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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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2問う者、問われる者


 そうしてアリオストロはへらりと笑った。


「だから俺、恩人を殺したんだ」


 メアリーはその言葉に伏せる。

 殺した。殺したとはとても斬新だ。他人事のようにメアリーはそう思う。この手で殺したわけではない。だから殺したと言う言葉は定義として間違えている。けれど、アリオストロがそう受け止めることであの時のことを許せるのであればいい。結局現実は変わらないわけで、どんな考え方をしてもスキロスが生き返ることはないし、それからスキロスがどうなっているかなんて調べる方法もない。


 だからこそそれでいい。


 そう自分に言い聞かせて、次の話をしようとしたときローランドが静かに立ち上がった。

 それからアリオストロの座るソファーに腰を下ろして、硬く握った青白い両手を優しく包む。

 それはまるで聖母のように、宗教画にあるようなそんな神聖さを纏っていた。何、見せられてんだろう。メアリーの目が死ぬ。


「それじゃあ、全てが終わったら。そのヒトを探しにいきましょう」


 だが、その言葉に目を見開いた。

 メアリーもアリオストロも揃ってローランドを見る。ローランドは相変わらず可愛らしい顔で笑顔を浮かべながらなんてことのないことを言うようにそういう。


「それに旅の途中だっていいじゃないですか。その方が生きいるのであれば、その途中でまた出会うかもしれません」

「それは……生きていたらそうだけど」

「まぁ、いつからアリオストロさんは根暗になってしまったのでしょうか?」


 ローランドはそう言って慈愛のこもった瞳でメアリーとアリオストロを交互に見る。

 その瞳に映るメアリーはひどい顔をしていた。自分ではそう思っていなかったが、それでも心のどこかでスキロスを特別扱いしていたのだろう。焦燥し切った顔をしていた。脈は安定しているのに、冷や汗をかいているわけでもないのに、顔だけが青ざめている。


 そこで切り離していたつもりの感情が一気に襲いかかってきた。


 『全然冗談じゃないんですけど……でも笑ってもらえてよかったです!』『……ティーセット持って行ってもいいですか?』『大丈夫です!ついさっきブルゴーニュ様の執務机に辞表の紙を置いてきました!』『私がジャックさんにお願いされた依頼は、馬車につながる隠れ道まであなた達を案内することです』


「助けてくれたアリオストロさんが、恩人を殺すなんてことするはずないです。それを私はよく理解しています。だってあの時助けられたのだから」


 何でこんなにも鮮明に思い起こされるのだろうか、もう過ぎたことなのに、メアリーは内心でそう思う。

 それと同時に何でか知らないが、引っかかるものがあった。何に、どこに、形容する方法はない。ただやるせなさというか、心苦しさが今更になって喉を締めた。


 メアリーの心の内側まだ幼いメアリーが叫んでいるような気がした。

 どうして何も感じないの、どうしてそんなに冷たいの、どうしていつも他人事なの。


 どうして。


 それの答えをメアリーは持ってない。持つはずがない。今までそんなことを考えて生きてこなかったし、これからも考える必要なんてないと思っていた。

 だが瞬間、浮かび上がった笑顔が、その一枚絵がなぜだかくっきりと思い起こさせた。


 鮮明な写真のような、それでいて美しい額縁に飾られたような一瞬。


 『だから』


 夜風に靡く茶髪。

 いつもは髪で隠された片目がスキロスの動きとともに覗く。もう忘れてしまった彼女の容姿も、そして声も今だけは鮮明に、色褪せることなく蘇る。


 『いってらっしゃい』


 その情景が、動くはずもないメアリーの心に深い影を落とした。

 よくある悲劇だ。火災のとき友を逃そうとして半身を押し潰された子が、自分の生を友人へと預ける。医療現場ではよく聞く悲劇。そして何よりもメアリー(鶯鳴)はそれに深く関わってたから、飽きるほど見てきていた。


 人が泣くところも、絶望に暮れるところもよく見ていた。

 見て、いたのに、耐性があったはずなのに、それなのに今メアリーの両目からボロボロと涙が溢れていた。


 『どうか、その旅路でこの国を知り、この国を善き方向へと導いてください』


 誰よりも純粋で、誰よりも打算的だった。

 あんたはバカを演じて、そして演じ切った。

 いつの間にか日常にいたのだ。

 彼女と共に過ごしたのは一日もなかったのに、それなのにすごく馴染んでいて、これからもなんだかんだ言って仲間としてついてきてくれると思っていた。

 だけどあんたは私たちを逃す方法をとった。

 自分が生きることよりも、世界がより良くなることを選んだ。

 それを選べる勇気があった。

 それを選べてしまう勇気があった。


 メアリーは諦めたように両手を上げた。

 それから同じように泣いているアリオストロを見て、天井を見上げた。

 認めてよ。小さなメアリーが心の中でそういう。彼女の死を受け入れられない自分をちゃんと見てよ、と主張するようにメアリーの心の中は荒れる。


 それにメアリーは参ったような表情を浮かべた。

 そうさ、スキロスは生きているって一番思い込みたいのは自分なんだ。


 メアリーはそう内心に語りかければ、ざわめいていた得体の知れない感情が、蛇のような感情が立ち止まってシクシクと泣いているような気がした。アリオストロの涙の滲んだ声が響く。


「置いていきたくなんてなかたよ……」


 嗚咽の混じった声だった。


「ああ、くそ、……」


 メアリーは片手で顔を覆い。涙を隠すように顔を伏せた。

 それから「知ってるよ」とあの時スキロスを引き留めようとしたアリオストロを止めた本人とは思えないほど、掠れた声で「よく、知っているよ」と言った。


「死んでるなんて思いたくないし、生きてるって、この世界のどこかで生きてるって思いたいし、会いたいよ」


 アリオストロはうわ言のようにそういう。

 それに手を重ねたローランドが「探しましょう」と言った。


「ポスにいなければリトスを探せばいい。リトスにいなければ他の領地を探せばいい、それでもいないなら世界中を探せばいい」


 彼女は柔らかに言葉を紡ぐ。

 アリオストロもメアリーも視線をローランドに向けた。


「それができる旅です。次期王候補が王になる旅の中ヒト探しがあってもいいじゃないですか」


 言われてみれば確かにそうであった。

 縛られたヒトではない自由に旅に出ることができる。他の戴冠者に認めさせる、もしくは他の戴冠者を殺さなければならない旅ではない。そんなものにしなくっていい。あの日置いていってしまったものを取り戻すための旅にしてもいいんだ。

 メアリーはそんな少女的なことを考えてしまう。

 そしてそれはアリオストロも一緒で、彼は一生懸命涙を拭って、それから「メアリー、ローランド」と名を呼んだ。


「俺は王にならないといけないって思っていた。今もそれは変わらないし、それに最終目標はそれでいるつもりだ」


 アリオストロは「けど」と続ける。


「それに加えてヒト探しをしたい。スキロスを探したい。自分勝手だけど、それであの日置いて行ってしまったことを謝りたい」


 アリオストロの真剣な目がメアリーとローランドを映す。

 それから意気込んだように頭を下げた。アリオストロの茶髪が動きに合わせて揺れる。それをメアリーはバカだな、と思いつつもローランドと目を合わせる。それから二人して揃って笑った。


 理由なんてもちろんない。

 この時、この瞬間が面白かったから、だから二人して吹き出すように「ふふ」と笑い合った。


「だから力を貸してくれ」


 そしてもう一度メアリーとローランドはアリオストロを見て、


「もちろんです」

「当たり前だよ」


 そう言った。

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