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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
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4商業の街


 へロスの言葉に動揺する。

 と言うのも、へロスがどう言う思考に至ってその選択をしたのかが全くもって理解できなかったからだ。目を白黒させるアリオストロにへロスは続ける。


「大人相手に子どもだけでは何かと不自由だろう。これも同乗させてくれた恩」


 受け取れと言う意味だろうか。

 へロスの瞳は真っ直ぐアリオストロを見ている。だからメアリーは賢く黙った。これはメアリーやローランドが介入して良い話ではない。きっとアリオストロへと向けられたものなのだから、アリオストロが答えるべきだと言う意味を持って黙った。

 だが、アリオストロには「二人に売られた」と言う心象しか残っていない。

 全くもって別方向に解釈していた。


 責任をなすりつけられたと過剰に反応したアリオストロは「えっと、その」とまごまごという。

 責任とはなすりつけるものではなく背負うものなのだが、それを知らないアリオストロはなすりつけられたと思った責任をどう取り扱おうか迷っていた。


 メアリーとローランドはアリオストロの選んだ答えでいいと思っていたし、意義はないと思っていたが、悲しいすれ違いがここで起きる。アリオストロは必死に二人が納得できる答えはないにか、それをずっと考え始めたのだ。

 もちろんそんな答えはない。

 だから全くもって意味のないことをしているのだが、アリオストロは最終的に緊張した趣でごくり吐息を飲み込んで「よろしくお願いします」と掠れた声で言った。


 完全に押し負けだろうな。


 メアリーはそんなことを考えながら笑みを深めるジャックの後ろについていくことにした。


 ジャックに連れてこられたのは「アスター宿場連盟本部」と名前が重苦しく書かれた屋敷の中であった。

 正式名称はドムスと呼ばれるそこは複数の部屋が連なり、壁に囲まれた庭などが鎮座する。家と呼ぶには屋敷があっていて、屋敷と呼ぶには城塞という言葉が合いそうなところ。中央のアトリウムに入ると、そこには女神像のようなものが鎮座していた。その手前には教壇のような机が置いてあり、廊下側に向かって椅子が四脚置いてある。

 人数に合った椅子が置いてあることに驚けば良いのか、それとも恐怖すれば良いのかわからない曖昧な心地を感じながら、メアリーは中央に近い椅子に座った。


 並びとしてはへロス、メアリー、アリオストロ、ローランドという並びで各々が鎮座する。

 それを見送ったジャックは、にっこりと微笑んで教壇のような場所に背を預けるように体を傾けた。


 ジャックはそのまま懐に入れたキセルを出す。

 独特な草の燃える匂いが広まったところで、ジャックは「それで僕に聞きたいことは?」と唐突に投げかけた。それにどう聞けば良いのかわからないメアリーは一瞬黙った。

 だが、アリオストロとローランドが必死に手を上げる姿を見て「はは」と乾いた笑い声が響く。

 どう聴こうか考えていた自分が馬鹿だった。そんなことを思いつつ、メアリーは静かに挙手をした。


「じゃあ、早かったローランドから」


 そんな三人を楽しそうに見ていたジャックはまるで教鞭をとる先生のようにローランドを指した。

 それに吃りながら、ローランドは核心的なことを早々に口走った。


「全部知っていたのでしょうか?」

「ほう、全部とは?」

「その依頼人のことも、コネクターの素性だったりも」

「なぜ?」

「なぜって……」


 依頼人のこともコネクターのことも知っている。それを知っているからなんだ。

 そのような言い分でローランドを品定めするような目で見る。


「なんで教えてくれなかったんですか?」


 なんとか振り絞った声でローランドがそういえば、ジャックは目を点にさせて、それから大きく笑った。

 楽しげに愉快に、しばらくの間ずっと笑って、その間、メアリーもアリオストロも、ローランドもへロスもその変貌具合に眉を顰め、困惑げに見る。それなりの時間がたち笑いの熱が冷めたのか、ジャックは目尻に浮かぶ涙を指の腹で拭ってから「面白いことを聞かせてもらったよ」と言い出す。


 一体何が面白いと言うのか、事情を知らないへロスでさえ心地の良い気分ではなくなる。


 そんな変化も気にすることなく、ジャックは大袈裟にキセルでローランドを指した。

 大きく振りかぶるようにそして、「それは!」と態とらしく声をあげて答える。


「ズバリ、僕は商人であって冒険者でないからだ」

「は?」

「あ?」

「え?」


 重要情報の秘匿。

 その理由が商人だから……なんて言葉では納得できない。

 上からメアリー、アリオストロ、ローランドの順で理解し難いものを見るようにジャックを見る。それを続きを促しているのだと曲解したジャックは鼻歌を歌うかのように続ける。


「だって、僕は商人なのに、冒険者の仕事を奪うなんてできるわけないだろう?」

「は?たったそれだけで?」

「それだけなんてひどい言葉はよしてくれ、こっちも商売として本気なんだから」


 アリオストロの疑問にジャックは冷酷に答える。

 それでもと食い下がるのはアリオストロであった。


「もしその情報を先に知ってたら、コネクターだって死ななかったかもしれないのに」

「それは可能性だろ?結局、コネクターは神殿に引き渡される手筈だったらしいし、死ぬことには変わりないだろう」

「それじゃあ、コネクターがうかばれないだろう!」


 そう言い切ったアリオストロにジャックは興味深げに視線を向けた。

 それからキセルを何度か回して、煙を吸い込んでから「はぁ」という深いため息と共に吐き出す。

 その音には呆れだろうか、感心だろうか、それとも愉悦だろうか、もしかしたら全てが入り混じったものだったかもしれない。だが、どんな感情を込めたため息だろうが、アリオストロの恐怖心を煽るには十分な圧力があった。


「連続殺人鬼は見事自警団団長の手によって処分された……それの何が悪いのかな?」

「その処分っていう言い方やめてくれ」

「なんで?逃れモノの彼には十分な呼び名だと思うけど?」


 遊んでいるのだろうか、いや、遊んでいるのだろう。

 まるで音のなるオモチャのようにアリオストロを翻弄するジャックは「何が気に入らない?」と続けて攻撃する。

 これではただのいじめだ。見かねたメアリーが口を出そうと開きかけたとき、隣から重々しい声が聞こえた。


「彼にとっては大切なのだろう。何も知らない俺がいうのもなんだが、揶揄いと捉えるには些か過剰すぎると思うが」


 子どもにそこまでして何が楽しい。

 そこまで続けたへロスにジャックは興醒めしたように「冗談冗談。冗談だよ」と場の空気を宥めるように口にした。


「全く遊び心のない大人はつまらないんだから」

「それで子どもを傷つけてしまうのなら、それは遊びでもなんでもない」

「あれ、僕説教されてる?」


 初めてのジャックの劣勢にメアリーとアリオストロのテンションが上がる。

 イケイケ!そこでアッパー!と心の中で騒ぎ立てながら、真面目な大人に叱られる大人の構図を随分と楽しく見させてもらった。そこまでくれば、そろそろメアリーも先の話がしたかった。もちろん、条件という首輪をジャックにつけてからの話なのだが。


「ジャックさん。これ以降重要な情報の秘匿は控えて欲しい」

「これでも商人の誇りを守っているんだけど……」

「私たち冒険者には命が懸かっている」


 誇りと命、どちらが大切か。

 暗にそう言ってやれば、降参とばかりにジャックは肩を竦めた。

 それから楽しげな雰囲気を一切の削り取るように切り替えて、真面目な顔をする。こういった遊びと真面目を切り替えられるいわゆる天邪鬼なタイプが嫌いだったな、とメアリーはどこか他人事のように鶯鳴だった時を思い出した。

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