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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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1問う者、問われる者


「さっきの話、どう思う?」


 口火を切ったのはメアリーであった。

 その言葉に緩まっていた空気が引き締められるような雰囲気が流れた。ローランドは難しい顔をして「嘘には聞こえませんでした」と言った。それにメアリーもアリオストロも静かに頷く。それからアリオストロが、


「そもそもの話、情報量が多くてよくわからなかったんだが」


 そう言葉にする。

 まぁ確かに、お遊び要素といえば何だか不謹慎であるがダリアの言葉には含みがありすぎて色々と思うところはあった、だが彼女が伝えたかったことはようは二点だ。

 ハイドロの件に目を瞑り、リトスには来るな。


「だけどそうも言ってられないんだよね」

「どうしてだ?」


 緊張感のないテンションで言ってくるアリオストロにメアリーは思わずじっとアリオストロを見た。

 困惑をひとえに単純化するつもりはない。

 アリオストロの発言も大きな視点で見れば間違いではないだろう。だが、あの約束と宣言を前に他人事でいられる神経を疑った。メアリーはそのとき、アリオストロが仕切りに窓の方向を見ていることに気がつく。追いたいと言うのではないだろうか、あれほどの歴然の差を見せつけられて尚、その神経もちょっとだけ理解できなかった。


 と言うことはメアリーはちょっとだけ理解できたのである。

 アリオストロの気持ちはずっと、それこそ北の街ポスでの出来事からスキロスに向けられている。彼女が心配というか、恩人の安否を知りたがる気持ちは理解できた。少なくともメアリーだって彼女に心を動かされたのだ。彼女の殉教に、この国を思う心に思うところがないとは言わない。


 だがそれは今ではない。

 今清算すべきことではない。


 何度も言うが相手は国規模の権力を持つ。

 彼らにとってはアリオストロは敵でしかなく、メアリーとローランドは異教徒に過ぎない。まぁ、そこは彼女たちの信じる神を祖先が本当に殺していたのならという注釈は入るが、そもそもセウズ神以外の神が観測されてない時点でそれも本当か怪しいところだ。

 だが物事は最悪を想定して動くべき、それをメアリーは知っている。


 たとえ己も北の街ポスに戻り、彼女の安否を知りたいと心の内が騒ぎ立てていても無視するしかできないんだ。


「誰が何と言おうと次の目的地はハイドロだよ」

「わかってる、わかってるんだけどさ」


 それでも、その言葉は続かない。

 それでいいとメアリーは思う。と言うかそれしかアリオストロを説得できないとまで考えていた。

 だがそこで一言ローランドの言葉が差し込まれた。


「その北の街ポスで何がおきたんですか」


 どうしてそこまで囚われているのですか?

 正直正当な疑問だとメアリーは思った。ここまで押し黙っていた方が偉いと思えるほどのタイミングだ。

 もしかしたら、本当は随分と前から言いたくて、けれども空気感というか雰囲気というか、そう言う見えない物で押しつぶされていたのかも知れないだけかもだが、それでもタイミングとしては最高であったのでアリオストロに言わせることにした。


 ここで毒抜きをしてしまおう。


 それこそがメアリーの目的となった。


「その、助けてもらったんだ」


 九歳と言う行為は一口に言えないほど複雑だ。

 何といえばいいのか、ただ救うことは誰もができることだ。それこそバカを装って頼んでもないのに背を押してきたスキロスのように、無情にヒトを救うと言うのは簡単なことであった。

 だがそれでいて難しい。

 ヒトを殺すよりも捕縛することの方が難しいように、ヒトを守ることよりも救う方がよっぽど難しい。


 だからこそ強烈なのだ。


 たとえそこに熱がなくっても、情という言葉が挟まってなくっても、ただ一人の少女の祈りと人任せな信仰を押し付けられての救助だとしても鮮烈に強烈にメアリーとアリオストロの中に残る。


「どうしようもないときに味方になってくれた」


 打算的かと言われればそうだとメアリーは答えるだろう。

 スキロスは完璧に買収されていたわけだし、ジャックの提供するものが目当てだった可能性だって低くない。だから味方になったとは思えなかった。それこそかつての鶯鳴の仲間達のようにいつでも切り捨てられるような存在でしかなかったはずだ。


「救ってここに来るまでの活路を見出してくれたんだ」


 だが切り捨てることと、自ら切り捨てられることは全く別物である。

 切り捨てようと思って行動するときはそのことを頭に、計算に含んで行動する。だから失ったときも計画的にできたという達成感すらある。だが、自ら切り捨てられにいかれるのは、予備動作のない犠牲にはメアリーは追いつけないのだ。計画通りでないから、計画外だから、だからあのとき殉教するスキロスの背中を止めるという選択肢を取れなかった。


 そんなことをしなくても助かると思ってたからこそ、油断していた。


「恩人なんだ」


 だから今もこうしてスキロスの影が二人の側で横たわっていた。

 記憶に強く刻まれてしまったのだ。


 特に彼女の死は無駄であったからこそ、更にその事実が重くメアリーとアリオストロにのしかかる。

 メアリーは意味もない殉教をしたスキロスに哀れみと同情それから悔いを感じていた。だがアリオストロは違う、スキロスの死を疑い、生の希望を探して、死を拒絶した。


 その違いが今の二人のスキロスの死に対するギャップだった。


 だからメアリーは悔いこそするが、振り返らない。

 アリオストロは生を模索するから、振り返る。


 もし、スキロスが何かの間違えで生きていたら、メアリーはきっとこういうだろう。「やってくれたな」そう言って、スキロスの頭をガシガシと撫でるだろう。


「スキロスは最後に陽動として姿を消した。そのまま行方不明になったんだ」


 ずっと濁すアリオストロの言葉にメアリーは事実だけを陳列した。

 それに歯を食いしばるアリオストロを無視して、そうしてローランドにそう言った。


「……そう、何ですね」


 メアリーの言葉にローランドは答えにくそうにそう言った。

 それはそうだ。ローランド自身が聞いたことであるが、ここまで詰んでいるのだ。もしかしたらローランドはどこかに救済があるのではないかと思って聞いたのかもしれない。だが残念ながらなかった。メアリーの視点からすればあの時、あの場所でスキロスという少女の物語は終わりを迎えたのだ。


「アリオストロさんはポスに戻りたいんですか?」

「……それ、は」


 メアリーが避けていた言葉をローランドが口にした。

 酷なことをするな、メアリーはそれを傍観しながら他人事のようにそう思う。思うが止めない。何も知らないローランドだからこそアリオストロに言えることがあるかもしれないと思ったから、黙って耳を傾けることにした。


「わからない。戻ったところで、俺が何をできるのか、わからないから」


 アリオストロがまるで告解するように両手を握りしめて肘を太ももに置いて背を丸めた。

 そこにあったのはただ戸惑うだけの少年が一人。赦しを乞うような姿で下を見る。


「俺、どうなるかわかってたのに、なのに見捨てちまったんだよ」


 アリオストロの強迫観念のような「王になる」という言葉を思い出す。

 その言葉には万感の思いが籠っていた。今振り返ればあの言葉は贖罪にも聞こえる。メアリーは伏せるアリオストロとは反対に天井を見上げる。あのときの選択肢に後悔はない。悔いは残ったが、それでも同じ状況にされた同じことを繰り返すだろう。


 そしてきっとそれはスキロスも同じ。


 それがわかっているからこそ、メアリーは何か口にする気にはなれなかった。

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