4許されざる倫理観
メアリーは再度痛み始めた頭を軽く傾ける。
アリオストロが知らないわけだ。知るヒト全員殺してるんだから、それを知るのはアリオストロの身分的にも難しいことだろう。ならばローランドの立場はとても高くなるわけだが、今は放置しようと決め込む。藪から蛇なんてこと好き好んでやるようなタイプではないのだ。
「ま、そういうわけで、たまたまハイドロの自警団と交友関係にあった僕に直々に依頼がされたんだけどね」
「魔術の属性のせいで手加減ができないと……」
「手加減ができないっていうか、それもそうなんだけど僕には探しビトがいてね。万が一領地でどんぱちしているのを見られたら結構困るんだよね」
「探しビト?」
アリオストロが思わずジャックにそういう。
ジャックは今までの余裕そうな顔を本当に参ったと言うように顔を歪め、苛立ちを隠しもせずキセルを忙しなく動かす。まるでペン回しのようにクルクルと回るキセルを見ながら、メアリーは「訳ありか?」と言った。
今までいいように利用された分、ここでその探しビトを見つけて交渉を有利に回そうという打算があっての問いだった。
それに気がついたアリオストロは何か言いたげな顔をするも結局は押し黙る。ジャックにこれ以上いいように使われないため、そこを踏まえればアリオストロも黙秘するしかできない。
たとえそれが、かつてのスキロスを利用したジャックと同じ道になってしまう可能性があろうと。
そこまで考えてアリオストロはやっぱりメアリーを止めようと口を開いた。だめだ、もしその探しビトがどんなヒトであっても、ヒトを利用することはアリオストロには耐えがたかった。
「メアリー、今はいいだろう」
「今だからこそだろう。別に人質に取るとかじゃないよ」
そういう意味ではないのだが、利用するされるの上で勝負に挑んでいるメアリーとアリオストロの間に明確な溝が生まれる。
もいう一度口を開こうとしたとき、その間に入ったのはまさかのローランドだった。
「その、もしかしたそのヒトもジャックさんを探しているのかもしれないから、まずは会ってみてから今後を考えるってのはどうですか?」
ローランドの正論にアリオストロは押し黙った。
メアリーもその言葉に賛成というように頷く、それを見送ってからアリオストロが呑み込めば蚊帳の外に出されたジャックがけぶるまつ毛を何度か動かして、それからキセルを回すのをやめる。
「何だいみんなして僕の探しビトを見つけようとしてくれているのかい?」
「ついでだ、ついで、それでどんぱちするのを見られたら何故まずいんだ?」
「探しビトには自称護衛ってやつがいてね、そいつが厄介なんだよ」
一気にきな臭い話になったそれにメアリーは思わず目を坐らせる。
だいたい予想はついた。要はどんぱちしているとその護衛が飛んでくると……、だが何故飛んでくるのか、まぁ自称護衛と言っているのだから、ジャックを害悪と判定してさっさと殺しておこうみたいな思考回路になったのかもしれない。
確かにジャックは信頼できないし、合理主義の権化だし、得体の知れないやつだが、害悪とまで思われることがあるのか、話していない内容にメアリーは何か隠されているのではないかと疑心の目でジャックを見る。
「多分僕と同格かな、そして何かと僕を嫌っている。僕も同じくらいあいつのことが嫌いだけど、わざわざ住居を探し当てて燃やすのはどうかと思うんだよ」
そのせいで僕は根無草さ。
その言葉にメアリーもアリオストロもローランドも顔を引き攣らせる。相手は放火魔か、そんな相手を怒らすというか嫌われるに値することをしたジャックは尚更何をしたのか、メアリーは想像がイマイチできなくって顔を顰める。
隣のアリオストロもローランドもその過激さに引きながらも、そこまでジャックが相手を怒らせた理由について考え込んでいた。
「まぁあいつとは根本的に相容れないからね。で、そんな彼が守っているのが僕の探しビト。彼女の情報を得られるなら何でも叶えてあげるよ」
「はぁ?」
破格の提示案にメアリーは思わず声をあげてしまった。
何でもとはなんだ。いや確かにそれをできるくらいのポテンシャルがジャックにあることをメアリーも理解できる。それこそ過去に戻りたいとか、死んだヒトを蘇らせたいとかそんな夢物語はできなくても、この世界での大富豪になりたいとか、魔術を本格的に教えて欲しいとかはできるだろう。
正直何でもなんて言葉をこの商人が簡単に口に出すとは思えなかった。
「何でも?」
「ああ、何でもだ」
やっぱり何度確認してもメアリーの聞き間違いなどではなく本気の言葉。
どれだけその探しビトに執着しているか、それが末恐ろしく感じられてしまう。
「そうだね例えば、ソピア、アスターの重役になりたいでも、それこそこの国の王になりたいでも……何でもね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、そしたら戴冠の儀はどうなる!?」
アリオストロの悲鳴じみた言葉にジャックは事もなさげにいう。
「メアリーとローランド以外の戴冠者を殺せばいいんだろ?そんなの僕には造作もない」
「おいおい」
言ってのけるジャックにメアリーはさっと顔を青くした。
気がついてなさそうなアリオストロ、そして同じく違和感に気がついたローランド。メアリーは一旦ローランドの方向を見る。それは無言の確認だった。
そう戴冠の儀を宣言されたとき、あの場にいたのは戴冠者と次期王候補、それから儀式の取り持ち役のような男性だけだ。
聞いているはずがない。聞けるはずがない。誰かから聞いたのなら納得はできるが、ジャックはメアリーたちが出てくるまで待っていた。その間に他の戴冠者や次期王候補と対話なんてする時間なかったはずだ。
「どうやって聞いてたんですか、セウズ神のお言葉を」
「あ」
ローランドのその言葉にアリオストロも合点がいったらしい。
今までの物騒な発言への身の危険から、反転してジャックの得体の知れなさに恐怖を抱いたように顔面を青白くさせる。
そんな三人の様子にジャックは笑みを浮かべる。
「言ったろう?何でも叶えてあげるって、僕はそれができる力があるし、そしてそれは君たちが身をもって知ったはずだ」
とんでもない野郎だ。
どういう方法かはわからないが、セウズ神の観測できない場所で聞いていたというわけだ。しかも騎士団ぽい人たちが警護をしていたところだぞ。これも魔術というのだろうか。
これと同格がもう一人いるらしい。
その事実が受け入れ難い。もう一人の自分とかではないのだろうか、ジャックはプラナリアのように分裂しているだけなのではないか、そんな突拍子もない考えがメアリーの頭の中に浮かぶ。
そんな変なことを考えているメアリーとは違って、信仰心の高いアリオストロとローランドは渋い顔をしていた。
それもそうだろう、ジャックは今しがた直接的ではないものの、自分がセウズ神よりも力を持っているということを匂わせたのだ。一神教が広まるこの国でそう豪語するのはとても罰当たりであり、許されざる愚行だ。
だがそれをそうと知っていてジャックが発言しているのだ。
その意思がアリオストロとローランドの心臓を重く鳴らさせる。
メアリーも感じていた脅威が、やっとアリオストロとローランドにも通じたのだ。
「さて、ということで君たちのご好意に甘えさせてもらおう。どうか僕を彼女の元まで導いてくれ」
そう言って、ジャックはキセルを回しあの黒い穴を出現させる。
そしてそこから迷いなく一枚の羊皮紙を取り出して前方にいるメアリーに受け渡した。
そこに書いてあったのは一人の少女の絵。
柔らかな髪、整った顔立ち、憂うような表情でこちらを見る深窓の令嬢のような美少女がそこには描かれていた。




