2神への疑心
「は?なんだと?」
「どういうことかしら?」
言葉は至って平静。だがその視線は動揺で瞳孔が震えている。
そしてメアリーもアリオストロも口を開いたまま固まった。その情報をなぜローランドは知っていたのか、そしてどうして今まで言ってくれなかったのか、疑惑や疑問が頭を駆け巡る。
「私は北の街ポスが陥落したと聞いた時、ああ、ニフタを包囲しようとしているんだなって思いました。それからダリアさんがリトスにはくるなと聞いた時、ああ、今度は西の街リトスを陥落させようとしているんだなと思いました」
「色々言いたいことはあるけど……その南の街が陥落したのはいつ頃の話?」
努めて冷静にメアリーはローランドに投げかけた。
ローランドはそれになんの躊躇えもなく「私がリトスまで向かう最中です」と答える。
「あー、その話をするならリトスに行くのは危険じゃないのか?」
「その、ダリアさんがくるなと言っていたのでリトス陥落の抑止力に私たちが成れると思って……メアリーさんもその考えをしていたと思って」
メアリーはこのとき、自分の言葉足らずを責めた。
思えばローランドに真面目に話したり、情報交換と言ったものは数えるほどしかやってきてないかもしれない。目配せやローランドが察してくれるからと完全に甘えていたのだが、それが裏目に出て情報共有が遅くなるとか、メアリーはアリオストロの追求を求める視線を目を泳がすことでなんとかしのいだ。
「モチロンソウダヨ」
「嘘つけぇ!!」
裏返った肯定の声に、アリオストロが強くツッコミを入れる。
顔から汗という汗が流れる。口元で手を組んでその上に顎を乗せた。そして吹けもしない口笛を吹けば、そこでローランドもメアリーが知らなかったこと、本当に知らなかったことを悟る。
段々とローランドのモチモチの頬から血の気がひく。
沈黙が空間に広がった。それから暫くして氷の溶ける「カランコロン」という音が耳に入ってくる。
なんかやっちゃいました?の本当の「何かしてしまった」現象に初めてあったからかメアリーは保身よりもすぐさまフォローに入った。
「いや、確認してなかった私も悪いから」
「私が悪い」とは言わなところがメアリーの良いのか悪いのかわからい絶妙なところだ。
「それでローランドがわざわざそれを言ったのには理由があるんだろう」
早々に自分の失態を隠したかったメアリーがそういう。
そうすれば青ざめた顔から戻ったローランドがすぐに頭を振ってから意識を切り替える。
「西の街リトスを攻めたいのなら、準備が必要です。ハイドロで騒ぎを起こしてそちらに注意が当てられている間に……とは考えられませんか?」
「確かに、道理は通っているな」
「そのためにハイドロの殺人鬼に支援を……ねぇ」
頷くシモンに答えるギャビン。
それに難しい顔をしながら珍しく考え込むアリオストロが「なぁ」と聞く。
「結局どういうことだ?」
幻覚か、メアリーの額に青筋が浮き出た気がした。
「リトスを陥落させるためにハイドロで騒ぎ起こしてそっちにかかりきりにさせるつもりなの。ドゥーユーアンダスタン?」
「お、おう。だけどなんでかかり気にさせるんだ?」
その言葉にメアリーは押し黙る。
「だって、誰を足止めしたいかわからないだろう?」
確かにそうだ。
誰を足止めしたいのか、そこは謎だ。騒ぐだけが目的だとは思えない。騒いだのち、誰が出てくるか、それが問題だろう。
そこでメアリーの思考がある回答を叩き出す。
「殺人鬼がコネクターで逃れモノであることを知ったら神罰代行騎士団が来るんですよね?」
「ああ」
「それが狙いでは?神罰代行騎士団はちなみにどこから?」
「……リトスに駐屯しているな」
リトスに駐屯しているのなら話は早い。
リトス陥落には神罰代行騎士団が邪魔になる。なるべく一人でも良いから削りたいだろう。そしてこの規模のハイドロの領地を粛清するには大掛かりな人数が必要だ。手薄になるだろうな。何がってもちろんリトスの警備がだ。これである程度の簒奪者ウェヌスタの目的と殺人鬼コネクターの繋がりを察することができた。
早い話、殺人鬼コネクターは簒奪者ウェヌスタの捨て駒だ。
「だがそうなると奴らの目的は頓挫することになるだろうな」
そこまで考えていると、隣。シモンからその言葉が出た。
確かに、殺人鬼コネクターが劣性の民であり逃れモノであることは現状伏せられている。アリオストロが、
「てことはジョセフさんってそれを知った上でコネクターの件を公に出さないようにしているんじゃないか?」
と言った。
それにシモンは眉間に皺を寄せて、思った以上に早く首を横に振る。
ジョセフさんはシモンさんに何をしたのだろうか、ちょっとだけ気になることにメアリーはキョロキョロと目を動かしたが、藪からヒビを出す勇気はなく聞くことを頓挫させた。
「そうであるなら、俺に一言かけるだろう。あいつを単独で追っている俺にその危険性とリスクを教えないわけがない」
「あーね?」
そりゃあそうだ。
もしメアリーがシモンだったらを考える。簒奪者ウェヌスタがリトスを狙っていると知り、その上神殿側に神罰代行騎士団をハイドロに向かわせるのが目的だと知ったら、まずは単独で調べようとするシモンを止めるだろう。
ちゃんとした調査部隊を編成して、シモンに部下をつけて殺人鬼コネクターを探す。
そして副団長という立場にあるシモンだけにも今起きていることを話す。話す義務がある。
思考はさらに続く。
そもそも、殺人鬼コネクターの捜索に積極的ではない理由はなんだろうか。
見るところそれを担当しているのはシモンだけ、まるで探している体を装って放置しているような……。
「シモンさん。殺人鬼コネクターの調査をしているのはあなただけですか?」
「ああ、そうだ」
「とすると……本当にジョセフさんの考えがわからない」
「そうだろうな」
シモンはそう言って苛立ちを隠さずに煙を吐いた。
空いた片手の指で机をリズミカルに叩く。
「なんかジョセフさんって殺人鬼コネクターに会いたくないみたいな感じあるよなー」
話を聞く限りさ。
アリオストロのなんてことない言葉に、ローランドが強く反応した。
「それだ、それですよアリオストロさん!」
「うお、びっくりした」
「なるほどねぇ、じゃあ、アタシはジョセフの個人情報を調べれば良いのね」
うっそりとギャビンが答える。
思わずそのルージュの引かれた厚い唇に目がいく。
メアリーは一度思考を止めて、それから驚いたように口をパクパクと動かした。
「ま、まさか」
「そう、そのまさか、アタシの本職は探り屋よ」
バーの店主は表向き。
そう言ってパチリとウインクするギャビンにアリオストロもローランドも絶句する。
それからアリオストロが「なんか初めて聞いたけど、かっこいい職業だな」という小学生以下の反応を示した。シモンは動じることがない。ギャビンの職業を知った上での関係だったのだろう。まぁそうでなければ、昼間から飲みにきたダメな大人の構図になる。
そんな失礼なことを考えながらメアリーは、最後の一口を飲み干した。
「シモンさん私たちはどうしますか?」
「一旦、犯行現場にいくことになるな」
「わかりました。それなら一度これはギャビンさんに返しますね」
道中それを理由に捕まりたくない。
そのためだけにメアリーは丁重に書類をギャビンに返した。それから「夜にも行動したいのですが」という。
犯行は基本的に夜に行われていることをメアリーは先ほど書類から読み取っていた。だからこその提案だったのだが、それは最も簡単に断られた。
「それはダメだ。夜は俺だけで捜索する。お前たちは宿で寝ていろ」




