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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
96/119

3コロシアム


「おっと、危ないね」

「つい、うっかり」

「ついうっかりで殴って来る戴冠者は君だけだよ」

「褒め言葉として受け取っとく」


 メアリーがそう言いながら杖を仕舞えば、ジャックは怖いとも思っていないくせに体をわざわざ身震いさせて「暴力的だね」という。暴力的にもなるだろう。今メアリーたちが持ちかけられているのはなんの旨みもない、ただのジャックの我儘に付き合わされるだけの依頼だ。ジャックの都合のために死ぬかもしれないコロシアムに挑戦して、勝ち抜き、そして賞品を返す。


 この条件で「はい、わかりました」というバカどこにいるのだろうか。


「やらないかい?弾むよ?」

「弾もうが、弾まないだろうが死んだら依頼料金もらえないんだよ」

「メアリーが正論だな」

「うんうん」


 段々と調子が戻ってきたメアリーの言葉に同意するアリオストロ、そして激しく頷くローランドにジャックは「ちぇ」と小さく不満を漏らした。

 メアリーは呆れた顔で「じゃあ」という。


「あんたが出ればいいだろう」

「僕が指名手配犯なの忘れた?」

「忘れてはないけど、無礼講で許してくれる……多分……きっと」


 ジャックは苦笑いを浮かべながらキセルを軽く回す。

 何かの予備動作というわけでもなく癖なのだろう。回すように指先で弾きながら自由自在にキセルを動かし始めた。


「できたとしても僕がいるとあいつが出てくるからね」

「そもそも、そのあいつってのは誰のことなんだよ」

「うーん……それは君たちの目と耳で感じ、肌で知ってほしいな」


 それになんの意味がある。

 情報は新鮮であればあるほどいい。何事も鮮度というものがあるのだ。それをあえて伏す意味がわからない。いや、最初からこのジャックという男は肝心なものを隠すのが好きだったなとメアリーは思い出す。秘匿は控えろと言ったはずだが、これがジャックの悪癖であるのならば、治ることは到底見込めないだろう。


 ということは、結局この男は喋らないな、メアリーはそう結論づける。


 ならこの押し問答も意味をなさない。さっさとこの場を去ってしまおうか、そこまで考えたが、次の言葉でメアリーは呆気に取られることになった。


「でも、君とは重要情報を秘匿しないと約束したからね。彼はウィリアム。ウィリアム・アルベリヒ・ルー。間違いなくこの世界で一番強い男だ」


 まさか答えてくれるとは思わずメアリーは目を点にした。

 それからバッとジャックを見る。そうすれば「心外だな」というような表情を浮かべたジャックが「約束は守るよ。商人だからね」とウインクまでして言ってくる。

 思わず唾でも吐いてやろうかとメアリーの苛立ちに火がつきそうになった時、興味を持った様子で「最強か」と零したへロスに視線がゆく。へロスは強さに拘りを持っているのだろうか、それとも何かしらの因縁でもあるのか、そんな仲間でもない相手に対して持つべきではないだろう関心を向ける。


「そう、正直認めたくはないが彼に太刀打ちできるヒトはいないだろう。だからこそ、優勝者はどのタイミングでだかは知らないが、必ず殺される。殺され、優勝賞品は奪われるってことさ」


 それが決められた運命だというようにメアリーたちにジャックはいう。


「それでは目覚めが悪いだろう?でも、コロシアムに関与するとは決まってしまったことだし、今更賞品を変えるなんて誰も納得しない。民意というものに認識された時点でもうこの運命は確立されてしまったんだよ」


 難しい言葉だ。

 民意とか認識とか運命とかよくわからないが、所謂大人の都合というものだろう。

 だからって、それで動くと思っているのか、何度目かの思考の結果に毒を吐く。


「関係のない、むしろ何も知らないヒトが死ぬ。アリオストロ、そんな理不尽を許せると思うか?」


 ああ、そういうことか、メアリーはジャックの思考を理解できた。

 そしてその言葉にアリオストロがめっぽう弱いことを知っている。それを揺さぶりに来ているのだと理解して、メアリーとローランドは微笑んだ。メアリーたちなりの精一杯の威嚇である。


 いや圧と言えばいいのか、まぁそう言ったものが含まれた笑顔を向けられたジャックはどこ吹く風の様子でにこやかにアリオストロだけを見ている。


 当のアリオストロといえば、沈黙を貫いていた。

 それは熟考していたからで、アリオストロの中にはヒトの命と自分の命を計るための天秤が目の前に用意されているような気がしていた。躊躇なくその天秤に命を乗せれたであろう。――今までのアリオストロであれば。


 だが今のアリオストロは違う。

 シモンに聞いた理不尽なまでの命の重み、所詮書類の上では被害者が一と書かれるだけの現実を知った。だからこそ、犠牲になると知っているのなら、アリオストロは自分の命をとった。自分の命を大切にすることでメアリーやローランドの命をひっくるめて大事にしたともいう。


 けれどアリオストロの内には救えるヒトは救いたいという願望がある。

 そう言った矛盾を前にアリオストロは目を回していた。


 一向に答えないアリオストロにジャックは訝しげに、メアリーは「成長したな」と思いながら、ローランドは感嘆していた。

 事情の知らないへロスだけが、常に訴えかけるやり方に不服を持った表情をする。

 しばらくその状態で無言の時間が続いたところでメアリーが焦ったくなって口にした。


「うまく話そうとするんじゃないよ。思うままに話せ」


 そう促され、アリオストロは少しだけ困ったような表情をしてから、オドオドというように口を動かした。


「ヒトが死ぬのは……よくないと思、う」

「うんうんそれで?」

「急かすな」


 首を突っ込むように頷くジャックにメアリーはすかさずそういう。

 隙も暇もない様子に警戒する猫のようにメアリーは睨んだ。


「だけど、それに俺が変わるってのは……間違ってる……だって便宜上は何も変わらない、一人死ぬはずだった奴が、俺になっただけ」

「……」


 押し黙ってアリオストロを見るのはへロスだった。

 年齢の割に成熟した考えを持つアリオストロに感心していたのだ。へロスは迷うように視線を彷徨わせ、それからもう一度アリオストロを見る。


「だけど君たちが勝ち抜き、僕らに賞品を返してくれたらその被害も出ない……という話だったけど?」


 ジャックの横槍に、メアリーとローランドが眉を顰める。

 勝率があると思っているのだろうか、メアリーとアリオストロ、ローランドの三人に、それも本気で。


 武術を極めたものに、それこそコロシアムに参加表明しているへロスに勝てるイメージが湧かない。

 それだけでメアリーたちが勝つ道は無くなっただろう。参戦前に心が負けているのだから、すでに心が負けている時点で肉体が勝てるなんて希望的観測は得られない。


 それに命の価値が違う。


 メアリーとローランドは戴冠者でアリオストロは次期王候補だ。

 易々と殺されてはいけない。それどころか進んで死にに行くような行動はこの旅の目的を無に返す行為である。王になる前に死んでどうする。戴冠の儀に関係ないことはできるだけ避けたい。


 そして情報を信じるのならアンジェリカとアーテニーが死んでいる以上、メアリーたちがリトスにいる必要はない。


「勝てる確証もない、勝っても意味がない、勝ったところで賞品もない。ないない尽くしに付き合うほど私たちは暇ではない」


 メアリーがそう口を挟めば、ジャックはうっそりと微笑んだ。

 その言葉を待っていたかのような姿にメアリーは「ウゲ」と顔を歪める。


「価値はあるよ。君たちが優勝すれば、民衆は君たちの味方になる。戴冠者として、次期王候補としての箔がつく」


 せっかくリトスに来たのに、何もせず帰っていいのかな?

 暗にそういうジャックを前にメアリーとアリオストロ、ローランドは何もいえないかった。だってその言葉が正しいと理解できてしまったから。


 

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