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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
神饌の戴冠者Ⅱ 序章
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序章 崩壊

「全く、セウズ神もとんでもないことやってくれるわ!」


 そう叫んだのはあの混乱を体験し、メアリーたちと上手く条約を結ぶことができたアンジェリカだった。彼女の言葉に、彼女に選ばれた次期王候補であるアーテニー・ムリオネが苦笑いした。

 苦笑いしたと言っても、彼女の言葉に肯定したという意味ではない。どちらかというと、こうなることはあの場にいたとき既にアーテニーは気が付いていた。まぁ、きっとどんな言葉で取り繕うが、結局はどう足掻いても殺し合いしかないと思ってたから、いつ頃から戦争が始まるとか、そう言われると思っていたのだが……。

 まさかセウズ神があれほど性急にその戦いの幕をあげるとまでは思ってもいなかったが、そういう意味では下手な敵対行動を避け、条約を結ぶことができたのは良かった、とアーテニーだけは思っていた。


 「まずは安全なところに」あの神殿を抜け出したとき、アーテニーが言った言葉にアンジェリカは頷いた。


 一切の躊躇もなく殺し合いを始めた彼らに怖気付いたともいう。

 アンジェリカとしても早く領地に戻って帰路を待つ父の元に行きたかった。昨日からというものの空の国はおかしくなった。

 戴冠の儀なんてものが始まる前から、戴冠者に選ばれなかったものが力任せに領地を奪うという蛮行を始めたのだ。今まで神のものだからと奪い合いが起きなかったのにも関わらず、急にヒトビトのものになると言われた瞬間。我先にと早まるものが続出した。


 特にひどいのは南部だ。

 いや北部も十分戦火に巻き込まれる国々が増えたが、精々ポスという領地が隣するフルリオ領地に呑まれただけだ。南部のフィロクのように勝手に独立宣言を行い()()()()()()()国家として運営を始めたなんて事は起きてない。


「これじゃあ、本格的な北東南西戦争よ。私のリトス領地は大丈夫かしら……」

「あそこは唯一金銀財宝などの取り扱いをする領地だからね。でも迂闊に手出しはできないはずだ。アンジェリカ、君がいるからね」


 気にするのは自分の領地への不安だった。

 胸元を握りしめるアンジェリカに優しくそういう。事実、そういった話は今の所アーテニーの耳にもアンジェリカの耳にも入ってない。それだけで、安堵を感じる反面。情報がないからこその不安にも掻き立てられていた。


 さて、そんな2人が現在進行形で歩いている場所は神都ニフタを囲うように存在する神性中立領域。

 絶対不可侵と呼ばれる場所で現在2人は西の領地リトスへと向かっていた。道中襲ってくる()()()()魔物たちを魔術で怯ませ、剣で魚面の首を刎ね落とした。


「それにしても、ここには羽の生えた少女の魔物は出ないのね」

「みんな魚面の魔物だけだね」

「リトス領地だけなのかしら」

「いや、どっちかというと西側領地のみ、っていう感覚があるかな」

「まったく、私たちのところは問題だらけよ!」


 そう憤慨しながら、アンジェリカは炎の魔術で辺りを焼き切った。

 そんな時、2人に近づく影があった。パチパチと大袈裟に手を叩き、己の存在を主張するようにやってきたのは、1人の少年だった。

 黒いピッタリとしたノースリーブの服を着て、その上からキトンを着た少年。ショートの金髪を抑えるようにゴーグルのようなものをつけた彼はニコニコと笑ってはいるが、笑顔でないことは確かだった。


 張り詰めるような空気が辺りを支配する。


 威圧されている。理由もわからない理不尽が目の前に現れたのだ。

 そう理解するにはさして時間はかからなかった。


「よ、ハジメマシテかな?」


 オレンジ色の瞳がやけに冷たく、彼らを見据える。

 初めましてという割には自信がなさそうなのに、視線は獲物を狩るものの瞳だ。

 そうされる理由が分からないのに、何か悪いことをしてしまったような、そんな気持ちにしてくる。つまりは見当もつかない罪について問わられているような、意識してないところで法を破ってしまったような自責の念に囚われてしまうのだ。


 カクン。


 最初に膝を折ったのはアンジェリカだった。

 彼女はまるで怯える子鹿のように身を震わせながら「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と何度も謝罪を繰り返し、あふれる涙を止めどなく流していた。

 頬をつたい、顎から地面へと向かう涙はまるで洪水のようで、体にあるすべての水分を奪うように止まる様子を見せない。


 次にアーテニーが膝を折る。

 彼は言葉にしない、涙も溢さない、しかし唇をワナワナと動かしてただ目の前の存在に恐怖していた。


「酷いな。ただ、アイサツしただけなのに」


 そういう割には言葉のような思いを持っているようには見えなかった。

 彼女たちの行動を当たり前のように受け取っている。膝を折って当たり前、謝罪をして当たり前、恐怖を抱くことが当たり前だというように、彼は一歩、また一歩として近づいてくる。

 それはまるで死の代行者。

 なぜそんな彼に目をつけられてしまったのか分からない。


 だけど確かに胸中に浮かんだのは、バレてしまったという言葉だった。


「ところでお嬢さん、いい宝石を持っているな」

「……あ、あ、あ、わ、私の故郷の、故郷のリトスで採れた、ほ、宝石です!」


 まるで命乞いのようにアンジェリカは己の故郷の名前を出した。

 この厄災がリトスに向かってしまうなんて考慮はできなかった。それができるほどの心の余裕は一切ない。死んでしまう、死ぬしかない、死に瀕することしかできない、その恐怖の前では知略なんてあってないようなもの、痺れる舌をなんとか動かすしか許されない。


 彼――ウィリアム・アルベリヒ・ルー――がアンジェリカの前で膝を折る。

 折ると言っても彼女たちのように腰を抜かしたような格好ではなく、どちらかと言えば膝まづくように折ったのだ。


「なぁ、お嬢さん。嘘はいけないな、嘘は」


 先ほどの威圧よりも大きなものだった。

 「はっ、はっ、はっ」と小さく呼吸を刻むことしかできない彼女の頭の中はパニックになる。過呼吸気味になったところで、ウィリアムは立ち上がり、恐怖に息も耐え耐えな2人を見下ろす。


「なぁ、あんたらは好きな奴のためにはどんなことをする?ああ、いや、真っ当な答えは求めてない」


 聞いた割には理不尽である。

 そんなことを冷静な部分で考えたのはアーテニーだった。彼の目に写るのは、ちょっとだけ優越感を持ったウィリアムの顔。ニッと口角を上げて、思い他人である誰かを思い出すように優しい瞳が空を向く。

 つられるようにアンジェリカとアーテニーが空を向いたとき、歌うようにウィリアムは


「俺だったらなぁ……比喩なくなんでもできる。国を滅ぼすことも、この惑星を壊すことも」


 そう言った。

 普通なら笑い物の話だ。すごいね、なんてそんな珍風な言葉で終わらすような夢物語。

 でも目の前の彼を前にしては、本当にそんなことができてしまうのではないかという恐ろしさを感じた。まるで冗談に聞こえないのだ。むしろ冗談であって欲しいと、そう思ってしまう自分さえいる。


 本当に目の前にいる彼が実行可能であるかなんて関係ない。

 そう思わせる力があるだけで脅威なのだ。


 だから、アンジェリカは呪文を放とうとした。

 得意の焔の魔術を、叶わないと知ってても、それでも戴冠者として国の害になる存在は消さないといけない。

 もはやそんな小さな使命感によって、アンジェリカはウィリアムに攻撃をしようとした。


「それから、あいつの大切なものを取り返すことも、全部全部できる」


 空を見た。

 いやさっきからアンジェリカは空を見てるんだが、そういう意味ではなく。空がいつの間にか遠くに行っていた。

 それから次に見えたのは、誰かの背中だった。豪華なキトンを纏った誰かの背中。この場にはアンジェリカ、アーテニー、ウィリアムしかいないのに、また闖入者でも出たのかと思った。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 殺されたことを知らなかった。

 殺されたとも思わなかった。


「よし、だいぶ集まってきたな」


 アンジェリカが気がついた時にはアーテニーも自分自身も頭を刎ねられて、死んでいた。

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