1コロシアム
「単刀直入に言おう。君たちにはコロシアムに出てほしい」
「は?」
ドスの効いた声でそう返答したのはメアリーだった。
メアリーは一旦考え事から意識を逸らして、ジャックを見る。正気か?というような問う翡翠色にジャックの真剣な顔が映る。どうにも冗談に見えない。さらにメアリーは訝しげにジャックを見てから苦言をもうするように「理由を聞いても?」と暗にどういう意図か、という含みを持たせていった。
そうすれば、ジャックは苦虫を潰したかのような表情を作りキセルに口をつけてゆっくりと吸い込む。
その同際一つをとっても様になる姿。
こういうタイプを好きになる奴が多いんだろうな、そんな関係ないことを考えつつメアリーは平静を保とうとした。
「優勝賞品がちょっと危険なんだ」
「危険なものをとってこい……ということですか?」
そういうローランドにジャックは首を横に振るう。
それどころか煙を吸って、吐き切ってから「そっちの方がマシだよ」と付け加えた。
あまりピンと来ない話だ。危険物の取り扱いであればさっさと投げ出してやろうとしていたのに、どうやらそうだとは限らないらしい。ちゃっちゃと内容を聞いて放り出してやろうと決めたメアリーだったが今や好奇心という名の悪魔に囁かれジャックの答えを待つ。
「優勝賞品を手にしたら、どうなってしまうかわからない……という意味での危険かな」
「というと?」
促すようにメアリーが口にすれば、ジャックは非常に困ったように「出るんだよ」と言った。
まるでお化けでも出るかのようにいうジャックにメアリーは眉を顰める。そんな眉唾ものの話信じれるか、そう言いかけてこの世界に魔術も魔物も存在することを知って押し黙った。
今更お化けが存在すると言われても、ああ、そうなのね、くらいにしか思えないと感じたからだ。
「それを狙っている個人がいてね、そいつが出るんだ」
「出るって、ヒトに向ける言葉かよ」
だが、エアリーの考えは瞬時に否定された。
出るとは特定されたヒトのことらしい。それが一体なんだというのか、メアリーは緊張して損したというように無意識に入っていた肩の力を抜いた。
とんだしょうもない話である。メアリーはそう思いつつ、何も旨味がないなと話に対してそう感想を浮かべた。
そのコロシアムに参加して、死ぬ可能性の方が高いし、何よりも優勝賞品を取ってからが大変だとか、一向にメアリーたちにとって利益がない。そんなものでメアリーたちが釣れると思っているのか、そんな疑問を感じる。
「相手が正式な方法で手に入れるという線はないの?」
数多の疑問を感じながら、メアリーは慎重に言葉を選び取るようにそう聞いた。
この依頼を受けなくても良いように、それが今のメアリーの目標である。なんと言っても戦力差がある。三人で参加できたとしても歴戦の相手には負ける未来しか見えない。ならばこの依頼を断るのが吉。
メアリーは小さくそう考えながら、ジャックを見る。
ジャックは一度めを瞬かせてから、心底楽しそうに「あれが!正式な手段を取る!ふふ」と笑った。
思わず眉を顰める。
正式な手段を取るような相手ではないという情報に思うところがあったからだ。
「彼はそんなまどろっこしいことはしないよ。もし正式な手段を取るんなて言葉が適応するなら関係ないにも関わらず戴冠者を殺したりしない」
「は?」
「え」
「待って、戴冠者にもう脱落者がいるのか?」
メアリーはジャックの言葉に身を乗り出す。
一瞬脳裏で浮かんだのは赤。
朗らかに笑い、小さく喉を鳴らし、優しく「メアリー」と呼んだ記憶の中の誰か。そしてその影に被るように己を冷酷に見下ろす黄金を思い出す。大きな旗を持ち、器用に攻撃を止めた少女。ラン・アジェンダ。
何も関係がないはずなのに心の奥がバクバクと音を鳴らして主張する。
指先が冷え、開いた口が戦慄いた。
メアリーにとってランは己の罪を指摘した少女である。
過去のメアリーを殺して生まれたメアリーを唯一処罰できる存在。きっとかつては友情を育んだモノ。
ただのメアリーを誰よりも求めるモノ。
だからか、体が勝手に反応した。
それこそ意識よりも早く、無意識よりも俊敏に体はジャックの胸ぐらを掴もうと動く。寸前で止まれたのは僅かばかりに残った鶯鳴としての理性が働いたからだろう。空気を掴んだ手を引いて、席に腰を落ち着かせてから「誰が?」と聞いた。
普通に聞いたつもりであったが、メアリーの声は懇願に濡れて少々震えていたような気がした。
「アンジェリカ。……情報の戴冠者であるアンジェリカと彼女に選ばれし次期王候補アーテニー・ムネリオだよ」
その名前は協力関係にある二人の名前であった。
衝撃が襲う。何か劇的な変化がないにも関わらず、簡素に「死んだ」と言われただけで胸中に虚しさが生まれる。リトスへとやってきた目的。彼女たちの困りごとに手を貸すという体で来た街にも関わらず当事者である本人たちは死んでしまった。
死んで、しまったのだろうか。
認めることを脳が拒否する。
ヒトの死に慣れている慣れていないという要素もきっとあった。けれど一番は友人になれたかもしれない相手の喪失にショックを隠しきれなかったというのが本音であった。
固まるメアリー、アリオストロ、ローランドにジャックは何も言わない。
ぷかぷかと相変わらず悠長にキセルを蒸している。その間。誰もが虚しさと拒絶感を抱く中、メアリーだけは安堵していた。己の感情に理解が及ばない。メアリーは胸元を握ってそこを見る。どうして安堵しているのか、どうして「よかった」と思えるのか、それが不思議で不思議で仕方がなかった。
「お前たちは戴冠者なのか?」
止まったメアリーたちの時計の針がへロスの言葉によって再生される。
そういえば己の身分を伝えていない相手がここにいたのだ。メアリーとアリオストロが思い出すのはプセーフォスとブルゴーニュという二人の大人。利用される。メアリー、アリオストロ、それからローランドは瞬時にその思考に至る。
ここから誤魔化す術はあるのか、必死に脳を動かそうとした時。
へロスが苦言を申すようにジャックを視線で咎めた。
「もしそうであれば、安直に身分を晒させることはどうかと思う。貴殿は先ほどからメアリーたちを窮地に立たせ過ぎている」
大人としてそれを許せない。
そういうへロスにメアリーたちは目を丸くさせ、ジャックは「ヒュー」と小鳥が囀るように口笛を吹いた。
「君がそうホイホイよそに喋るとは思えないから……で納得してもらえるかな」
「ヒトの口に戸はたてられん。俺が話さなくても態度に出て仕舞えば終わりだ。それに盗聴されている可能性だってある」
「ふーん。まぁ後者は気にしないでおくれよ。盗聴対策はしてあるからね」
アリオストロはへロスをシモンに向けた視線のようなもので見る。
異常な大人。いや、鶯鳴の世界で言うのなら真っ当な大人。その姿に羨望を抱き、期待を込めてしまう。己を立場で見ないヒト、それはアリオストロにとって理想的な大人の姿であった。
「まぁだけど、君が態度に出してしまうと恐れるのなら、ここで部屋を出て何もかも知らないふりをして今後彼らに会わなければいい。実に合理的だろう?」
ジャックのその言葉にへロスはムッとした。
そしてメアリーはジャックにとってへロスは合わない相手なのだろうと瞬時に読み取る。だから排除をしようとしている。
ジャックにしてはわかりやすい。わかりやすいが言い方が直接的すぎて、倫理観が欠如している。ほら、見たことかローランドの顔が間違いなく蛆虫でも見るかのような表情に変化していた。




