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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第四章 ハイドロの殺人鬼
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4殺人鬼コネクター


 それが何故なのか皆目検討がつかない。

 つかないが、これは重要な気がした。メアリーはそこまで考えて思考を閉じる。

 その頃には自警団の外に出ており、ローランドとアリオストロはこれからについてよく話していた。やれ、一旦アスター宿場連盟で宿の予約をしよう、ソピアのヒトたちに連絡をしてみよう、まずは依頼主を探さないとなどヤンヤン言っていた。

 メアリーもその話し合いに混ざろうとしたとき、ふと、近くの路地裏が気になった。


 特に理由は、というか明確な理由はない。


 ただ何となく、そう、見られていると思ったのだ。

 だからメアリーはどうするか悩む二人を呼んだ。


「アリオストロ、ローランド」

「どうした?」

「何でしょうか?」


 メアリーは視線を感じた方向から目を逸らさず、


「行くよ」


 とだけ言葉にした。

 慌てる二人の説明を求める声を一切合切無視してメアリーはズンズンとヒトの波を押し切って進んでいく。

 そして治安の悪そうな路地裏に入って行った。


 路地裏は食べ物の残り滓やゴミが散乱しており、時折腐敗臭のような気分の悪い臭いを漂わせていた。

 思わずメアリーとローランドが鼻を押さえる。アリオストロ的には慣れていたのか、特にそう言った行動をせず、気ままにメアリーに対して「それで、どうしたんだ?」と言った。

 それにメアリーは鼻を押さえながら答える。


「視線が気になった。何だかこっちを試すような視線だった」


 そう言ったとき、正面に銀色が見えた。

 それはヒト影だった。それにアリオストロとローランドが息を呑む。そんな二人とは違い視線の主がそれだと気がついたメアリーは駆け足でその影を追った。

 続くように急いで走るアリオストロとローランドにメアリーは「多分あの人!」と言われ困惑していた顔を引き締める。その銀色の影はメアリーたちの歩幅に合わせるように走っている。導かれているんだ。それを悟ったとき、ある一つの考えが生まれる。その銀の影こそメアリーたちが探そうとしていた男。自警団副団長のシモンではないのかと。


 ならば尚更見失ってはいけない。


 左に右に、ズンズンと進んでいってその影を必死に追う。

 青白い太陽がゆっくりと沈んでいく頃にはメアリーたちの息は上がってきており、スピードも落ちていっていた。しかし誰も「止まろう」とは言わなかった。誰もがそのとき、追っている人物がシモンであることを悟ったからだ。

 そうでなければこのようにメアリーたちが見失わないように走り続ける意味がない。


 銀色の影はしようと思えばメアリーたちを置いていくことができると思ったから。


 そして、メアリーたちは銀色の影が右側の角に曲がったのを見て、駆け足になる。

 肺が痛い、足が痺れる、手先が凍りついているのに、なぜだか心の臓が熱い。早まる脈拍と絡まりそうになる足、それでも体を叱咤して足を動かして右方向へと曲がったとき、ガッチリとした、しかし暖かく柔かなものにメアリーの鼻が突っ込んだ。


「きゃ!!」

「わ!!?」

「うお!?」


 先頭のメアリーの急なストップに後方で必死に走っていたアリオストロとローランドが反応できるわけもなく、互いが互いの背中に頭をぶつける。

 ちなみにだが、一番体力がなく一番後ろを走っていたアリオストロは尻餅をついていた。さて、そんな玉突き事故を起こしたメアリーだったが、痛む鼻先を押さえながらぶつかったものを見上げた。そしてそこには大柄な男の姿があった。銀髪の体格のいい男。髪は後ろに撫でつけられ、頸のところで小さく結ばれている。彼の背中にぶつかったのだ。そう悟ったときにメアリーは反射的に「すみません」と言った。


 ガタイのいい体がメアリーたちの方向に向く。


 そこで男の顔がよく見えた。

 酷い火傷の痕、険しい顔立ちの筋骨隆々の壮年の男。思わずメアリーが「ひえ」と声を上げた。

 キトンも合間さってギリシャ神話のヘラクレスを想起させる。


 男はメアリー、アリオストロ、ローランドを見てから「ジャックが言っていた連中だな」と言った。


「と、いうことは……あんたがシモンていうヒトですか?」


 恐る恐るというようにメアリーがそう聞けば、男は懐から一本の円柱形の紙を取り出しそれに火をつけて息を吸って空に向かって煙を吐いた。

 タバコだ。それを見てメアリーがピクリと反応する。


「そうだ。……道端で聞かれても困るからな、ついてこい」


 さっきからめっちゃついてきてたけど。

 アリオストロが蚊のようにか弱い声でそういう。だがそんな言葉は意図的に空気に溶けて消えていった。


 案内されたのは、すぐそこにあった裏口のような扉のある何の変哲もない場所であった。

 コンコンコン、シモンがその扉にノックをする。それから三秒ほど置いて「夜明けが来た開けてくれ」というと、扉からガチャリという鍵の開いた音が聞こえた。


 何だ今のかっこいい。

 メアリーとアリオストロはその所作に目を輝かして、ローランドはこれからの未来を案じて唾を飲み込んだ。


「今日は客人がいる」

「あら、また珍しい」


 シモンはそんな三人のことなど気にも止めずに中に入る。

 それに乗じるようにメアリーたちが恐る恐る「お邪魔します」と言って入っていけば、そこには鶯鳴の記憶にもあるバーのような光景が広がっていた。


「いらっしゃい」


 カウンターにいるのは女性的な男性。

 淡い紫色の長髪を揺らす、彼または彼女は面白いものを見るようにメアリーとアリオストロ、それからローランドを見てそう言った。初めて会うタイプのヒトだからかアリオストロとローランドは固まったまま入り口に棒たちする。それなりの記憶があるからこそ戸惑いも困惑もしなかったメアリーだけが、シモンに続いて中に入り、シモンの座ったカウンターに一席空ける形で座った。


「何してるのさ、早く入りなよ」

「順応力高くないか!?」


 アリオストロの最もな言葉にメアリーはシラを切った。

 これに関しては人生の厚みが違うというしかない。だが実際問題メアリーの見た目は十代後半程度。説得力に欠けるから押し黙ることにしたのだ。そんなメアリーとアリオストロのやりとりに肩の力が抜けたのかローランドがゆっくりと扉を閉めてメアリーの隣に座った。

 それを見たアリオストロも慌てたように着席したところで、シモンは二本目のタバコを取り出す。


「依頼を出した俺も俺だが、まさかこんな幼い奴らを寄越してくるとはな」

「その文句はジャックさんご本人に言ってください」

「それもそうだ」


 常連。何だろう。

 何も言わずともショーケースに並んだ酒と及ばしきボトルを取り出した彼または彼女の動きにそんなことをメアリーは思う。


「それから、ええっと彼及び彼女は誰でしょうか?」

「あら、嬉しい。配慮してくれるのね。アタシはギャビンこのバーのマスターよ」

「メアリー・パートリッジです」

「アリオストロ……です」

「ローランドです」


 そう言って自己紹介を始めるメアリーたちにギャビンは「よろしくね」と言って、丸い氷の入ったグラスに酒と思わしき黄金色の液体を注ぐ。それからシモンの方に置いてから別の瓶を取り出して「メアリーちゃんたちはオレンジジュースでいい?」と聞いてきた。

 インフラが握られた世界でも酒や飲料水は発達するのか、と思って「それで大丈夫です」といえば、ローランドがギョッとした様子で「正気ですか!?」と言った。

 その意味がわからなくメアリーは目を白黒させる。

 そんなメアリーにローランドは「どう見ても水の色じゃないですよ!!?」と言ってきた。


 それにメアリーは、あ、まずい。

 そう悟る。


「メアリーちゃんはオレンジジュースが何か知っているのね」


 あちゃー。

 心の中のメアリーが頭を抱えた。何度もいうがここはインフラが握られた世界。

 飲料水などと言ったものが発達するとは限られない。ここに並ぶ全てがこの世界的に違法に作られた可能性だってあったのだ。大人たちの追求する冴えた瞳から送られる視線を感じながらメアリーは何度目かのジェネレーションギャップに近い感覚に襲われた。

 

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