3商業の街
「つきました!お待たせしました!!」
「やっとかぁ……」
「長旅ご苦労」
「そういうのって自分で言うのか?」
アリオストロの疑問にメアリーは黙殺することで答える。
不平不満を言うアリオストロを横にメアリーは窓から見える風景を呆然と見上げていた。そこにあったのは不可思議な白色の建築物の群れでも中世ヨーロッパの街並みでもない。
目の前に広がったのは古代ローマと思わしき石造の家と赤いレンガ、背丈よりもよほど高い建築物が眺めることができるそこは圧巻であった。今までのどの領地よりも親和性というか違和感がない、と言うかキトンという文化とあまりにも似合っている。
この感動がどれほどのものなのか、鶯鳴の記憶を持つメアリーにしかその感覚は理解されないだろう。
「いらっしゃいませ!ここが商業の街とも呼ばれる東の街リトス!そしてソピア馬車運営とアスター宿場連盟の本拠地のある土地です!」
「わぁ、そんなにすごいんだ」
「商業の街……じゃあここは金銭のやり取りが盛んだと考えても?」
「もちろん!どこのお店でも使用可能です!」
メアリーの無粋な質問にも明るくネフレンは答える。
馬車はゆっくりと道端の方へと向かい、緩やかにスピードを落として繁華街の近くで停車した。
へロスそれからメアリーの順番で馬車から降りる。具合の悪そうなローランドを背負う形で降りたアリオストロを見送って、メアリーはポーチから財布を出そうとした。
だが、それはへロスの重圧な腕によって止められる。
「子どもに払わせるのは気が重い」
彼はそれだけを言うと、ネフレンに手早く代金を聞き、ポケットから十カルネテルと五スータコインを出す。
それに「まいど!」と景気良く返せば、ネフレンは再び馬に騎乗した。
「すみませんありがとうございます」
手を振って本拠地へと帰るネフレンの背中を見送った後アリオストロが申し訳なさそうにそういえば、
ヘロンは顔を緩やかにして答える。
「気にするな、子どもはもっと甘えるべき」
「じゃあ、街の案内とかお願いしていいですか?」
「ちょーっと待っててもらっていいですか?話し合うので」
がめついメアリーの提案にアリオストロがにこやかにヘロンに微笑んでから、メアリーの肩を掴んだ。
咎めるように「メアリー?」といえば、メアリーは悪びれることもなく「甘えるべきだとメアリーは思う」とヘンテコな回答をする。メアリー的には案内を雇うことなく無料で案内人を手に入れられる絶好のチャンス。
たとえそれが良い大人を利用することになったとしても、商業の街と名高い場所でお金は少しでも節約したかった。
そんな二人のやり取りの間に目が覚めたローランドが、アリオストロの背中にいることによって動揺する。
「え、きゃあ!え、え!?」明らかに困惑と恥ずかしさを感じさせる声が聞こえたあたりで「相変わらず君たちは楽しそうだね」と声がした。
皆が皆動きを止めて声の方向を見る。
そこにいたのは、青い羽織を着た、東洋の和服を身につける青年。
くるりとした髪質を抑えるように黒い帽子を被った、キセルを片手に持つ……ジャック・ミレー・パーカーがそこにいた。
「あ、ジャックさん」
「知り合いか?」
「ヘロンさんは初めましてかも、ジャックさん。ヒトのこと利用してくる悪い大人」
メアリーの正直な答えにジャックは苦笑いする。
それから目を緩く微笑ませ、悟ることのできない曖昧な笑みで弧をかく。
「散々な言われようだね。言っただろう?ギブアンドテイク。お互い利益を得てなんぼだって」
「それにどんだけ俺らが巻き込まれているか」
「でも利がなかったことはないだろう?」
それには思わずアリオストロも黙る。
と言うのも嫌らしくジャックはアリオストロの胸から下げられた冒険者プレートを見たのだ。要は本当の身分を明かされたくなければ黙っていろと言う意味であり、脅しのようなもの。
だが本人曰くこれは脅しではなくたまたま目がそちらに行っただけらしい。
何から何まで嫌な大人である。
そんな事情を知る由もないヘロンが困惑気味に「子どもは守るものだ」と口にした。
それに何を思ったか、ジャックは薄い目を見開かせ、それからいつも通り楽しそうに笑う。その顔には面白いヒトを見つけた。そんな感情がありありとみえていた。
「そうそう、君とは良い酒が飲めそうだ」
「??」
「要は子どもは守り、尚且つ世間に揉まれないといけない。そう言った信条では僕たち案外気が合うかもね」
何が気が合うだ。
メアリーはジト目でジャックを見る。
そんなことをしている時、恐る恐ると言うようにローランドがこそりと耳打ちする。
「あの……ヘロンさんと言う方は?」
「ああ、あの時気絶してたもんね。リトスまで同乗することになったヒト。案外良いヒトだよ」
「は、はへぇ」
気の抜けたローランドの言葉にメアリーは再度視線をジャックに向ける。
相変わらず胡散臭い顔だ。
「そうだ、ハイドロの殺人鬼の件で文句言いたいんだけど」
そんなことを思っていれば、アリオストロが徐にそういった。
直球の物言いにジャックは目を瞬かせてから「それが?」と言う。
知らないふりをしているというよりも、どちらかというと「何が問題だったのか?」と問うような瞳にアリオストロはたじろぐ。ローランドが苦し紛れに「依頼人の詐称と逃れモノの……関係性を知っていたか……です」といえば、ジャックは当然のように答える。
「ああ、本当の依頼人はシモンで、逃れモノのコネクターは自警団団長のジョセフの弟だったって話だろ?もちろん知ってたよ」
「お前なぁ!!」
食ってかかろうとしたアリオストロを何故かヘロンが止めた。
自分の前にずいっと出てきた屈強な男の背中にアリオストロは怯む。そんな状況を知らないヘロンはジャックとアリオストロの間に入り込むように身を入れてから、険しい表情でジャックを見下ろした。
「子どもにやらせることではないだろう」
それは大人としての真っ当な怒り。
犯罪者と戦わせるように斡旋したのがジャックというのなら、ヘロンは許せなかった。
「いや、メアリーには、いやアリオストロには向き合わないといけない問題だった」
「だとしても、少年少女たちを見守る大人がいない様子。順序が違うように俺には見える」
「それは君の視点だ。そして僕の視点が君とはちょっと違っただけだよ」
暗に次期王候補には必要な試練だったと言うようなジャックを前にアリオストロもメアリーもローランドも押し黙る。
この国の状況を目で見て肌で感じろ、と言う意味ではジャックの行動は咎めることのできないことだ。
たとえその試練中に誰かが死ぬことになったとしても。
そこまで考えてメアリーとアリオストロはスキロスを思い出した。
『いってらっしゃい』
甘やかな声が脳裏に想起される。
ハイドロの件でのコネクターが犠牲になったのも、全てはジャックの掌だったと言うのだろうか。
そうだとしたら、やはり何もかもやるせなくて、そして目の前の人物は許していけないヒトになるだろう。
「さて、こんな道端で世間話をするほど僕も暇じゃない。メアリー、アリオストロ、ローランド、君たちに成して欲しい依頼がある」
「その前に……ハイドロの話をしたいんですが」
ローランドが厳しい目でそういう。
ほら来たことか、隙を見れば試練を与えてくるジャックにメアリーは威嚇のように睨んだ。
絶対、今回こそジャックの思い通りにさせるものか、依頼の内容がどうであれ、目の前で起きる悲劇など止めてやる。その意気込みでメアリーはその目にジャックを写す。
「もちろん、そこでハイドロの話をしたっていい。加えて、依頼を断ってくれても良いんだぜ?」
「それは話を聞いた後に決める」
「さすがメアリー。話が早くて助かるよ」
そこで動き出したのはヘロンだった。
彼はジャックを見下ろした体勢を改めて、メアリーたちを振り返る。その顔には皺と言う皺が浮き出ていて、もはや怒っているような表情にも見えた。
「それなら俺も同行させてほしい」
だから次の瞬間言われた言葉にメアリーたちの時間は数秒止まることになった。




