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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第一章 東の街リトス
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1商業の街


 Cayyyyyyyyy!!


 絶叫。とも取れる咆哮。

 空気を劈く音の正体。所謂魔物に対して、アリオストロは勢いに任せて剣を垂直に振り下ろす。単純にして明快。その攻撃を最も容易く避けた魔物……羽の生えた少女の姿の怪物が舞うように翻り空に向かって浮上――のところをメアリーが杖を水平に振るうことで妨害。

 続いてペンを構えたローランドが、今まで伏せてきた瞼を瞬時に持ち上げてその黄金の瞳で魔物を捉えた。


「星間を支配するモノが命ずる。黒き湖にて瞳を開くモノが命ずる。今このとき輝きの前にひれ伏せ、■■■!」


 詠唱。

 それと共に巻き起こる、全ての物を呑み込む不可視の魔術。地面を削り、空間を穿ち、そうしてやっと砂と石を呑み込んだことで可視化できるようになった竜巻が、いやハリケーンが上昇気流を生み出しながら魔物を呑み込む。

 姿が見えないゆえに警戒はとかないものの、メアリーとアリオストロは暴風を眺めながら「生きてはいないだろうな」と他人事のように思考する。そして、雷鳴をの鳴り響く音を耳にして、瞬時に先の方で待機ていたネフレンの操縦する馬車に向かって、メアリーは杖を抱え、それからアリオストロは剣を仕舞ってから、ローランドを小脇に抱えて走り出す。

 もう、魔物がどうだとか関係ない。

 こうなってしまったら最後、雷に穿たれないように逃亡するだけだ。


「何度も思うけど、天候変えるほどの魔術以外使えないのか!!」


 メアリーの悲鳴じみた声が木霊する。

 それに合わせるように後方から引き裂かれるような絶叫が聞こえたような気がした。


「私たちのチームには前線の力がありません」


 あの雷雨から逃れ、無事ネフレンの待つ馬車へと乗り込み、一息ついた後、メアリーは悟るようにそれでいて神妙にそういった。

 質の良い金髪を顔の動きと共に傾けるローランドが「剣士のアリオストロさんがいるし、補助のメアリーさんもいるじゃないですか」と言えば、メアリーはうんざりするように目を瞬かせて、それから長い青髪を指で耳の裏にかける。


「殺生のできないアリオストロくんと撲殺しかできないメアリーちゃんならいますが、本格的に戦えて殺せる戦闘力はここにはいません」


 完全無慈悲な言葉にアリオストロが呻く。

 それから少しだけまともになった茶髪で目を隠しながら「自分でいうことかよ」と小さくメアリーに突っかかった。


「アリオストロくんと違ってメアリーちゃんは殺生できるから、殺せるし躊躇いないから」

「そのアリオストロくんとメアリーちゃんって言うのやめろ、というかなんでも戸惑いも躊躇もなくノンタイムで殺せるんだよ!」

「世の中は弱肉強食よ」

「それにしたって慣れすぎだ!」


 アリオストロが己の惨めさを隠してメアリーとローランドを指差しながらそういう。

 冷めた様子で鼻で笑うメアリーとは違い、ローランドは困ったように「そう訓練を受けていたので……」と控えめにいった。ローランドはわかるとして、メアリーに関しては本当に理解できないアリオストロは疑惑の目でメアリーを見つめる。

 そうすれば、メアリーは肩をすくめてから、


「お子ちゃまにはまだ早いことだよ」


 と嗜めた。

 メアリー・パートリッジには前世の記憶とも思われる医師、鶯鳴小夜の記憶がある。

 当時では有名だった外科医であり名医であった鶯鳴の記憶を持ったメアリーは、その記憶による経験からヒトの臓物にも慣れていたし、加えて生殺与奪に関しては一番過敏であった。

 残念なことに志し半ばで命を落とす患者もいたし、現場に急いで向かっても手遅れになった患者もいた。

 そういった記憶から何よりも命に対する免疫というものがあったし、ゆえにこういった命の選別行為に抵抗はない。


 心持ちとしては間に合わなかった患者に安楽を与える。

 そんな気持ちで魔物を殺していた。


 馬鹿正直にそう話を言えるはずもない。前世など、この世界に概念としてあるのか、そもそも言葉として存在するのか危うい。

 別の宗教用語だから混乱させるぐらいなら黙っていた方がマシだろうと思ったメアリーは、だからこそ煽るようにアリオストロを嗜めるのだ。


 まぁ正直な話をしてしまえば、殺生に慣れていないアリオストロは健康という意味ではメアリーにとって満足いく状態なのだが。


 これはこれ、それはそれ。

 慣れて貰わなければ困る。これで死んでしまったなんて結果が出たらメアリーの戴冠者としての旅は終わりを迎えるのだから。


「そんなんで納得できるか!」

「まぁまぁ、きっとメアリーさんにも事情があるんですよ」

「なんでローランドはメアリーの見方をするんだよぉ」

「え、いえ、味方というか、その……」


 そんなことをメアリーが考えていれば、メアリーを庇ったローランドへとアリオストロの関心は移行していた。

 ローランドの思いビトがアリオストロであることを知るメアリーは、一度「はぁ」と息を吐いてパチンと手を叩く。

 その音に視線が集まったのを確認すると、メアリーは「話を戻すぞ」と脱線した話を無理やり軌道修正させた。


「ということで前線で戦える戦士が欲しい」

「話すっ飛ばしたな」

「黙れアリオストロ。できるなら、シモンさんのような強さを持つヒトがいい」


 思い出すのはハイドロにいた元自警団副団長のシモン。

 海属性魔術の使い手であり、大人としての精神的強さと肉体的強さを併せ持った強者(つわもの)

 できることなら自警団を辞めるのであればチームに参加して欲しいまであったが、ハイドロの殺人鬼の問題で荒れ果てたシモンの怒りの姿を見て仕舞えば、そんな悠長なことを言っていられる雰囲気でもなく、流されるまま出発してしまった。

 今思えば悔い改められることだった。

 もし時間を巻き戻す魔術があるのなら、どこかのタイミングで指紋を勧誘していただろう。

 加えて環境破壊をしない魔術師であるギャビンのこともチームに迎えた。


 メアリーの言葉に、アリオストロもローランドも正しくその言葉の意味を受け止めていた。

 というのも、肉体的な強さではなく精神的な強さも求めていることを察したのである。


 まぁ正直そんな相手と会える可能性なんてそうそうにないことは知っている。

 だからこそアリオストロは「しばらくこのメンバーでいいんじゃないか?」と言おうとした。言おうとしたが、それは話を盗み聞きしていたネフレンによって遮られた。


「それならリトスの闘技場がおすすめですよ!」

「闘技場?」

「ええ、別名コロシアム!仁義なき戦いが繰り広げられる場所で、今の時期ですと最強の戦士を決める祭事が行われるはずです!」

「アリオストロ参加する?」

「しねーよ!」


 ネフレンの言葉に冗談のつもりでメアリーがアリオストロに問い掛ければ、彼は完全拒絶という体勢で胸の前でバッテンマークを両腕で作り、必死に首を横に振った。


「あはは、参加はしないほうがよろしいかと」

「えっとなんでですか?」


 純粋に聴いたのはローランドだった。

 ローランドは勧められるかと思い聴いていたので、それとは反対の言葉が投げかけられたことに少しだけ驚きつつネフレンに問う。

 そうすれば、やや背中を丸めたネフレンが初めてキャビンの窓……メアリーたちが座る方向へと目を向けてげんなりとしたように「領主の娯楽で、殺しオッケーなんです」と言う。


「それならアリオストロはダメだな」

「なんでお前は俺を参加させたいわけ?」

「面白そうだから」

「お前ぇ!」


 いつか絶対ぶん殴ってやる。

 おおよそ女子に言わない言葉を呪詛のように吐くアリオストロを見ながらメアリーはふと空気が揺れるのを感じた。

 それは唐突なざわめき、まるで周囲の草木が騒ぐような、そんな予感。メアリーは真剣な顔つきに戻してネフレンに「魔物かい?」と尋ねる。そうすれば馬が戦慄き、ネフレンの頭が上下に動くのが見えた。


「さっきから魔物の数が多すぎるね」

「確か十四戦目ですよね」

「めでたく十五戦目か……」

「お、一人で行ってくるかアリオストロ」

「冗談言ってる場合かよメアリー、さっさと降りるぞ」


 戦う前は潔い男であるアリオストロを見て、メアリーとローランドはキャビンから出る準備を終わらせ、扉を開いた。

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