3簒奪者たち
「神を……」
「殺した……?」
「?」
セウズ神は生きている。
だが、ダリアの言った神々というのは別物であるのだろう。そんな回答を残す脳にメアリーは一瞬この国が一神教だったことを忘れた。
殺したというのはオリュンポスの十二神のことなのか、だからゼウスっぽいセウズ神は残っていて他の神々は出ないのか、そこまで思考が回って、愕然とする。
そんな歴史知らない。
いや、この国の歴史すらあやふやだったメアリーにとってそれは仕方のないことだったが、それでも神殺しなんて話、大層な話を知らないで済むような立場ではないことは理解している。
ダリアはじっと三人の様子を見る。
それはあまりにもきつい表情で、思わずメアリーは息を呑み込んだ。額に浮かぶ汗が顎を伝う。いくらか続いた沈黙。それはダリアの落胆したため息によって終幕した。
「呆れた、話にならない」
「話を……」
ローランドが堪らず声をあげる。
「話を聞かせてくれませんか?」
ローランドもメアリーと同じ考えに至ったのだろう。
真意にそう聞くローランドにダリアは考え込むように視線を右下へと向ける。それから沈黙が再び始まり、メアリーたちにとって苦痛の時間が暫く進んだ。
メアリーはその間に何を言われてもいいような準備をした。
ここでオリュンポス十二神が出るのか、それとも別の神々の話が出るのか、一神教の国でどうして他の神が出てくるのか、メアリーたちの先祖は移住民族でこの地にいた元々の神々を殺したとでもいのか。
どんな話が来ようと動揺して足元を掬われるなんてどうしようもないことにならないように身構えた。
だがそんな苦労もダリアの一言によって水の泡になる。
「そんなの自分たちで調べなさいよ」
ダリアは冷めた目でそういった。
「リトスと何か関係があるのか」
苦し紛れにアリオストロがそう投げかける。
「さぁ?」
だがそれも沈黙を貫く決めたダリアの前では意味をなさなかった。
彼女は憂う表情を浮かべて「これが戴冠者……ねぇ」と呟き、もう一度聴こえるようにため息を吐く。
「まぁ、あなたたちのことはわかったわ。全く何も知らないことも、私たちの脅威にならない事もね」
その言葉は何だかカチンときた。
だが実際事実であるのだから、メアリーはその気持ちを一度心の中に仕舞い込んでダリアに向き直る。冷静な瞳がダリアの蜂蜜色の瞳を見つめる。意表返しにもならないと知りながらもメアリーは、
「知らなくても、リトスには行きます」
と宣言した。
それはそうだ。もうメアリーたちはアーテニーとアンジェリカに約束してしまった。今更彼等に行けませんとは言えないし、いうためには彼等の場所を探さないといけないのだから、結局はリトスの方向へと行くことになる。
だからなるべく恐れ慄いていることを悟らせないようにメアリーは強気に言った。
それに面白くなさそうにダリアは「ふうん」と鼻を鳴らす。
頬に手を置いて、小指から親指にかけてトントントンとその指の腹で頬を押した。
それから「じゃあ、予言は教えときましょう」という。
予言?首を傾げざる負えない。先ほどから神殺しや予言やら、知らない単語のオンパレードでメアリーの脳では消化できないほどに情報が流入してくる。それに頭痛を感じながらもメアリーは食いついた。知らないことは悪いことではないけど、これからこの国を仕切るのであれば国自体がどういうものなのか、その実態を知る必要がある。
だからどんなに小さなものでも聞き逃すなんてことはできない。
できるはずもなかった。
「人の罪よ、人の業よ、今この時、晒される日が来た。豊穣の地は枯れ果て、世界は嘆き、この地に芽吹く命は悉く消え去るでしょう。どうか、受け入れ、諦め、罰を受けるその日を待つのです。だが、玉座に座る正しき王の言の葉で、世界は救いを与えるだろう」
肉厚な彼女の赤い唇が荘厳な言葉を並べる。
意味は理解できるような、できないような、そんな感覚。覚えていられるかと言われれば正直なところ無理だと思った。そこら辺はアリオストロやローランドに頼ろうと思ったメアリーは、その言葉を一度自分の中で噛み締めてから「それは一体誰が?」と問う。
「さっきから質問ばかりね」
「何せ何も知らないらしいので」
「ふふ、可愛くな子。でもいいわ。教えてあげる。この予言は女王様からの言葉よ」
「女王様?」
「何も知らない子は知らなくていいヒトのこと」
皮肉な言葉を使えば、相手も皮肉で返してきた。
それにはぐうの音も出なかった。初めて口論で負けるメアリーを見てアリオストロは更に目の前のダリアに恐怖を抱え、汗を滲ませる。そんな様子には気も向けないでダリアは表情を抜け落ちさせてからメアリーとアリオストロ、ローランドを見て、
「何のために戦い、何のために王を選ぶのか」
あなた達はそれを知る必要があるのよ、と言う。
それは根源的な問いに感じた。何というか哲学的と言えばいいのか、倫理的と言えばいいのか、まぁ要するに多面的な答えが存在する問いに見えたのだ。
なぜわざわざそんなことを言うのか、メアリー達にはトンと思い付かない。
だがダリアはそれを言って満足したのか、席をたった。
赤い髪をふわりと流れさせて、それから一度深く目を瞑ってから、ギロッという効果音が合うような勢いでメアリー達を睨む。
「そろそろあの子も狩りを終えた頃でしょう。と言うことでおさらばさせてもらうわ」
止める隙はなかった。
彼女は優雅にヒールのある靴を鳴らして、来た時とは反対に存在感を大袈裟に出して窓へと向かう。
窓へあともう少しのところで、踏み込み、まるで蝶のように軽やかに、白鳥のように美しく跳びだって窓枠を超えて下へと降りた。
アリオストロが思わず立ち上がってダリアの後を追って下を覗き込む。だが、想像に反して彼女の姿はどこにもなく、今までいたはずのダリアは幻想だったように消えていなくなっていた。
「次から次へと何なんだ」
「お疲れ様ですメアリーさん」
さて、そんなアリオストロとは違って去ってくれたことに安堵したメアリー、そしてそれを労るように話しかけたローランドはやっと休めると言うように伸ばした背を丸めた。
メアリーに至っては上半身を机に投げ出すように倒れ込んでいる。そして顔を窓際にいるアリオストロに向けて「あ、窓閉めといてついでに鍵も」と防犯対策をしっかりと指摘した。
しばらくそうやってグダグタしていたメアリーは「ふー」と息を吐いて、気まずげに立ちすくむアリオストロに対面にある椅子に座れと言うように指さした。
アリオストロはそれに喉を鳴らして唾を飲み込み、要求通りに先ほどまでジャックやダリアが座っていた席に腰を下ろす。
下ろしたした瞬間、準備していたメアリーが叫んだ。
「あんた馬鹿じゃないのか!!!」
「すみませんすみません」
「すみませんで済むと思うなよ!」
立場を理解しろ立場を!
メアリーの大きな声に肩身を狭くしたアリオストロは赤べこのように頭を上下に振りながらずっと謝罪を続ける。
これには流石のローランドもアリオストロを庇えなかった。むしろメアリーに乗じるように、
「簒奪者たちはもう一国の主のようなものです。軽はずみな発言が戦争なんてことあり得なくありませんよ」
と迎撃した。
「個人的にモヤモヤするのは理解できる。だからするなとは言わない」
メアリーは一応というようにそう言ってから、だが、と続けた。
「次期王候補という国を背負うべくあんたが感情に支配されてどうする。あえてあんたの嫌いな相手に例えるが、そこはジャックさんを見習え」
掠れた声でアリオストロがはい」という。
これで懲りただろう。本人も反省している様子だし、そう思ってメアリーは両手で「ばちん!」と大きく音を鳴らした。それからローランドとアリオストロを見て「この話はもう終わりだ」と告げて、
「これよりこのチームの方針を決めよう」
そう言った。




