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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第四章 ハイドロの殺人鬼
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2殺人鬼コネクター


「ハイドロにつきましたよ!」


 そう言われて窓から外を覗く。

 ヒトの手の入った石造の道路。水路と思わしき側溝を塞ぐ鉄の板。立ち並ぶのはレンガ造りの建物。

 十九世紀のビクトリア朝様式と言えばいいのだろうか、正しくジャック・ザ・リッパーが登場しそうな雰囲気を持つこれまた出鱈目な高度文明の代物だった。

 あいも変わらず、道行くヒトビトはキトンを着ている。

 古代ギリシャのヒトビトが揃って十九世紀のイギリスに飛ばされたような不可思議な光景は、だが誰も違和感を口にしないことから、これが彼らにとって当たり前であることを見せつけられる気分になる。


「それにしても、ローランドが乾燥の魔術を覚えていてくれてよかったよ」


 そんなメアリーの心情を知らないアリオストロは、そう悠長に語った。

 現在、積乱雲によって雨に降られたメアリーたち一行だったが、日常で使える魔術を行使できるローランドのおかげで体を冷やすことなくハイドロへとやってこれた。まぁ、体を冷やす原因となったのはローランドなのだが、そんなことを考えながらメアリーはハイドロの街でも特に目立つ時計台を見た。


 イギリスにあるビッグベンのように大きく立派なそれを見ながら、先ほどまで行使した……と言えばいいのかわからないが、とりあえず使った医術に対する誤魔化しを思い出した。


「こ、これは自分で作った、その、魔術だよ!」


 無理があったなぁ……とは今のメアリーの感想であった。

 だが二人はそれで納得してくれたらしい。そもそも考えれば医術は禁止されているということは、()()()()()()()()()()()。というわけで、彼らにとっては不可思議なことは全て魔術として片付けられるのだろう。


 初めて二人がバカでよかったとメアリーは心の奥底でそう思った。


 いや、バカというか、これは二人が知識がない立場で良かったと言えばいいのだろうか。

 ローランドは知らないが、アリオストロは完全にこの国の社会的弱者の位置にいる。だから知らなくとも納得できる。ローランドに関しては、魔術を使えることからも高度な教育を受けていると思っていたし、それに相応する立場だと思っていたが、医術を知らないというところを見るにシャルルやブルゴーニュといった権力者ではなかったのだろうと推測する。


 民間の出なのかな?


 そう疑問に思うも、メアリーはそれを言葉にすることはない。

 家系やら血統やら、この国はそういうのが面倒くさく入り混じっている。下手なことを言って藪から蛇を出したいわけではないし、何よりチームの主戦力になるローランドをそんなことで手放したくなかった。

 

 ということでメアリーは考えない方向で行くことに決めた。


「それではハイドロの自警団本部の方までお送りしますね」


 そういうネフレンにメアリーはふと疑問になったことを聞いた。


「このままネフレンはどうするの?」

「暫くこちらのソピア馬車運営で待機ですね。それでお客さんが決まったらまたそのお客さんの目的地まで運ぶって感じです」

「へぇ、それじゃあ、それまではハイドロに待機って感じか」

「二度ほど来たことがるので、よろしければ観光案内もしますよ?」

「馬車チェイスっていくらかかる?」

「何させようとしてくるんだろうこの人」


 メアリーの素朴な疑問から大胆な提案まで丁重に聞いたネフレンはスッと表情を真面目にさせてそうぽつりと零した。

 最初は固定客が……とか考えていたのが馬鹿馬鹿しくなるほどメアリーの提案は複雑奇怪。これ以上この人に喋らせたら犯罪の片棒でも担がれそうだと判断したネフレンが無理矢理にも話題を変える。


「そういえばどう言ったご用件でハイドロの街に?」

「ソピアから来た依頼を遂行するためかな」

「ほほう、あの殺人鬼が出るとか出ないとか」


 ネフレンの言葉にメアリーは僅かばかりに目を見開く。

 社内でそういった情報は共有されているのかと思っていたから、まさか殺人鬼が幽霊程度に思われていると想像していなかったメアリーは拍子抜けすることになる。

 そして同じ思いを感じたローランドが、まるで手探りで何かを探すかのように「ジャックさんから何か聞いていないのですか?」と訊ねた。


「いや、それが、最近ジャックさんと連絡が取れなくって」

「え、それって大丈夫なのか?」


 殺人鬼の話を聞いた後に失踪とは縁起でもない。

 アリオストロは困惑気味にそう聞けば、ネフレンは想像以上に軽い調子で「大丈夫ですよ」と言う。


「どうせあの人のことだからフラッと帰ってくるだろうし……もしかしたらアスターさんの方に行っている可能性もありますしね」

「放浪癖丸……と」

「メアリーさん……」


 ジャックの行動に対してあらぬ疑いをかけるメアリーにローランドが呆れたような声を出す。

 そんな二人を置いておいて、アリオストロが「そう言えば」と口を挟んだ。


「アスター宿場連盟ってハイドロだとどこが近いんだ?」

「時計台の近くにありますよ。ちょうど領地の中心部なので、迷わず行けると思います」

「へぇ、ちなみにソピアは?」


 ネフレンの回答にメアリーは興味を持ったようにそう聞き返す。


「ソピアは領地の外れの方です。アスターからはだいぶ距離がありますので、アスターさんの方で予約して頂ければお時間にお迎えにいかせてもらいます」

「電話なんてあるんだ」

「でんわ?が何かは知りませんが、所属している魔術師がそう言った魔術を使うのが得意なんで」

「ああ、そういう」


 随分と魔術というのは何でも解決してくれるようだな。

 今更な感情を抱える。文明が遅れている理由は魔術なのではないのか、という推測まで出てきた。何でもできるということはそれ以上に発展しなくてもいいということだ、これはかなりまずいのではないか。文明の発展よりも先にヒトが衰退していくのは有り得ないことだと思っていたが考え直さなくてはならない。


 そんなことを考えていれば、馬車が唐突に止まった。


「お待たせしました!ここが自警団本部となります!」


 視線が窓の外に向かう。

 そこにあったのは煉瓦造りの大きな屋敷のような建物であった。

 こちらも十九世紀にありそうなゴシック調の建物。大きな括りでは左右対称であるが、装飾品が多くそれらは左右非対称的であり豪華絢爛に飾られている。

 もしかしたらブルゴーニュ邸よりも金がかかっているのかもしれない。

 そう思っていれば、キャビンを開けられる。そしてメアリーの前にネフレンが手を差し伸べた。


「どうぞ、お客様」


 その目がお金に靡いていることを無視してメアリーは差し出されたのだからとその手に自分の手を重ねれる。

 さほど大きな段差はないため、手を引かれる必要はあったのか疑問だったがそうやってアリオストロとローランドが降りてきたところを見て「ああ、宣伝か」と察した。

 こんなヒト集り、丁重な運搬を誇張して宣伝するには打って付けな場所だ。

 だからこそ、この対応なんだろう。

 その抜け目のなさにメアリーは心の中でだけ半笑いする。


「それでお会計の件なのですが五カルネテルと五百スータコインとなります」


 メアリーはその言葉に頷き己のポーチから七枚のカルネテルを出した。

 何か言いたげなローランドを黙らせて、ネフレンに紙幣を握らせる。そして、そのまま耳元に顔を近づけて「口止め料の追加だ」と言った。


「そんな!ええ、いいんですか!?」

「チップだと思ってくれ」

「ありがとうございます!!それじゃあ、またのご贔屓をよろしくお願いします!!」


 そう言ってネフレンは受け取った紙幣を自分の懐に入れてすぐさま先頭の馬に跨る。

 それを最後まで見送って、メアリーが振り返ればジト目のローランドと不思議そうに首を傾げるアリオストロの顔がある。メアリーはこちらを詐欺師のように見てくるローランドに「嘘は言ってない」とだけ弁解した。それに不思議そうに「何がだ?」と言ったアリオストロに、ローランドが丁寧に教える。


「メアリーさんが三割まけてくれと言ったのは覚えてますか?」

「お、おう」

「そして今のネフレンさんが仰った五カルネテルと五百スータコインは三割をまけた料金。そうなると元の原価は七カルネテルと百五十スータコイン。メアリーさんはチップと言い七カルネテルを払いましたが、結局原価よりも安く支払い、そして得した気分にさせて返したのです」

「詐欺師だ!!」

「ちょっと計算が苦手なだけだよ」


 アリオストロがとんでもないというように見てくる中、メアリーは当然のようにそう宣った。

 

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