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神饌の戴冠者Ⅰ・Ⅱ  作者: 綴咎
第三章 法という名の理不尽
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4簒奪者たち

 三叉の槍が大きく横に薙ぎ払われる。

 それを間一髪かがむことで避けたジャックは、持っていた愛用のキセルを上から下へと振り下ろして「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」と呪文を唱える。それは不可視の攻撃。それを黒いローブに身を包んだ少女に向かって遠慮なく振りかざす。だがそれを少女、猟犬の槍は軽やかなステップで宙返りすることで避ける。


 届かなかった攻撃が狭い路地の壁に吸い込まれ、瞬間。壁をまるで大きな何かが殴ったような破壊音を携えて崩す。

 猟犬の槍には戸惑いも恐怖もなかった。むしろ、フードから覗く口元は楽しげに歪んでいる。


 ジャックはその様子に困ったように眉を顰めた。

 それからキセルをくるりと一回転させる。それは攻撃ではなく、精神統一の一種である。だが、相手はそう見なかったらしい、猟犬の槍はグッと身を屈ませてそれからまるで弾丸のように距離を詰めた。

 彼女が踏み込んだ地面は抉れている。

 相当な脚力を持っているな、そんなことを考えながらジャックは突き刺すように動かされた三叉の槍をキセルを使うことで攻撃をずらした。


 はっと猟犬の槍が目を瞬かせて驚く隙にジャックはそのまま膝で無防備になった腹を殴打した。


「かはっ!」

 

 猟犬の槍の体が最も簡単に地面へと転がって跳ねる。そのまま袋小路の壁にぶつかったところでジャックは、


「ここでやめにしない?」


 そう提案した。

 痛みをさも感じさせない動きでゆらりと立ち上がった猟犬の槍は、フードを被っていても隠せないほどの眼光でジャックを睨む。

 そこにある敵意は全く衰えていない。それどころか、先程の攻撃によって燃え上がったのか、口元は笑みを描き狼のような八重歯が覗いた。


「無理そうだね。じゃあしょうがない」


 そういうとジャックは路地の壁に手をピタリと合わせた。

 それから「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」と言葉を踊らせる。間はない。ましてや発動時間など無いに等しい、そのくらいの速度で狭い路地の壁から円形の柱が複数飛び出し、路地を封鎖するように錬成される。


 ジャックはこれで身を隠す時間稼ぎになるだろう。


 そう思っていたが、次の瞬間、バキバキという破壊音と共に塞いだ壁が最も容易く破られる。

 三叉の槍如きで、そう思ったジャックであったが飛び出た猟犬の槍を前に顔を引き攣らせた。猟犬の槍はその口で槍を持っている。つまり、彼女は純粋な力によって壁を破壊してきたのだ。


「想定外だな」


 ジャックはそう零すと、キセルを構え直す。

 猟犬の槍は口元から素早く右手で槍を構え直し、穿つために右手を後方に伸ばしてから身を捻る。そして左手を脇腹の方向へと引き寄せてから力一杯に()()した。


 至近距離からの遠距離用の攻撃に一瞬ジャックの反応が遅れる。

 何とかキセルを使って軌道を逸らしたものの、ジャックの頬には一筋の線が引かれていた。

 そこから止めどな口が流れる。額から顎へ、顎から額へ。一見して不利に見えるジャックであったが、その思考はこの戦いが五分五分になることを考えていた。


 なぜなら目の前の猟犬の槍は獲物を無くした。

 たとえ純粋な力を持っていようが、獲物を持つジャックと持たない猟犬の槍では話が変わってくる。だから余裕の笑みを携えて、ジャックは言う。


「投げちゃってよかったの?」

「元々それが本当の使い方だからね」


 返ってこないと思った問いに答えが齎されたことに一瞬ジャックの目が丸くなる。

 それから答えの言葉に引っかかった。元々の使い方が違う。それは一体どういう意味か、投げることが、穿つことが目的ではない。ということは、ジャックは思わず地面へと突き刺さった槍の方向をみる。


「みんな勘違いするけど、それ()()()()()()()


 何もかも遅かった。

 槍を見て悟る。槍の三叉に分かれるまでのシャフトそこには大きな円がある。そして持ち手部分にもその円はあった。

 穿つには、突き刺すものにしては何とも不要なもの、それが一体何を示すか、ジャックはあらゆる知識を探り当ててそれからはっとその正体を知る。


 知ったところでもう遅いのだが。

 猟犬の槍が何かを引っ張るように手探りよせた。それはまるで糸を引っ張るような仕草。地面に突き刺さっていた三叉の槍が――いや、糸たて棒が猟犬の槍の手元に戻る。


 ジャックはすぐさまキセルを動かして「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ !」と叫んだ。

 そしてそれに被せるように猟犬の槍が「Θεά της Κλόθω!」と叫ぶ。


 瞬間。目に見えぬ糸がジャックの四肢を縛る。

 不可視の糸に何かできるはずもなくジャックは顔を顰めた。何度か脱出のために動かしてみるが、上手くはいかない。それどころか更に拘束は強まる。してやられたとはこういうことを言うのだろう。ジャックは視線を微動だにしない猟犬の槍を睨んだ。


「逃れようなんて思わないほうがいい。これは運命の糸、誰もが運命から逃れられないようにまた君もそれから抜け出せない」

「ちなみにここから逃してもらう方法はあるか聞いても?」

「無い。君には全く持ってない。その原因を自覚しているはずだ」


 猟犬の槍はそう言って、手元に戻った糸たて棒の三叉の部分でジャックの膝を斬った。

 鮮血がまるで水飛沫のように上がる。頬についたジャックの血を穢らわしいもののように拭い去った猟犬の糸は、膝を切られたことで立つことができず、膝を折る形で地面に崩れたジャックを見下ろした。


 両手は相変わらず運命の糸によって縛られているため、操り人形のような体勢になっている。

 そんなジャックは忌々しいような言い草で猟犬の槍を罵った。


「まさか君程度に負けるとはね」

「しょうがない。私は運がいい。君が油断したことも、こんなところで出くわしたことも、君が私の武器に気が付かなかったことも、動揺したことも全て私が運がいいからできたこと」

「何だそれ、まるでチートだね」


 ジャックは苦虫を潰したかのように糸たて棒を睨んだ。

 あれのせいであることはわかった。思考が鈍ったのも、ここで彼女を仕留めきれなかったこともあの糸のせいだと。ここまで窮地に追い詰められたのはいつぶりだろうか、そこまで考えると、どこからかコツコツと言うヒールの音が聞こえた。


「あら、まだ殺してなかったの?」

「あ、ダリア」

「運命の糸は編み終わったのでしょ?」


 そう言うと猟犬の槍はいやそうな顔をした。

 まるでドブネズミを見るようにジャックを見下ろす。下しておいてこの態度、全くもって品がない。ジャックは視線を動かしてダリアと呼ばれた女性を見る。目を引く赤色の帯、それを留めるライオンの装飾、計算され尽くしたと言っても過言ではない美貌と陶器のような美しい白い肌。ここで、ジャックは見当が言ったように「あぁ」と言った。


「神々の寵愛を受けた子達か」

「ウゲ、なんか言ってる」


 嫌そうに運命の糸を操る猟犬の槍が顔を顰める。


「てか、さっさと殺して仕舞えばよかったのに、何で殺してないわけ?」

「こいつ殺しても意味ない。運命の織物が殺しても無駄だって騒いでる」

「何?」


 猟犬の槍の言葉にダリアは想定外というように目を見開いた。

 それから嫌な顔をして、すらっと腰に帯ていた剣を抜く。それに猟犬の槍は目を見開き「意味ないのに殺す?」と訊ねた。


「あなたが言うなら本当に意味がないのかもしれないけど、元々こんな面倒なところに来たのはこいつを殺すためよ。意味がなくても戦果として持っていかないと」

「あーそうか」

「はは、酷いなぁ。ヒトを前に殺すか否か話すなんて」


 この間もジャックは逃げ出すために両手を動かしている。その度に締まる構造に諦めたのか、ぶらんと脱力しながら二人を見ていた。

 その瞳には一切の恐怖や悲痛な感情が乗っていない。それが不気味で仕方がなかった。まだ戦闘中の方が感情を見せていたと思う。話がまとまったのか、二人の目がジャックに向く。


 そして次の瞬間には無慈悲にダリアの一太刀によって首を刎ねられ、呆気なく絶命したのだった。

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