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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第四章 ハイドロの殺人鬼
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1苦き終幕


 何度来たってそこはまるで要塞のように無機質で、冬のように冷酷であった。

 現在、メアリー、アリオストロ、それからローランド加えてシモンは自警団本部へとやって来ていた。

 やって来たというが、実質シモンに招かれたという形で、自警団内部にあるシモンの部屋へと通されたのだ。


 シモンの部屋はザ・仕事ビトのような簡素な作りであった。

 部屋が小さいとか、内装がしょぼいとかではなく、圧倒的なミニマリストのように仕事に関係する物以外全てを排除したような作り。ジョセフの部屋と比べれば、目にうるさくないという利点を感じても、これはこれでどうなのだろうか、そんな感想を多かれ少なかれメアリーたちは抱えた。


 ジョセフの部屋とはもう一つ明らかに異なる点がある。

 それは匂いだ。何年も染み込ませたであろうタバコの有害な匂いが鼻を擽る。何年では済んでいないのだろう。何十年と吸っていつのだろうことが、部屋の具合からして察せられた。


 また、荒れてはいるが汚くはない。

 掃除されているが書類やらなんやらが溜まっているのみ、なんともチグハグな部屋か、そんな感想をメアリーが抱いていると、シモンは当然のように奥の執務机に座る。それから顎でメアリー、アリオストロ、ローランドに客人用のソファーを勧めた。


 促されるままソファーに腰をおろせば、そういえばというようにシモンにアリオストロは訊く。


「目的はわかったていうか、なんとなく理解したんですが、そのなんで自警団は狙われてないのでしょうか?」


 それは誰もがスルーしていたことだ。

 メアリーもそういえばというような顔をすればシモンが呆れたように「知っていると思ってたが……どうやらお前たちの参謀はおっちょこちょいなようだな」という。

 参謀。初めて言われた言葉に戸惑いを隠せないものの、次の「おっちょこちょい」という言葉にメアリーは赤面する。

 自分の至らなさを自分で把握するのと、他人から指摘されるのはこうも違う感覚を得るのか、胸から込み上げる熱い体温をなんとか無視しながら、メアリーはなんとか熱を呑み込んだ。


 そんなメアリーを知ってか知らずか、会議は進んでいく。


 だが、アリオストロの疑問は想像以上に早く、そして簡素的に答えられた。


「ジョセフが揉み消した」


 カチ、ライターの音が響く。

 タバコを吸って、それから、シモンは背もたれに背を預けながら、深々と煙を吐いた。


「被害者の中には優生の奴らもいたが、それを全て金で黙らせてジョセフは今の均衡を保っている」


 付け加えられた言葉にアリオストロは酷く顔を歪めた。

 ヒトの命がそうも簡単に天秤に乗せられる理由がわからなかった。それをできてしまうことへの理解ができなかった。正直なところ「へぇ、そうなんだ」程度にしか考えていないメアリーもローランドも意味がわからないし、そんなに軽い話であっていいのかという疑問が胸に残る。


「ジョセフさんの動きがよくわからないな」


 そう言ったのはメアリーだった。

 メアリーは腕を組みながら、顎を触ってそういう。


「私たちはジャックさんにソピア馬車運営で劣性の民だからと聞いていたんですが?」

「……俺はジャックには説明したぞ」

「騙された案件か」


 結局は命の価値などどの世界も同じではないか、それが表面化されていえるかないかの違いで。

 そこまで考えてメアリーは項垂れる。怒っているわけでもない制度に対する悲劇などよくあること、今更憤りを感じるほどメアリーの心は若くなかった。


「あれだけ良いように騙されないようにしようと誓ったのに……」

「情報から嘘だとは誰も思わないだろう」


 メアリーの嘆く声にアリオストロが若干哀れみをまじ入れながらそういう。


「いや、あながち嘘ではないな。ジャックの言う通り、表向きは劣性の民しか襲われないと言う名目で街の平穏を守っている」

「神罰代行騎士団ってそういえば殺人鬼の対応はしてくれないんですか?」

「基本的に逃れモノ及び叛逆者たちの対処だな。それ以外は基本的に街にある自警団やら兵たちが対応ってのが定石だ」


 メアリーは心の内で「正常性バイアスねぇ」と呟いた。

 正常性バイアスとは以上な事態が起きても自分は大丈夫と勘違いする認知の一つで、劣性の民しか狙われないという情報がその認知を補強してしまったのだろうと考える。

 街の平穏を守るとはいうが、それでは至って逆効果だ。

 殺人鬼が出ているのにそんな強気では困ってしまう。そう言う奴らが大抵余計なことをすると知っているからだ。


「知ってますよ。そう言うの嘘でもないけど、本当でもない……ってことですよね」


 ローランドの苦言にも似た言葉に、シモンは顰めっ面をそのままに「奴がよくする手口さ」と言いながら不満げに口にする。


「あいつには善悪はない。商人としての利益が何よりも重要で、奴はそのためにならヒトを救うこともあれば、殺すこともある」


 シモンは相当ジャックに思うところがあるのだろう。

 魔術属性としては土と海。相性がいい筈なのに、なんだろうこの差は……。メアリーのその疑問が顔に出ていたのか、シモンが口を開く。


「俺は魔術の才能ってのがとんとないんだ。一般的な魔術師のように遠距離攻撃なんてできん。できてもせいぜい八メートルだ。霧散するんだよ。ギャビンが言うには練りが甘いやらなんやら、まぁ要は才能がねぇってことだ。だからいわゆる属性どうしで性格が絶望的にあわねぇとか、そういう支障がない」

「あ、なるほど」

「ああ、そういえば、風と海は絶望的に合わないんだっけか?」


 アリオストロの言葉に納得がいったように頷いたローランドが頷く。


「会ったらどちらか死ぬまでバトル」

「え」

「がち?」

「……なんて伝承が残ってます」


 それは絶望的に合わないという言葉で収めていいのだろうか。

 少しだけ恐ろしさを感じつつも、メアリーはシモンの話に脳内を戻す。才能がないと言っていたが、昨夜は魔術を使いこなしていたように見えるが、そう思いメアリーは「昨夜のあれはなんだったのですか?」と直球に聞いてみた。


「ああ?あー、あれは八メートルの制限があるなら拳に纏わせて、ぶん殴った方がいいと思ってな」

「それだけじゃないでしょう」


 水を纏わせた拳だったが、ただのエフェクトのために使っているとは思えない。

 何か仕掛けがあると踏んだメアリーがそう聞けば、シモンは悪そうな顔でにっと口角を上げた。


「超高速で拳に水を纏わせている。その気になれば金属も切れるぞ?」


 加えて「試してみるか?」と言う言葉にメアリーは首を横に全力で振った。

 思わず顔が引き攣る。そんなメアリーとは対照的にピンときていなさそうなアリオストロとローランドは首を傾げた。


 シモンの単純な説明だが、やっていることは言わばウォータージェットカッターと同じだ。

 加圧した水を小さな穴から発射させる水流。それを一つの人体でやってのける。メアリーにとって魔術はやっぱり理解の届かないものだ。


「下手な風よりも痛いどころの騒ぎじゃない」


 大人って狡猾だな。

 メアリーは自分のことを棚に上げてそんなことを考えた。

 普通は才能がないと思ったらそこで足を止めるだろうに、実際のシモンはここまで極悪非道な使い方を探している。しかもウォータージェットカッターというものがないだろう世界で。

 そこまで考えて、シモンを怒らすべきではないだろうと考えたメアリーは露骨に話題を変えた。

 現実、メアリーたちを真っ二つにできる能力が相手の逆鱗になど触れたくない。

 すでにワンアウトしていることを忘れたメアリーは「そういえば」と口にする。


「ジョセフさんの動きがおかしいのっていつからなんですか?」

「俺がなんだって?」


 その言葉に部屋が凍りついた。 

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