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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
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2コロシアム


 ジャックの言葉に荒ぶるかと思われたへロスであったが、へロスは感情の読めない表情でジャックを真っ直ぐに見る。

 それからやや俯くように顔を動かして、強い眼力によってジャックをこれでもかと睨んだ。

 その様子に恐れや畏怖など感じないと言ったようなジャックが、キセルをフラフラ動かす。沈黙の時間がとても痛かった。メアリーとアリオストロ、ローランドは次にへロスがなんというか、どう行動するか、その挙動に焦りと困惑とそれから不安を感じていた。


 どうしてここまでへロスが怒るのかわからない。

 言ってしまえばそういう感情が、アリオストロとローランドにはあった。

 彼らは見た目年齢と変わらぬ精神性を持っている。だからこそ大人の事情は知らないし、理解できないし、大人の倫理観についてわからないでいた。では、メアリーは、鶯鳴としての記憶を持つメアリーはどうなのかといえば、メアリーはメアリーで別の意味で理解していなかった。


 だってその行動は合理的ではないからだ。


 シモンのように正義感を持っての行動なら理解がまだ及ぶ。けれど合理的でない、理解ができないもので語るヘロンを真っ当ではなかった鶯鳴が理解できるはずもなかった。


「俺は去るつもりはない」


 どこかで懐かしい香りが鼻をくすぐった。

 メアリーはこれを幻覚であると理解している。加えて、それが過去の想起であることも理解していた。

 メアリーがつまりは鶯鳴だった時のこと、鶯鳴は子どもへの……他人への共感性を欠如していた。今思えばの話だが、鶯鳴は人として何かが欠損していた。それは容姿とか、性格とかではなく、人と言う基盤になくてはならないもの、あえて言葉にするなら倫理観とか共感とかが欠如していた。


 それがどうというわけではない。


 誰かを殺したり、誰かに迷惑をかけていたことはない。犯罪的行為も進んでやるような性格ではなかったし、それどころか人を救う職業に就き、それを己の誇りとして考えいつもそれを第一に行動していた。

 だから医学の進歩をいつも気にしていたし、神を造るなんて暴挙にも出たのだ。


 そこに他人の為とか、苦しむ人々のためとかそう言った感情はない。

 タスク。そうタスクだ。鶯鳴にとっては医術とはタスクで医学とはゲームであった。


 だから未知の病を見つけるのは楽しかったし、手術は何よりも面白かった。

 そしてそれらの娯楽がなくなることを一番恐れていた。


 だから大人の責務とか、責任とか子どものために動かないと行けないと心の底から言えるへロスに疑問が湧いた。

 それの何が楽しいのだろうか、それの何が面白いというのだろうか、シモンのように正義という行為に()()()()()()()()()のならまだしも、どうしてそこまで動こうとするのか、そこまで考えてブリキの人情が動くようなそんな曖昧な音が心のうちで鳴るのを感じた。


 それは嫌な不協和音。

 ギチギチという音を鳴らして、鶯鳴という部分に語りかけるように、そして咎めるように囁く。


 どうしてそんな考え方しかできないの、どうしてそんな酷い事を考えるの、どうしてシモンさんの正義を娯楽として捉えるの、どうして……それはスキロスの件でメアリーが感じた懇願を想起させる考え方だった。鶯鳴の時には感じたこともない感覚。罪悪感と呼べばいいのか、それとも後悔と呼べばいいのか、もしくは羞恥心と考えればいいのか、いくつも候補は出てくるけどやっぱりメアリー(鶯鳴)には難しかった。


 それらを理解するには心が幼過ぎていたし、三十年まで生きたどうしようもない生き方を変えることはできない。


 例えそれを理解できる成熟した十六年の経験があったとしても、やはり三十年の方が重かったし、今や色褪せた十六年はなんの役にも立たなかった。できるとしたら、ただただ三十年生きた鶯鳴に十六年生きたメアリーが問いかけるだけ。


 どうしてそんな考え方するの、どうしてそんなことをするの、どうして認めないの、どうして、どうして、どうして。


 メアリー(鶯鳴)では答えられない言葉を並べて堂々巡りの迷宮に誘う。

 そういう時決まって「メアリーを殺した」と言った雄弁な黄金色を思い出すのだ。


 結局何が言いたいかといえばメアリー(鶯鳴)はだから真っ当な大人というものを理解できないのだ。


 だからへロスに対して疑問を抱く。

 わからない、どうしてそうなったのか、どうして自分の如く怒るのか、それがわからないから困惑する。わからない、けれど今の自分(メアリー)には理解できるから不安で胸がいっぱいになった。


 こんなこと鶯鳴のとき感じたことがなかった感情だ。

 鶯鳴としてのメアリーはそれを感じていなかったはずなのに、今更になって大人がどうあるべきかを理解してしまっている。そのせいで今まで無視してきた自分の思考回路を恨まずにはいられない。


 身に覚えがあるかと言われれば首を傾けるだろう。

 だけど、ああ、一つあるとするのであれば、例え比重として三十年が重くとも、大きな水面に小石を落とせば波紋が広がるように、小さな十六年が三十年生きた鶯鳴を変えてしまったのだろう。


「もし貴殿がどうしてもこの三人にコロシアムに参加してほしいと願い出て、それを是というのであれば、代わりに俺が出よう。死地に易々と未来ある子どもが向かうなど、俺の目が黒いうちにはさせない」

「……君、とっても面白いね」


 理解できない大人が、でも守ってくれる大人が、代わりというようにジャックに交渉する。

 そうすれば楽しそうに笑うジャックが緩んだ口から言葉を紡ぐ。


「優勝賞品を狙ってやつは来る。必ずだ。今だって僕が保管してなかったら、きっとすぐに保管場所を突き詰めて襲ってきただろう」

「優勝賞品を持っているのですか?」

「ああ、もちろん。提供は僕たちアスター宿場連盟からだからね」


 唐突に落とされた爆弾にアリオストロとローランドが「え゙」と反応する。

 メアリーは自分の中の矛盾と戦っていたため話半分で聞いていた為それほどの反応はない。そんなメアリーを訝しげに見ながらもへロスは「コロシアムを辞めればいい、もしくは優勝賞品を変えればいい」と口数少なくそういう。

 それにものすごい勢いで頷くアリオストロとローランドにジャックは首を横に振った。


「それはできない」

「なぜ?」

「それはこの優勝賞品が言わばとある人物を表舞台に立たせるための餌だからだよ」


 確証の得ない言葉にへロスが眉間に皺を寄せた。

 ピンときたのはローランドだった。ローランドは少し伏せた後思い出したかのように顔をあげる。


「もしかして、ヒト探しの件ですか?」

「そうそう、君たちに元々頼んでいたヒト探しの件。その探しビトがこの賞品に連れられて出てくるかもしれないんだ」


 ジャックのまるで魚を釣るような発言にアリオストロはぎゅっと眉間に皺を寄せる。


「もしやそのヒトが逃れモノとか?」

「そんなことはない、むしろもっと高貴なヒトだよ」

「そのヒトと賞品の関係は?」

「どうやら昔所持していたらしい」


 そこでアリオストロは「盗まれた?」と確信めいた目で聞いた。

 それににっこりと笑顔で返したジャックは出来のいい生徒を褒めるように「正解だよ」という。


「盗品ってことでしょう?それを景品にするなど……」

「僕らはあくまで知らなかったことにするから平気、平気」

「そんなものを求めるモノは一体何者なんだ」


 話を引き戻すようにへロスがそういう。

 そうすれば、これまた苦虫を潰したような表情でジャックは「各地の盗品を強引に奪ってる盗賊……かな」と答えた。答えのわりに本人も曖昧に疑問を残したまま口にしている。


「僕はこの賞品でとある人物を探したい、けれどこれを出せばとっても強い盗賊が出る。そうして考えたんだ、なら賞品として出して僕の息がかかったヒトに賞品をとってもらって返してもらえれば被害ゼロで僕は彼女に会えるかもしれない。会えなかったとしてもまた同じ賞品で彼女が姿を表すまで待てばいいとね」


 思考がそろそろ戻ったメアリーが聞いたのは簡素にまとめられたジャックの意見だった。

 概ねそれでどんな話がなされたか察したメアリーは瞬時に杖を掴んで水平に振るう。それは一瞬の迷いもなく頭をかがめたジャックによってから振ることになった。

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