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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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3問う者、問われる者


「と、言うことで、ネフレンさん。ハイドロまで乗せていってもらってもいいですか?」

「もちろんですよ!ええっと、そちら側の方は初めましてですよね?私はネフレンと申します!メアリー様、アリオストロ様がご贔屓にしてくれる馬車だと思ってください!」

「おいこら、贔屓にしてるとはいってないぞ」

「そもそも乗るのこれで二回目だからな」


 そんな何回も乗ってない。

 そう否定するアリオストロにメアリーも同意するように頷く。


 あれから翌日。

 目的を決めやることを決めたメアリーたちは心機一転し王になる旅、いやヒト探しの旅に出ることになった。

 結局のところ北の街ポスは簒奪者ウェヌスタが占領している限り侵入はできないので――そもそも向こうの幹部に顔が知られてしまった――当初の目的であったハイドロ、ひいてはリトスに向かうことになった一行だが、今回はその件もあってソピア馬車運営の事務所的な場所にいた。


 とんでもない嘘を吐くネフレンはさて置いておいて、メアリーたちは料金価格に関して知るために目的地と戴冠者、次期王候補であることを伏せるといった契約を結ぼうと口を開く。


「正直、戴冠者であることがバレたらそちら側も問題になると思うんだけど、また馬車チェイスしたいならバラしてもいいけどそこら辺どう思う?」

「もしかしなくっても脅されてますか??」

「メアリーさん一旦落ち着いて……」


 さて、スキロスの一件を重く受け止めることのできたメアリーは、まるで人が変わったかのようにヒト的になった。

 それは今まで一番隣でいたアリオストロがよく理解している。どんなことがあろうと冷静でいようと努めていたよくわからないヒトが案外情の深いヒトであったという程度でメアリーを見ることになった。


 その進歩は小さいようでとても大きかった。


 それは喜ばしいばかりの変化ではなかったものの、それでもずっとわかりやすくなったメアリーに安堵している部分もアリオストロの中にはある。だが、まぁ、わかりやすくなった分こう交渉が雑になったというか、知的な感じのよくわからない話し方が変わったというか、そこはちょっとだけ惜しまれた。


「いや、事実を陳列してるだけ」

「その事実が痛いんですよ」


 剣を剣だと思わず振り回す子どもですか?

 ネフレンが苦情のようにそう言ってきたところで、メアリーは態とらしく咳払いをした。


「学生割引みたいなのないの?」

「がくせいわりびき?それが何なのかわかりませんが、割引って言うとないかもですね」


 ついには鶯鳴の記憶をフル活用して金額を抑えようと出る。

 結局のところジャックを出し抜けなかったことに蟠りを感じているメアリーは、正直なところソピア馬車運営になめられたくなかったのである。

 良い鴨だと思われたくない。もしかしたらジャックはメアリーとアリオストロに対して鴨だと思っている可能性がある。ないかあるかと言われれば後者に軍牌が上がるほどそう言う面ではジャックは信頼されていなかった。


 だからこそ、メアリーの暴走は止まることはない。

 当面は嫌な客をしようと腹に決めたのか、アリオストロやローランドが何を言ってもメアリーは頑なにその態度をやめなかった。


「わかりました!わかりました!」


 そして最終的に折れたのはネフレンだった。

 ネフレンは圧をかけてくるメアリーを自分から引き剥がして、まいったと言うように両手を上げた。


「それならハイドロまでの護衛を無くして、魔物の処理を皆さんに任せるという形にして少々お値段をお下げしましょう」

「五割減らして」

「五割!?」

「じゃあ、三割でいいよ」

「それで勘弁してください」


 アンカリング効果と言うものがある。

 最初に提示された数値を基準として考え、その後の変動により判断が左右されるというコミュニケーションでよく使われる心理的なアプローチだ。ネフレンは最初一割ほどの割引にしようとしていたが、気がつけば三割も値引きしていることになっている。それを知らずにメアリー空の追及がないことを良いことに息を整えたネフレンは笑顔を取り戻してからメアリー、アリオストロ、ローランドを見た。


「それではご乗車の準備ができましたらお声がけください」


 一面広がるのは草原だった。

 風が吹き、野を草食動物がかける。ヒト専用に舗装されていない道はしかして幾たびも往復されているからか草木は生えておらず、自然でできた砂利道のように広がっていた。そこを一台の馬車が駆ける。三頭の馬がひくキャビンは木製でできた小ぶりなもので、開け放たらた窓から、ローランドが身を乗り出して小さな杖を後方――馬車を追いかける精霊のような魔物に向ける。


「⬛︎⬛︎⬛︎!」


 ローランドがそう叫ぶ。

 それが一体どの言語なのかはわからないものの、その言葉に反応するようにペンのような杖が発光し、その先端から渦巻くような風が生まれた。それは直径約三メートルほどの円。それが吹いている風とは正反対にローランドの思うように地面を削りながら魔物を呑み込む。

 まるで全身が切り裂かれたような衝撃を喰らった魔物たちは全身に切り傷を負いながら、それでも追ってきた。


 その執念や否や、メアリーは思わず感嘆の声をあげる。

 魔物に向けてのそれであったが、自分が褒められたと思ったローランドが胸を張りながら「魔術は得意なんです!」と誇らしげに言った。


「後ろ後ろ!」


 アリオストロの悲鳴じみた声が反響する。

 それに反応してメアリーとローランドが後方を覗けば、そこには段々と距離を詰めてくる魔物たちの姿があった。


「ヒュー、これだからリトス方面はスリルでリスキーなんですよ!」

「何でそれ最初に言ってくれなかったんだよ!」

「三割割引で消えました」

「メアリー!」


 怒鳴りの声にメアリーはすぐに両手で耳を塞ぐ。

 隙間から聞こえてはくるものの、幾分かマシになったそれを聞き終えた後、メアリーは無表情で「追いついてきそうだな」と他人事のように言った。


「どうする!これで追いついたら俺たちどうなっちゃうわけ?!」

「普通に考えたらキャビンが破損、損害請求されるかな」

「その前に生きてハイドロにつくよな!?」


 メアリーの的外れな言葉にアリオストロは食いついてそういう。

 その様子にローランドは笑いながら「その前に接近戦に入ると思いますよ。ねぇネフレンさん」と騎乗しているネフレンに訊く。そうすれば振り返らないものの、大きな声でネフレンから返事が返ってきた。


「ローランドさんの言う通り!キャビンが破壊されちゃあ困りますんで、追いつかれる前に降ろして戦闘してもらう形になります!」

「はぁ!?俺たち戦ったことないぞ!!?」

「そこは私がフォローするので安心してください!」

「ローランドは支援というよりも前線で戦ってほしいかも」


 フォローに回ろうとするローランドを押し止めて、メアリーはぎゅっと己の杖を握った。

 それからアリオストロに視線を向け、それからその腰元に挿さる剣を見た。


「飾りじゃないでしょ」

「いやそうだけど」

「シノゴの言わない」

「何でそんな自信満々なんだよ!!」


 それは当たり前だろう。

 メアリーは人を解剖したことはあっても、魔物は解剖したことはない。その臓器はどうなっているのか、そもそも食事や排泄行為などするのか、もし臓器があればヒトに適合できるのか、色々と知りたいことが山ほどある。有り体に言えば医者としての、鶯鳴としての血が騒ぐのだ。未知とはいい。その言葉だけでヒトは魅了されるのだから。


「降りるよ、アリオストロ、ローランド」

「マジかよマジか!!?」

「わかりました!」


 正反対の声を聞きながら、メアリーはアリオストロの首根っこを掴んで意を決して馬車から飛び降りた。

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