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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第四章 ハイドロの殺人鬼
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3苦き終幕


 夜の帳が下りる。

 賑わいを見せていた大通りも、ヒトビトの声に溢れていた空間もまるで別世界のように静まり返り、肌寒さと悪寒を引き寄せる。あれからシモンはギャビンの元に、メアリーとアリオストロ、ローランドはアスター宿場連盟の宿に向かい時計台の時刻が十二時を指した時に集合するということを取り決め、現在は各々コネクターとの決戦のために準備をしていた。


 時に、メアリーは不思議に感じていた。

 元から変な街だとは思ったが、この国には時間という概念があるということに今更ながら気がついたのだ。あまりにも自然に取り込まれていたからこその盲点。時計台の前に深夜十二時に集まろうと言われてから初めて、そのことに気がついたのだ。

 日時計程度の文明ならまだしも産業革命を終えた技術がある文明とはどういうことだろうか。

 そうなってくるとやっぱり怪しいのは服などの未発展であり、それらのことから移民説が浮上してくるのだが、そうであればどこかしらで言及されそうだし、何よりもそう言った文章が残っていると思うのだが……。


 それを隠すために本が禁じられているのだろうか。


 にしても移民であることを隠す理由がわからない。

 原住民を追い出したとして、信仰に関係するとは思えないし、というかそもそもここまでの文明を持っている原住民を相手にキトンで時代が止まっているこの民たちは勝てるのだろうか、言って仕舞えば科学技術なんて皆無だ。それに医療の普及もしていない。どう考えても勝てる未来が見えないが、それともなんだろうか、セウズ神が一掃したとか?


 にしては外壁や路地などは綺麗で、戦場の痕跡はない。


 謎が謎を呼ぶ。

 そういえば優生学だって、この科学力が低い世界でよく生まれたものだ。


「アリオストロ。劣性の民と優生の民ってどう決まるんだい?」

「は?突然どうしたんだよ」

「十二時までにはまだ時間があるからね。ちょっと気になるところを整理しようって」


 そういうメアリーに悪気が一切ないのを感じたのか、アリオストロはため息を吐いてから「生まれ方が違うんだよ」と言った。

 生まれ方、メアリーは小首を傾げる。

 それがなんだというのだろうか、まさか逆さまに生まれて来たら劣性の民とか?それなら抗議をしに行くところだが、そこまで考えてアリオストロに続きを促そうとすれば、そこにローランドが入ってくる。


「優生の民は基本的にセウズ神が設計し生まれます。逆に劣性の民は女性のお腹あたりに寄生して生まれてくるということになっています」

「は?ちょっと待って?寄生ってなんだ」

「原因はまだ分かっていませんが、女性の腹が膨れて生まれるんです」


 それを妊娠と呼ぶのではないのか?

 逆に優生の民ってなんだ。セウズ神が設計ってクローン技術のようなものではないか、むしろその辺の倫理観はどうなっているのだろうか。いや全くわからない。理解が及ばない。どういうことだ?メアリーは混乱の中「ええっと、親は?」と聞いた。


「親ですか?それは男女のペアが欲しいと願い出れば、そのペアに合う子どもをセウズ神が託すのです」

「オーケー。ちょっと考えさせて欲しい」


 メアリーはタンマのポーズをしてから思考に潜る。

 子どもは願いでれば貰える。それ以外、所謂妊娠や出産を通して生まれてきた子どもは劣性の民。頭の痛い話だ。それがこの世界の常識だとして、妊娠できている時点でヒトの作りが違うというわけではないだろう。生命の誕生とはそんなに無骨なことなのだろうか、そもそもセウズ神はどうやってヒトを作り出しているのか、聖書にだって処女受胎とかで救世主が生まれているのにも関わらず、ヒトの腹で育たない子どもというのはどう言うことなのか、メアリーは痛む頭を抑えながら「うんうん」と唸って聞く。


「そのセウズ神のヒトの創造ってなんかこう……具体的な説明ってあるのかい?」

「?気にしたことないな」


 アリオストロの言葉にそれもそうか、と思う。

 だが、これは知っておきたいことだ。メアリーは神などさほど信じていない。セウズ神の城に行った時からその気持ちは強くなっている。もしこの世界が鶯鳴の生きた世界の延長線上だとすれば――魔術や魔物の存在を無視した上の机上の空論だが――セウズ神は神を名乗る別の何かにすぎない。延長線上でないとしてもだ、確立した宗教を逸脱しているようにしか思えない時点でセウズ神はメアリーにとって最も疑いの対象である。


 それがここにきてヒトの製造に関わっていると知った時の衝撃や否や。


 メアリーの頭に浮かぶのは「クローン技術等の規制」という鶯鳴時代の禁忌だった。


「製造方法は知りませんが……」


 ローランドの言葉にメアリーはピクリと動く。


「ちょっと待って、何か私の心の中のどこかが製造って言葉を拒絶している」

「はぁ」


 生命は製造するものではない。

 メアリーの倫理観では、生命は誕生するものであって、人工的に機械的に生み出されるものではない。例えこの世界でそれが当たり前であっても、なんというか生理的に嫌だった。

 どうすればいいんだ。このモヤモヤをどうすればいいのか、メアリーは頭を抱えながら同じような感性を持つヒトを探したくなる感情を抱える。なんというか、命が軽いのだ。そう、命が軽い。神に造られた云々含めて命に対する重みとか、感動とかそういうものがないような気がする。


「ちなみに受け取れる子どもって、あー何歳くらいなの?」

「八歳ですね。それまで天使様に育てられます」

「あー、そう。七つ前まで神の子ってね……」

「なんか言ったか?メアリー」

「いやなんでもない」


 アリオストロの言葉にメアリーは雑に返した。

 今度は日本文化とキリスト教文化の融合か、メアリーはとてもじゃない絶妙な顔で「冒涜的だね」と小さくつぶやいた。


「むしろアリオストロはどうやって生きてたんだ?」

「お、俺は、劣性の民の集落で一番幼かったから……」

「あー、うん、そこまででいいよ」

「えっと、いいんですか?」

「世の中にはね、聞かないほうがいいことがあるんだよ」


 「深淵を覗くとき、また深淵もこちらを見ているって言葉知ってる?」メアリーの言葉にローランドは首を横に振るう。

 それに「それでいいよ」と言って、思わず同情の目をアリオストロに向けた。要は鬱憤晴らしの的を得るために周りが生かしていたのだろう。思えば出会ったときはすごいボロボロだったし、暴力を振られることに慣れていたように見えていた。

 まぁ、そういう制度があるのだから、そうなってしまうのも仕方のないことだろう。

 そう理解することでなんとか己を律しながらメアリーは話題をずらすように口を開く。


「ってことは赤ん坊を見たことないのか」

「あかんぼう?」

「それってなんですか?」

「あーシワクチャな小さい命だよ。目を離したら終わり、離さなくってもちょっとのことで死んじゃう、まぁ私たちが成長する前の一番最初の姿だよ」

「へぇーってことはメアリーは見たことあるのか」

「それなりにね」


 機会があったら見てみな。

 そう言ってメアリーは己の武器である杖を立てかけた場所から手に取った。


「よし、私の方は準備万端だよ」

「私も大丈夫です」

「俺の方もちゃんと剣持った」


 各々話している間に荷物や必要な装備を身につけ終えていた。

 それをメアリーは確認して、それから時計台の方に視線を送る。現在時刻は夜の十一時五六分。非常にいい時間だ。ちょうど時計台に向けて歩けば、十二時には着くだろう。

 それをみて、窓を閉める。

 今夜は堂々と玄関から出れるのだからわざわざ窓から出る必要はない。


「じゃあ、行こう」

「おう」

「はい」


 肌寒い夜。

 今夜に決着がつくよう祈りながら、メアリーたちは歩を進めた。

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