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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
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2商業の街


「今、何戦目だ……」

「ゼェハァ、ゼェハァ……三十を超えたところで、もう数えてない……」

「もう、魔力切れで……視界がふにゃふにゃ……」

「まずい主戦力!!」

「ローランドをまずいた我よメアリー」


 あれから何十戦も何十戦も繰り返し、連携のキレや技のキレが磨かれる一方で体力や魔力など様々なものが削られていった。

 メアリーは手ダコで杖を持つことすら忌避し、アリオストロは腕が痺れて剣が持てない。ローランドに至っては魔力切れで昏睡寸前。勝っているにもかかわらず、この壊滅具合。ファンタジーや御伽噺の世界でないこの無情な世界で、勝利とは必ずしも無傷であるとは限らないことを今日初めてメアリーは知ったのだった。


 さて、そんな具合でキャビンの中は誰もが沈黙を続けることになった。

 疲れと痛みとそれから永遠にも近い同じことの繰り返し、もちろん相手が束になってやってきたこともあるが結局は全員殺すという意味なので、全くもって変化には加味されていなかった。要は飽きた、それからもううんざりだった。


 ヒトの心は己でさえ理解できないとは事実だが、今この時だけは己の感情を理解できる。


 メアリーはそんなことを考えながら「しんど」と三文字で空気を震わせた。


 そんな様子にネフレンは苦笑いを浮かべる。

 ハイドロから約二日。リトスに近づけば近づくほど魔物が湧く現象に騎手としての申し訳なさと緊張を感じていた。というのも、これは異常なことであった。確かに東の街リトスは少女型の魔物が多く出没するエリアであったが、ここまでのことは前代未聞である。今日にして五十八戦。通常なら三十分程度でつく道のりが約二時間ほどの遅れをとっている。


 これ以上はキャビンの中にいるメアリーたちに迷惑をかけれない。いや、戦闘をさせたくない。

 断腸の思いで魔物が湧きにくいコース……東の街リトスまで約一週間程度かかってしまうコースでいくかを考えた時に、視線の先水平線のところにヒトの姿が映るのが見えた。


 あわや少女型の魔物か、そんな思いで手綱を握り直せば、すぐにそれが勘違いだと理解する。


 そこにいたのは大柄な男。

 背中に青色の襷のようなものをつけたハルバードを背負う五十代くらいの男性がいた。

 ネフレンは訝しげに最初はその男を見た。それからヒトだと断定すると急いで馬を走らせる。こんな場所で一人ではあの魔物たちに襲われてしまう。目の前で見つけたヒトを犠牲になんて目覚めの悪いことをネフレンがするはずがなかったのだ。


 馬車が勢いをつけたことで手にタコがついたメアリーが顔をあげる。

 まさかまた魔物が出たのか、そんな思いでギリギリ動けそうなアリオストロへと視線を向けた。

 正直二人だけで勝てる気がしない。最終的にはローランドの魔術頼りなところが多かったメアリーとアリオストロは不思議な世界が見えているであろうローランドを見て、首を横に振った。


「無理」

「同意」

「ネフレンさん、ちょっと今回は難しいから逃げれたりするかい?」


 まぁそもそも逃げれていれば、今までの戦闘行為は必要なかったはずなので逃げることはできないことを知った上での問いかけであった。

 そんなメアリーにネフレンは「違います!ヒトがいるんです!」と口にした。

 アリオストロと目を合わせてから、二人はキャビンの窓から外を伺う。そして見えたハルバートを背負った男を見て「不審者?」と素直にメアリーがつぶやいた。


「不審者ってお前なぁ」

「何もない草原、イカれた魔物、増え続ける戦闘行為、その中に棒立ちのヒトって明らかにどっか抜けてるに決まってる」

「暴論すぎないか?」

「じゃあ、こんな何にもないところになんの用があっているんだい」

「それは……俺も知らないけど」


 自信を無くしたアリオストロにため息を吐いてメアリーは窓から再び男を見る。

 やけに鍛えられた屈強な男。その言葉が正しいと思えたのは彼に近づくにつれて見えた古傷のような痕を見てからだ。右目から鼻頭、そこを通って左頬。一直線に切られたような痕は見るものが見れば痛ましいと思うが、メアリーは別の感想を抱く。

 どれほどの傷かわからないものの、痕がそれだけで収まっているということは適切な治療を受けたものだ。

 この医術の禁じられた国ではそうそう見れないだろう。


 厄介だな。


 関わりを持つと大変そうなので正直無視をしたい。

 メアリーはそう考えたものの、ネフレンはメアリーの思想とは逆に馬車を男の前で止めた。


「大丈夫でしょうか!!」

「そんな大きな声出さなくても聞こえるだろう普通」

「そんなこと言わないの、メ!」


 アリオストロの呆れ声にメアリーはジョークのようにそう咎めた。


「ソピアの馬車か?」


 そんなアホ三人のやりとりを見送った男は、騎手を見てからキャビンを見てもう一度「ソピアの馬車か?」と聞いた。

 ぶっきらぼうだな、というのが感想。愛嬌がない。大柄な男におおよそ求めない要素を気にしてしまうほど、メアリーの疲れは極限に達していた。

 そんなメアリーとは違いネフレンは真剣な顔つきで「はいそうです」と言えば、男の顔が険しいものになった。


 アリオストロは思わず、ローランドの意識を叩き起すためにローランドの両肩を持った。

 攻撃が始まる。そんな緊張感をアリオストロは敏感に感じたのだ。そんな剣呑な雰囲気と言えばいいのか、空気が震えるような錯覚を感じて、いそぎメアリーにも声をかけようとした時だった。


「すまない。魔物狩りをしていたらリトスに帰れなくなった。そちらのお客が良ければだが乗ってもいいか?」


 男から思いもしない言葉が飛び出てアリオストロは「は?」と言った。

 それからメアリーは疲れたように天井を見上げて「半々な」と口にする。疲れていても守銭奴は変わらない、がめついメアリーを横目にネフレンは苦笑いを浮かべながら「そういうことなのでどうぞ」と男に伝えた。


「同乗許可、感謝する」

「いえいえ、ところでお兄さんはなぜあそこに?」


 ホニャホニャと寝言を言って気絶するローランドを横にメアリーがアリオストロの隣に座った男に聞く。

 そうすれば、彼は困ったようにこめかみを掻き、それから太い眉を眉間に寄せる。

 その姿があまりにも質実剛健な体に見合わない感じがして、メアリーは違和感を感じながらも今は口にすることなく耐えることにした。


「コロシアムでの武祭があってな」

「コロシアム……ほん」


 なんともタイミングがいい言葉だ。

 先ほど聞いた単語がまさか別のヒトから聞くとは思わずメアリーもアリオストロも一瞬目を瞬かせる。その様子に気がつかないでいる男は言葉を慎重に選び取るよう「武者修行をしていたんだ」と言った。

 要は勝つために修行をして迷ったと……。

 天然か?メアリーは一瞬ローランドを見てから男を見た。


 もちろんローランドと男に共通事項はない。

 それは容姿とか性格とかであって、だがしかし天然という要素だけは同じような気がした。


「それに勝つために魔物を狩っていた……という感じですかね?」

「ああ、もしも冒険者だったすまない。この近くの魔物は全て狩ってしまった」

「いえいえお気になさらず」


 この後の戦闘がないと聞けただけメアリーは最高に幸せな気分になれた。

 今だったら胡散臭いセウズ神だって信じれる。そんな不敬極まる考えをしているとは思わずに男は話を続けた。


「俺はへロス」

「私はメアリー。メアリー・パートリッジ。こっちで気絶しているのはローランド」

「あ、アリオストロです」


 そう言って握手をする。

 そんな時、ネフレンが嬉しそうに声を上げた。今日初めてのメアリーたちに対する明るい声であった。


「見えました!東の街リトスです!」

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