1簒奪者たち
「タチが悪いのはそれだけじゃない。彼女、簒奪者ウェヌスタにも狙われているんだよ」
「わぁ、大人気」
「茶化している場合かメアリー」
「うるさいアリオストロ……で実際のところ彼女は何?何でそんなに追われているの?」
そういうとジャックは「何から話そうか」と言った。
それほど迷うことなのか、メアリーはあれだけ饒舌であったジャックの思考による沈黙に冷静にそう思った。
ジャックは悩ましげにキセルを動かして、それから「言うとなぁ、君たちも欲しくなっちゃだろうしな」とまるでモノ扱いのようにそう言ってのけた。
彼女が劣性の民の可能性もあったが、それはなさそうだとメアリーの直感が囁く。
劣性の民にしては綺麗な容姿だからというのもあったが、どちらかと言えばジャックの言い方。
同じモノ扱いでも格別に違う言い方が含まれていた。そして気になる言葉もある。それは詳細を話したらメアリーたちも欲しくなっちゃうというところだ。
この言い分に皆一様に頭を傾げる。
そんなメアリーたちを見て、ジャックは笑い声をあげながら「まずは情報だけでいいよ。彼女にあったら教えておくれ」とそう言ってきた。それ以上は話す気はないらしい。すぐさま「ハイドロの殺人鬼の件だけどよろしくね」と言って重い腰を上げた。
「気になるなぁ」
「ふふ、情報だけでもそれなりの願いは叶えてあげるから」
「だってさアリオストロ」
「何で俺?」
話す気がないヒトを引き止める気はない。
適当にアリオストロに話を投げれば、当然のように疑問が返ってくる。それを合図にメアリーも立ち上がった。依頼というのは一気に受けるモノではない。今はとりあえずハイドロの殺人鬼を調べることを中心にしようと、さっさとメアリーはジャックからもらった少女の絵をポーチにねじ込んだ。
これ以上聞かなくていいのか、そんな顔をするアリオストロとローランドに「二つのことを同時進行するほどの力私たちのパーティにはないよ」と現実を突きくける。
遠回しに「弱い」と言われたことに気がついたアリオストロとローランドが肩を落とし、完全に気落ちした様子を見せた。
弱いことはそんなに悪いことなのだろうか、割と現代的な思考に支配されたメアリーにとっては正直どうでもいい情報だと思っている。強いところでその力を発揮できないのなら意味がないし、発揮する場所がないなら尚更不必要なモノだ。
まぁだがそんなメアリーとは違ってこの世界で生きる二人にとって強さとは必要なステータスなのだから、落ち込むのは当たり前であった。
さてそんな二人の思考を理解できないメアリーは早々に理解することを諦めてジャックを見た。
「とりあえずそちらの言い分はわかった。正直あんたの掌の上感が否めないが、リトスに行くついでだからね」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、僕も忙しいからこれで失礼させてもらうよ」
そういうとジャックはそのまま振り返ることなくこの部屋を出て行った。
それを最後まで見送って、メアリーはどんと音を鳴らして腰を落とす。それから乱暴にその青い前髪を後ろに撫でつけて「つっかれたー」と呼吸を置いた。先ほどまでの緊張のせいか、やけに暑く感じる。首元の布を少しずらしてから、まるで酒を飲み終わった中年男性のように「はぁー」と息を吐いた。
その代わりようにアリオストロもローランドも「どうした?」と引き気味に見る。
そんな二人を一切合切無視して、ズルズルと背もたれに肩を預け始めた。
「これだから商人の相手はしたくないんだよ」
「そ、え、わからないですけど、そのメアリーさんは頑張ってたと思います!」
「ありがとうローランドお世辞でも嬉しいよ」
全くお世辞ではないのだが、疲れたメアリーはそれに気がつかないように片手をあげて応える。
それにまるでダメなものを見るような目をしたアリオストロが口を開こうとしたとき、ふわり風が部屋の中に入ってきた。
その風がローランドの髪を遊ばせ、メアリーの額に滲む汗を乾かし、アリオストロの前髪を揺らす。
その間にもローランドは話を進める。
「えっと、さっきのをまとめるとハイドロの殺人鬼の情報を集めつつ、どうにかして、それからさっきの女の子を探すんですよね?」
「そうそう、要はそういうこと」
「なんか話がぐるぐるしてよくわからなくなってた」
「これだからアリオストロは」
「俺だけじゃ絶対ないから!なぁローランド!?」
「あ、え、はい!!」
メアリーはやっと戻ってきた日常のような緊張のひとつもない時間にホッと息を吐いてから天井を見上げた。
正直なところメアリーは結構ギリギリだった。メアリーだってスキロスの件を忘れたことはない。あのようなことは二度と起こしてはならないと思っているし、起こすつもりもない。
だが、それは自分たちの安全が確保されてることが前提の話だ。
自分たちの安全が確保されていないのに他者を思いやることなど出来はしない。
だから必死にジャックから彼のもってそうな情報を吐き出させようと努力した。そして、ある程度の社会構造と依頼の真の目的と思惑がわかったわけなのだが、これが必要以上にメアリーの心労を増やし、そしてまた醜い権力争いに首を突っ込むという形になったのだが、二人は理解しているのだろうか。
わずかに震える右手を隠しつつ、メアリーは状況生理のために天井を見上げながら喋る。
「自警団は殺人鬼を神罰代行騎士団に知られる前に排除したい。ソピアは被害が出てるからどうにかしてほしい。自警団からの依頼は情報の提供のみ、ソピアはその一歩先までだ。ここまで反論は?」
「特にないです」
「俺もない」
「私もよ」
メアリーは揺れる前髪を見ながら気怠げに「それで」と続ける。
「私たちはアーテニーたちに恩をうるためにリトスに行く。優先順位としてはリトスの方が高い。何か反論は?」
「ないです」
「俺も」
「へぇリトスに行くの」
メアリーはどこか他人事の言葉に苛立ちを感じて顔をローランドとアリオストロに向けようとしたとき、視界に鮮烈な赤が写った。先ほどまでジャックが座っていた場所に誰かがいた。赤い髪、引き締まった体。大きな胸。その胸を強調するようなキトン。それから赤い帯とその中央にあるライオンの留め具。
メアリーが杖を、アリオストロが剣を、ローランドペンのようなものを、全員が己の獲物を手にする。
だが女に動じた様子はなかった。
それどころか手招きをするように片手を小指から親指にかけて折る。そして「ハァアイ?」とご機嫌に挨拶する。
「初めましてかしら、記憶と空間の戴冠者とその次期王候補の坊や」
「誰ですか」
ローランドが厳しい目を向けてそういう。
それに女性は肩をくすくすと笑わせて「もっと優雅に余裕がなくっちゃ」と指摘するように言葉をその肉厚な赤いリップの引かれた唇でいう。
「いつの間に」
アリオストロの驚いた言葉に「ついさっきよ」と言った。
そしてそこで初めてメアリーたちは窓が開け放たられていることに気がつく。侵入に気が付けなかった。いやそもそも気配に気がつけなかった。彼女が殺す気であったのなら、すでにメアリーたちは抵抗もできずに死んでいただろう。
その事実が喉を刺激する。
手足が痺れて、口内が乾く。
この場にいる誰よりも強い。殺気を感じさせないのに、一瞬でこの場を支配した女にメアリーは恐怖で動きが遅くなる体を叱咤して必死に何でもないように口を開いた。
「もう一度聞こう、あんた誰だ?」
「まぁ、躾のなってない小娘。でもいいわ、今日は機嫌がいいの」
そういうと女は顔にかかった横髪を陶器のように白く、枝のように細い指で耳にかける。
そしてうっそりと美貌を引き出した笑顔で、
「私は簒奪者ウェヌスタ、第五階級『獅子の帯』気楽にダリアお姉さんと呼んでね」
とそういった。




