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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第四章 ハイドロの殺人鬼
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7悲しき化け物


「デカく出たな」


 シモンはそう言って、ギャビンから差し出された水を口にした。

 舌で味わように、それから唇を濡らすように口を動かし、それからメアリーを見た。


「それを俺に言った理由はなんだ」


 シモンのグラスに入った氷がカランと音を鳴らして溶ける。

 先ほどとは違った張り詰め方をした空気は、ローランドとアリオストロをも巻き込み全員に伝達するように緊張という現象をすべからず全員に平等に降り注いだ。

 メアリーはそれに答えない。

 答えは持っている。けれどそれを言っていいのか、もしくは言ってはならいのか、今更になって不安が顔を出したのだ。それを知ってか知らずか、ローランドが小さくというように呟く。


「最初から、ちょっとおかしいなって思ったんです。その、私の話にはなりますが……」


 ローランドは自分の手元にあるオレンジジュースの入ったグラスを引き寄せながら、伏せた目でそういう。


「メアリーさんが思っていることと同じなのかはわかりません。でも、多分思っていることは同じ……シモンさん全部、全部知っていたのではないのでしょうか?ソピア馬車運営が狙われる理由も、その原因が自警団にあることも」


 そういうと、シモンは日のついたタバコを蒸した。

 それから吐き出して、上を見ながらなんの躊躇もなく「そうだ」と答える。


 それに一番に反応したのはアリオストロだ。


「なんで」

「なんで対処しなかった……か?しようとしたさ。だが全部無駄に終わった、俺が到着するのはいつも事件が起こり、奴が退去した後だ」

「自警団には、何も言っていないんですか?」


 わずかに震えたアリオストロの声に、シモンは愚痴を言うかのように「無駄だ」という。


「覚えていないのか、自警団はハイドロの殺人鬼コネクターを厄介払いしている……」


 だからなんだというのか、そう言おうとしたアリオストロはそれでもその後が言えなかった。

 なんでなのか気がついてしまったから、そしてシモンの本当の目的を理解できてしまったから。


 愕然とするアリオストロの隣、今まで沈黙を貫いてきたメアリーが、重々しく口を開く。


「あんたが望んでいるのは、コネクターとの会話。そして、自警団への懐疑を晴らすこと……そうじゃありませんか?」


 確信をついたメアリーの言葉にシモンは水を煽った。

 それから静かに「つまらない話だ」と口を開く。


 そこから語られたのは、ずるい大人のずるい話であった。


 ハイドロに駐屯された自警団は、基本的に神殿のお手伝いさんのような位置にある。

 毎日神殿からよこされる逃れモノや治安維持の依頼など、様々なことをこなして街の()()()()を守る何でも屋さんだ。

 だからその日もシモンは日夜騒がれる殺人鬼コネクターへの対処を立案するためにジョセフの元に行こうとしたのだ。


「殺人鬼コネクターだが、発見次第殺処分としよう」


 それなりにシモンはジョセフに敬意を持っていた。

 自警団設立から団長をしていたいわば英雄。ジョセフに憧れて自警団に入るものも少なくない。そんなジョセフから出された言葉に、シモンは体の時間が止まったかのような衝撃を受けたのだ。


「ソピア馬車運営にちょっかいをかけているだろうけど、彼らはあくまで劣性の民。優生の民である僕らが気にかける必要はない」

「捕まえて神殿に連行しなくていいのですか?」

「神罰を受ける権利だってないさ、だって彼は()()()()だからね」


 なんでコネクターが劣性の民と知っているのか、そして今まで良好的な関係を築いてきたソピア馬車運営を裏切る発言をしているのか、シモンに理解ができなかった。


「犯行の動機も聞かなくてよろしいのですか?」

「君は蟻が砂糖を奪ったらどうする?事情を聞くかい?」


 その言葉を聞いたとき、シモンは手元に持っていた資料をそのままに一人でコネクターとの接触を図ろうと決めたのだ。

 何かやましいことが自警団にはある。だからこそそこから調べていけば、すぐにコネクターが自警団に出入りしているソピア馬車運営の連中を殺していることがわかった。

 これは復讐だ。

 しかもあのジョセフに向けた復讐なのだ。そう悟るには遅くなかった。

 

 この情報を自警団に出せば被害者が減りコネクターはこの街から消え去ることは分かっていた。

 分かってはいたが、それをシモンは結局できず、道端であったジャックの勧めから依頼を出すことにしたのだ。頭のいいものならコネクターとの接触を手伝うだろう、悪ければそれまでシモンの今までの努力は消え去るが、それでもそれが運だったと目を逸らすことにした。


 そして今、判決は下された。


「疑惑を晴らすなんて甘いこと考えてなんかねーよ。ただそこに罪があるなら、裁くのが俺たちの本来のあるべき姿だ」


 シモンが今何を考えているかわからなかった。

 自分が所属する組織への疑惑。それを抱えるとはどういう心境なのだろうか、そしてそこまでコネクターを執拗に狙うのかまだメアリーには理解ができない。


「どうしてそんなにもコネクターを?」


 だから正直にそう言った。

 そうすればシモンは僅かばかり目を見開いてそれからいう。


「これを見逃したら、今後、自警団は劣性の民を見捨てる……ということが当然という風潮になる」


 ああ、なるほど。

 そうだ一を二にするよりもゼロを一にする方が遥かに難しい。

 これはそういう問題だ。コネクターをそのように処分するのなら今後、劣性の民が犯罪を犯したら殺処分されることになる。それがもし冤罪でも、話を聞かずに罰することができるようになってしまう。

 それは命への冒涜だ。

 

「てことは、コネクターと接触できればいいんだよな?」


 全く単純な話の任務じゃ無くなったな。

 そう思ったとき、今まで話を聞くばかりだったアリオストロが徐にそういった。


 まるで何でもないことのようにいうから、隣にいるローランドを目を見開かせて、それから「くす」と笑う。


「俺、なんか変なこと言った?」

「いや、大正解だよ。この上なくね」

「ふふ、何にもできないなんて嘘だったわね、シモン。誰よりも彼が勇敢よ」

「ああ、そうだな」


 突如変わった空気感にそれを成しえた筈のアリオストロが「え、何」と挙動を可笑しくさせて首を左右に振る。

 助けを求めるように目を見られるメアリーはついに耐えられなくなって、片手で頭を抱えて「ぷ」と笑った。


「今のどこに笑う要素があるんだよ」

「ふふふふふ、いや、ごめん。いい男だよお前は」

「何?急に何?今から殺されるの俺?」


 バシンバシンとメアリーは楽しげにアリオストロの背中を叩く。

 その間にもローランドが耐え抜いたらしく、業務的確認を取るようにシモンへと視線を向けた。


「そうなってくると今夜がいいかもです。もう私たちが狙われているのは確定なので、そこで捉えましょう」

「本気か?お前らの実力じゃあ、手に余るぞ」

「本気です。だってシモンさんが手を貸してくれるのでしょう?」


 その言葉にシモンは一瞬目を丸くさせた。


「それならアタシも手を貸してあげるわ」

「え、ギャビンさん戦えるんですか?」

「それなりにね。まぁ後方支援の魔術を使える程度だけど」


 思わぬギャビンの助太刀にメアリーとアリオストロは先ほどまでの空気を霧散させてそう聞いた。

 それにギャビンはウインクをして答える。そこ知れないな、そんなことを考えながら「だったら作戦を立てましょう」と口にした。皆の目が引き締まる。目標は決まった。そしてそこには強い意志もある。それで十分だ。

 

「ちなみにギャビンさんの魔術属性は?」

「風よ」


 その言葉に、ローランドは目を輝かせて、それからシモンは顰めっ面を更に深めた。

 

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