ、ローランドは知られないようにホッと一息吐いてから「アスター宿場連盟の他の宿って知ってますかへロスさん」という。その言葉に目を丸くさせたへロスはそれからジャックを見て、彼がいれば休まれないかと悟り「ああ、知っている。案内しよう」と語る。


「ええ、ここにも空き部屋はあるのに」

「そのジャックさんがいるところは……」


 遠回しのローランドの拒絶にジャックがピシリと固まる。

 ちょっと遠回しが直球すぎた。カーブの入ったストレートがジャックの心という的に思いっきり入ったのだろう。

 態とらしく「ヨヨヨ」と泣くジャックにメアリーは鼻で笑う。


「じゃあ、また明日」

「ああ、気をつけて」


 アリオストロの言葉にそうジャックが返してからメアリーとアリオストロ、ローランドにへロスは席を立った。

 西に沈む青白い太陽が平等にヒトビトを照らす中、四人は別のアスター宿場連盟の宿に向かって歩を進める。ヒトビトの帰路に向かう足音が、耳小骨を揺らす中、ローランドの何度目かの「ありがとうございました」という言葉が響いた。


 その向けられた相手であるへロスは、困ったように頬を掻いて「何度も言うが師匠の受け売りだ」と言う。


「その、もしよろしければ、旅の話でもへロスさんにしたいんだけど」


 照れるへロスにメアリーがそんなことをいう。

 アリオストロの精神的負担を減らすために気を紛らわせる方法を苦渋の判断で決めたのだ。楽しい話もすれば、もしかしたらいい案の一つでも思いつくかもしれない。そんな軽い気持ちで問うてみたら、へロスは目を丸くさせてから微笑んだ。


「ああ、俺も貴殿らの話を聞きたくなってみた」


 夜の帳がゆっくりと降りる。

 青白い太陽が沈むまで、彼らの話し声が尽きることはなかった。

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