2苦き終幕
「ノックもなしに入室とは、マナーがなってねぇんじゃねぇか?」
「俺は団長だ」
「親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないのか?」
「俺は団長で君は副団長だ」
「それが罷り通りとはな、世も末だ」
「そんなに俺に聞かれたくない話なんだね?」
「テメェが放り投げた話だ。訊く必要はねぇだろう」
言葉の応酬。
大人たちの会話についていけないメアリーとアリオストロ、ローランドの目が白黒と動く。
突然の侵入者、その正体がジョセフであることを理解した頃には、メアリーは青ざめ、アリオストロの肩は数ミリ浮き、ローランドの瞼が何度も開閉された。
それにしても、ブラックだな。
メアリーは自分こそがルールと言わんばかりのジョセフの態度に対して鶯鳴の記憶にある言葉を思わず胸中に浮かべた。自分よりも年上のシモンに向けるべき感情ではないことを知っても尚、思わず同情してしまう。この目の前の光景は、まず間違いなくパーワーハラスメント。略してパワハラだろう。
「その話だが、シモン副団長。君にはこの件を降りてもらう」
いつまでやるんだろう。
そんなことを考えながら、シモンとジョセフの顔を交互に見ていたメアリーは唐突に言われた言葉に口をあんぐりと開けてしまった。
この件を降りる?それはどういう意味なのだろうか、まさか殺人鬼コネクターの件を降りろということではないだろうか、わかりきった答えにそう思考してしまうくらいには突拍子もない言葉であった。
「何?」
「何度も言わないとわからないのかな?殺人鬼コネクターの件だ。君にはそれを降りてもらう」
「テメェ、今更……」
「外部者を雇って調査なんて人聞きが悪いからね。それから相談もなしにアスターを頼った件も組織としてどうかと思うよ」
「テメェが碌な人員よこさねーからだろ!」
シモンはそう言って、机を叩いた。
その拳には十分な怒りが込められていたのだろう。どんっと鈍く響いた音がただでさえ弱気のアリオストロの心を揺さぶって、半分涙目にさせる。緊張状態という中であっても、緩い感覚でそこにいるジョセフはまるで我が儘を言う子供を前にした大人のように「はぁ」とため息を吐いてから、「じゃあ」と続けた。
「君を謹慎にしよう」
「はぁ?」
「謹慎処分だよ謹慎処分。降りろでもダメならこうするしかないでしょ?」
まるで当然だよね?
そういうようにシモンにジョセフはいう。
「それから、集まってもらった君たち、君たちには報酬分の金をやる。だからこの件はなかったことにして旅に戻ってほしい」
「え」
「は」
その言葉にアリオストロとローランドが反応する。
一番近くに座っていたメアリーに小切手のような物を渡し「そこにいくらでも書いていいから」と言う。それにメアリーは「何億って書いたらくれるのかな?」と適当なことを思い浮かべて、当然として受け取った。
当たり前にそうするから一瞬、シモンもアリオストロもローランドも息を止める。
それから何かを言おうと口を開いたシモンに被せるようにアリオストロが叫んだ。
「お、お、お前何してんの!!?何やっちゃってるの!?何さりげなく受け取ってるんだよ!?」
叫ぶアリオストロにメアリーは「私は金が増えるならそれに越したことはないと思っている」と本心を語る。
医療技術だって未発達なこの世界で現代までの医術の発展をさせるのは金が必要だ。今後紙屑になろうがならないが、あってリスクがあるものでもない。だからメアリーは金を求めるし、そのためならばどんなことでもできる気がした。
もちろんそれはメアリーの持つ倫理観の範疇でという注釈はつくが。
「お前、本当そういうところだぞ!!?」
「私はこれを離さない」
「離しなさい!!ジョセフさんに返しなさい!!」
「ごめん。無理」
「ほら、彼女もそう言っているんだから、君たちも彼女を見倣った方がいい」
両手でしっかりと持つメアリーの手から小切手を取り出そうと四苦八苦するアリオストロだったが、ジョセフの含みを入れた言葉に何かが引っかかったらしい。「ひえ」と小さくこぼして体勢をそのままに固まった。
ローランドは何かを考えている表情で、口を挟む気はないらしい。そんな三人の様子を見て、シモンは諦めたとばかりに、
「わかったわかった。謹慎処分受ければいいんだろう」
そう言った。
アリオストロの表情が強張る。
どうしてそんなに簡単に引き下がれるのか、そういうようにショックを受けた顔でシモンを見る。アリオストロは、どこかシモンを救世主のように見ていたのだろう。実際、劣性の民への価値観から、あれほど怒ってくれたことから、アリオストロはシモンを見習うべき大人のように、それこそ父親のように見ていた。だから、そのイメージとかけ離れた行いに戸惑いを抱える。
どうして、その四文字が、体を駆け巡って気持ち悪くさせた。
「話が早くて助かるよ」
「あ、じゃあ、ソピア馬車運営に案内してくださいよシモンさん」
「そうですそうです。予約を取らないと」
が、それも一瞬のことだった。
なんで知っている場所の案内を頼むのか、それに「へいへい」と答えるシモンを見ながらアリオストロは視線をメアリーに向ける。
メアリーは口角がとっても上がっており、一見して何か企んでいることは見え見えだった。今ままで感じていたあれそれが恥ずかしくなってくる。自分がいかに人を信用していないのか、アリオストロはそれを痛感しながら、口を閉ざした。
「ということで、失礼しますね」
メアリーはそう言ってアリオストロの肩を叩いて立ち上がる。
それに連なるようにローランドが立ち上がり、遅れてアリオストロも立ち上がった。
メアリーはサラッとジョセフの隣を通り抜けて、シモンの方に向かう。いかにも子供のように地団駄を踏みながら「早く行きましょう!」と言った。
「暗くなったらもしかしたら退勤しちゃうかもしれないじゃないですか!」
「わかったわかった。んじゃ、俺は退勤させてもらうぜ」
「……妙に素直だな」
「はん、ガキの前でいつまでも威嚇し合うほどガキじゃねぇんだよ」
お前と違ってな。
完全な煽り文句にジョセフは「ああ、そう」と言ってそれ以上は言わなかった。
退出したシモン、メアリー、アリオストロ、ローランドは無言で自警団本部の廊下を歩く。
木で出来た廊下にカーペットが敷かれたそこを早歩きで歩きながら、黙々と目的地……自警団の本部の出口へと向かう。それまでの無言の空間はとてもじゃないが気まずくって、誰も口を開こうとしない。
そうして長い沈黙の先、自警団の出口を越えた時、アリオストロとローランドが「はぁ」とため息をついていた。
「何か考えがあるんだよなメアリー」
アリオストロが呼吸を落ち着かせた後、声を顰めながらそう聞く。
だがメアリーは答えない。それは誰かに聞くことを恐れてとかではなく、単にシモンに要件があったからだ。メアリーは頬を緩ませて、とってもニヤつきながらシモンに近づく。その姿を見れば、誰もメアリーが戴冠者であることを信じないだろう。
そのくらい悪魔的、魔王的な顔を持ってしてシモンを見ていた。
「もちろん、この小切手とは別にもらえるんですよね?」
「おういいぜ」
「よっしゃー!倍になった!!」
何もメアリーは素直に依頼を中断するとは言ってない。
小切手をもらっただけだ。優しいジョセフから貰っただけで、依頼主から依頼のキャンセルなんて聞いてないし、聞いたとしてもキャンセル料を払わせるつもりでいた。
それに気がついたのがシモンとローランド、そしてまんまと騙されたのがジョセフとアリオストロだったわけだ。
「お金、お金、お金!」
「本当にがめついな……」
隠しもしないメアリーの態度に呆れるようにシモンはそういった。




